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第28話:乙ゲーに転生した覚えはありません

「あはっ!」


 気分良く廊下に出たら、爽やかな朝日とタスキが目に入った。

 タスキが廊下掃除用の箒を持ちながら固まっていた。そして、目を丸く見開き、驚愕の表情を浮かべていた。

 アリアは、何をそんなに驚いているかが分からず、小首を傾げてタスキを見つめた。


 (何、そんなに驚いているんだ、こいつは?)


 じっとタスキの顔を見つめると、タスキが慌てて顔を逸らして床に視線を落とした。

 アリアは、部屋から出た自分を見て驚いた様子と見つめたら視線を床に落として自分を見ないようにしたことから、1つの推測が浮かんだ。


 (そっか、俺がまだ寝ていると思っていたのに部屋から出てきて吃驚したのか。そして、俺が見つめたから、何か文句を言われると勘違いして、視線を逸らしたのか。ふふ、可愛い所があるじゃないか、タスキ君)


 うんうんと、頷き納得すると、アリアは怒っていないよとタスキに教えるために、笑顔を浮かべてゆっくりとした調子で語りかけた。


 「タスキは、なぜそのように驚いているのでしょうか?もしかして、わたくしがタスキを叱ると考えているのですか?」

 「いえ、そうではありません。その、お嬢様の・・・」


 タスキが言いずらそうにそこまで述べて、口籠る。

 その様子を見てアリアは、まだタスキが緊張していると考えた。


 「もう、タスキ!まだ、わたくしを信用できないのですか?大丈夫ですよ。もうタスキを虐めることもありませんし・・・!」


 そこまで言って、アリアの脳裏に昨日のお風呂でのことが蘇った。


 「あ!!そう言う事ですか!!」


 天啓を得たとアリアは、急に納得した。そして、俯くタスキの下まで行くと、タスキの箒を持たない、空いている手を握った。


 「昨日のお風呂での事を気にしているのですね」


 アリアは、握ったタスキの手を自身の胸元まで持っていった。


 「あれは、わたくしが勘違いをして、男湯に入ってしまったのですから、タスキに非はありませんよ。それに、あの時はタスキの機転のおかげで大勢の男の方に裸を見られずに済みました」


 ぐっとタスキの手を胸元に押し付けて、大切に包み込んだ。


 「ありがとう、タスキ」


 えへっと可憐な花のような笑みを咲かせて、タスキを見つめた。


 「これで、わたくしを見てくれますよね。わたくしは怒っていない。感謝をしているのです、タスキ!」


 そこまで言い、アリアはタスキが顔を上げてくれるのを待った。そして、ゆっくりとタスキが顔を上げてアリアを見た。自分の手がアリアのどこにあるのかと、アリアの絶妙な隠れ具合の姿をその目で見てしまった。

 タスキの顔を瞬時に茹で上がった。再び、顔を下げようとしたタスキにアリアが鋭く声を掛けた。


 「顔を下げないで下さい!」


 じっとタスキの顔を見つめる。


 「わたくしの姿はどうですか?」

 「そ、その綺麗です、お嬢様」


 照れたように赤い顔のタスキが、口籠りながら何とか感想を絞り出した。

 アリアはその答えを訝しんだ


 (うん、綺麗?どういう意味だ?比喩か?自分を許してくれた俺の姿が、天使のように綺麗という訳か?)


 なんだか釈然としないアリアは、当たり障りのない答えを返そうと口を開いた。


 「そうですか。綺麗なんですね。ふふ、嬉しいです。なんだか、やっとタスキと心が通じ合った感じがします」

 「そ、そう、なんですかね?」


 ぎこちない口ぶりで、困惑を顔に浮かべ疑問を呈しながらタスキが答えた。

 「はい、そうですよ」と一応嬉しそうに表情を綻ばせて答えた後に、アリアは真剣な面持ちを作ると、しっかりとした口調で声を掛けた。


 「どうですか、タスキ。まだ、わたくしを怖いと思いますか?わたくしの下から去りたいと考えますか?」

 「いえ、そんなことはありません。今のお嬢様を怖いとは、微塵も感じません。それに、何があろうと、僕は一生、お嬢様の下でお仕えすると決めています。ですから、そのように心配そうな表情をしないで安心してください」


 タスキの指摘で、自分がそんな表情を浮かべていることに気付かされた。そして、ふと落とした視線の先で、いつの間にかタスキの手を強く握りしめている自分の華奢な手にも気付かされた。

 アリアは、胸に抱いたタスキの手から右手だけを外すと、自分の顔に触れた。確かに表情が強張っていることが手から伝わった。


 (ふぅ。気が小さいな)


 自嘲気味に心中で呟き、タスキに見えないように顔を俯けて弱い自分を薄ら笑った。しかし、すぐに顔を上げると、暗い気持ちを隠すように強引に笑顔を浮かべた。


 「何を言っているの、タスキ!わたくしに憂いなど全くありませんよ!でも、そうね。もしそう見えたなら、わたくしはきっと弱い人間なのでしょうね」


 笑顔が陰り、弱さがアリアの顔に苦笑として現れる。そのままの表情で顔を上げて、弱々しい声色でそっと呟く。


 「もし、わたくしが弱虫アリアだとしても、先程と同じように言えますか?わたくしに仕えてくれると?」

 「はい、アリアお嬢様」


 タスキが、はっきりと答えた。そして、タスキは屈むと、箒を廊下に置き、アリアの手を両手で確かに包み込むと己の頭上に高く掲げてみせた。騎士が姫に誓いを示す様を思い描き、タスキがアリアに忠誠を厳かに示す。言葉で伝わらないならば、姿勢でとタスキはそう考えて、アリアに絶対の忠誠を現したのであった。

 嘘偽らざる誠の意思を強く、アリアはタスキから感じた。その光景に、ギャルゲーなら個別ルートに突入するであろう場面がアリアの脳裏を過った。俺はヒロインじゃないぞと突っ込みを入れたくなった。しかし、タスキから感じる感情は、好意ではなく真に迫る忠誠心であったために、飲み込んだ。

 悪役令嬢のアリアに本気で仕えるという負け戦に臨むにも等しい立場であろうはずだが、それでもお供するという強い意志を感じて、アリアは自然に表情を綻ばせてタスキを見下ろした。シオンと2人目の心から縋れる存在が、今、誕生した気がした。


 「顔を上げてください。貴方の忠誠をわたくしは、確かに感じました」


 タスキが顔を上げて自分を見たことを確認すると、下にある顔に言葉を掛けていった。


 「わたくしは弱いアリアです。自分でもわかってしまうほどの弱虫です。ですから、わたくしを助けてくださいね、タスキ」


 心から浮かぶ言葉をありのままに伝えていった。


 「はい!我が命に代えても、必ずお嬢様をお救い致します!!」


 アリアが縋る様に見下ろす、タスキがそれを受け止める様に見上げて、暫しの時を見つめ合った。互いに相手を心から信頼し合っている主従の関係がそこにはあった。

 しばらく見つめ合っていると、先にアリアが恥ずかしくなり、小さく照れ笑いを零した。それに釣られるように、タスキもはにかんだ。

 今の互いの様子を客観的に見たアリアが、何だか可笑しくなり笑った。


 「何をしているのでしょうね!」


 アリアは、クスクスと笑いながら、楽しそうに零した。

 タスキがそれに答えようと口を開いたその時、アリアの部屋からシオンの絶叫が響いてきた。


 「あああああ!!アリアお嬢様!!」


 アリアを抱き締められなかった絶望の底から、やっと抜け出せたシオンが、正気に返りアリアの姿をその目に映して絶叫したのだった。何か知らないが、タスキにアリアを取られそうな気がしての、絶叫だった。いや、怨嗟の叫びだったかも知れない。

 シオンは、仙術の縮地でも使ったかのように、焦りから一瞬でアリアの後ろに移動した。

 アリアを後ろからがばっと抱き上げて、タスキからアリアを引き離した。ギロリとタスキを威嚇するようにシオンが睨みつけた。そして、呆気に取られているアリアを大事そうに抱きしめて、タスキの上から冷酷な口調で言い放った。


 「貴方には、少しお話があります。ただの変態ではなく変態紳士のタスキ、ロリコンが如何に重病であるかを時間をかけて、教え込まなくてはならないようです。沼にどっぷりと嵌まる前に、私が完璧に引き上げて見せましょう!そこで、待っていなさい!」


 そう言うと、アリアを抱き上げたままアリアの自室に消えていった。勿論、ドアもがっちり、かっちりと閉めていった。

 嵐のように現れて嵐のように去っていったシオンが、消えていったアリアの部屋のドアを、茫然とタスキは見つめていた。しばらくすると、唐突にアリアの叫び声が部屋の中から響いてきた。


 「ぬぁあああああ!!!何やってるんだ、俺は!!!」


多分に後悔と自身を恨む気持ちが籠った絶叫であった。

茫然としているタスキは、おかしな言葉が含まれていたアリアの叫びを右から左に流していた。悪運が強くて助かったアリアであった。






 部屋に入るとシオンがアリアを降ろした。そして、アリアの身体を反転させて自分の正面に向けた。


 「お嬢様、酷いですよ。シオンは、お嬢様を抱き締められなかった事で、非情の苦しみを味わいました。いつの間にそんな悪女になってしまわれたのですか。シオンは大変悲しいです!」


 ぎゅっとアリアを胸いっぱいに抱きしめる。先程の空振りの分まで、シオンはしっかりとアリアを胸に抱きしめる。

 シオンに抱きしめられたことで、アリアが我に返った。

 アリアを包み込むいつのもシオンの柔らかい感触と良い香りにほっとすると、顔を上げてシオンを見上げた。


 「あれ?わたくしは、今まで何をしていましたか?」


 悪夢から覚めたアリアがきょとんとしてシオンに訊いた。


 「ああ!やっと!やっと!アリアお嬢様を胸に感じることが出来ました!シオンはもう、お嬢様を離せそうにありません!ううう、アリアお嬢様!!」


 感極まり、涙するシオンはアリアの問いかけを聞いていなかった。

 ムッとし、アリアが鋭く声を発した。


 「シオン!聞いていますか!」


 それと同時に身体も揺すった。


 「はい、お嬢様」


 やっと、シオンが正気に返った。


 「やっと戻ったわね!シオン、訊きたいのですが、わたくしは今まで何をしていましたか?」

 「へ?お嬢様は、先程まで何やら外のタスキと睨み合っていましたが?」


 見つめ合っていたと認めたくないシオンが、曲解してアリアに伝えた。


 「うん?うん?・・・。!?」


 シオンの返答を聞いて、アリアはさっきまでの自分の行動を鮮明に思い出した。タスキに縋る悪夢をアリアは思い出してしまった。

 アリアがシオンから静かに離れる。そして、シオンが「ああ!」と嘆く。

 アリアは部屋のドアと自分の胸元をゆっくりと見た。最後の確認を終えたアリアの顔が真っ赤に染まった。


 「ぬぁあああああ!!!何やってるんだ、俺は!!!」


 タスキと見つめ合う自分の光景が、ありありと浮かび上がってくる。


 「俺はチョロインか!!」


 更に、ショーツ一枚にカーディガンを羽織り、爽やかな笑みを弾けさせて飛び出した姿と自分の痴態の感想をタスキに嬉々として求めた事も浮かび上がった。


 「俺は、痴女か!!」


 そう叫び上げると、頭を抱えてアリアは蹲った。


 「ははは。変態ですわ。タスキ以上の変態になってしまいましたわ。裸姿を見せつけ悦に入る真正の変態ですわ。真正の変態、露出令嬢ですわ」


 一転、冷静を失ったアリアは、醜態を晒してしまったタスキに恐怖を覚えてしまった。嫌われる、蔑まされると負の感情が取り留めなく、心の奥から湧き上がってきた。

 ははは、とアリアは乾いた笑いを零した。更にアリアが口を開く。


 「タスキの口からわたくしの真正さがお屋敷の皆に伝わり、きっと女性の使用人達は嫌気が差して出て行ってしまい、男性の使用人達には、脅されて嫌々なことをされてしまいます。そして、きっとお父様とお母様に露出狂などはいらないと、お屋敷を追い出されてしまうのですわ。終わりです。何もかもが終わってしまいました」


 少し黙ると、身体を震わせてポツリと呟いた。


 「バッドエンドです」


 途端に、ふふふふふ、と泣きながら苦しみ笑った。

 シオンは、アリアのあまりの急激な変化に呆気に取られていたが、アリアが身体を震わせて泣き出すと、すぐに傍に寄り呼び掛けた。


 「お嬢様!アリアお嬢様!しっかりしてください。シオンを見てください」

 「うん?シオンですか?」

 「はい、シオンでございます」


 パチパチと涙ぐむ目を瞬き、シオンを見る。


 「そっか、シオンか」


 そう小さく呟いたアリアは、暗く沈んだ瞳でシオンを見据える。


 「ねぇ、シオンは見ていたのでしょう」

 「何をでしょうか?」

 「こんなショーツとカーディガンだけで、人前に立ったわたくしですわ」


 アリアはシオンの前で立ち上がると、両手を勢いよく広げて見せつけた。


 「変態ですよね!露出狂ですよね!ね、シオン!!」


 再び、瞳から涙を溢れさせてシオンに、高ぶる感情のままにぶつけた。

 シオンは、アリアを見つめながらゆっくりと訊ねた。


 「お嬢様は、ご自身の意思でお見せになったのですか?」


 「違うわ!!忘れていただけ!自分の恰好を忘れていただけよ!!でも、そんなの他の人には分からないでしょ!!わたくしが見せたようにしか見えないでしょう!!だから、もう終わりなの。シオンも、わたくしを嫌いになるわ。注意した傍から、すぐに間違えを犯すわたくしなんて、と」


 興奮しているアリアに、よく見える様にシオンがゆっくりと首を振った。


 「いいえ、シオンはアリアお嬢様を嫌いにはなりませんよ」


 そして、アリアの目線にシオンは顔を合わせると、優しく声を掛けた。


 「それに、お嬢様はお外で人に肌を見せることが楽しいですか?」


 「楽しくなんてないわ、シオン」


 「それを聞ければ十分です。シオンは、お嬢様がお外で人に肌を見せるような事をなさらないと、信じられました」


 「本当ですか?」


 「はい、お嬢様。ですが、今度からはしっかりとご自身の御格好に気を配って下さいね」

 「はい、ごめんなさい」


 「お分かりになって下されば、シオンはもう満足です」


 シオンは、微笑みを浮かべてアリアの頭を撫でた。しかし、アリアは浮かない顔をしていた。不安に揺れる瞳をシオンに向けた。


 「ねぇ、シオン。タスキがこのことをお屋敷中に広めてしまったら、シオンが良くても他の使用人の皆がわたくしを嫌ってしまいます」


 「大丈夫ですよ、お嬢様。シオンにお任せください」

 「大丈夫なの、シオン?」


 「勿論です。それでは、タスキと長い、長~いお話をして参りますので、お嬢様はこちらの寝間着のワンピースと肌着をお召になり、しばらくお待ちください」


 そう言って、シオンはベッドの周りに脱ぎ散らかされていたワンピースと肌着を綺麗に畳んだ状態で、アリアに渡した。

 アリアがそれを見て頷いたことを確認すると、シオンはアリアに一礼してドアを開けて出ていった。

 するとすぐにタスキがシオンに反応して、「シオンさん、一体何を」と問いかける途中で、鈍い打撃音が響いてきた。ドサッと重量がありそうな物が倒れた音が廊下から聞こえた。


 「手早く済ませて、すぐにお嬢様の下に戻りませんといけませんね」


 そう呟くシオンの声がくぐもって聞こえてくると、またしても何か重量がありそうな物を引きずる音が廊下から聞こえてきた。

 アリアは、シオンに渡された一応の着替えを着ることに夢中でそれらのやり取りには、一切気づいていなかった。

 廊下が痛い程の静寂に満ちた後も、アリアは肌着を上下着た状態でワンピースを正面で掲げて、どうやって着ればよかったんだっけ、と昨日の記憶を必死に遡っていた。






 四苦八苦して激闘の末にワンピースを着られたアリアは、ベッドの上にドサッと雑に座り、胡坐をかいた。そして、ドアを不満も露わに睨みつけた。


 「アイツ何なの」


 アリアは、最初にそう愚痴を零した。そして、続きを口から零していった。


 「俺とタスキで物語が違くないか。俺は、命が掛かってる悪役令嬢転生なのに、アイツはラノベの主人公みたいに能天気にラブコメしてんじゃねえよ。何なの本当に!アイツも転生者とかなのか。『やべぇ、悪役令嬢の使用人に転生してしまったが、俺にラブラブのチョロインで、破滅エンド回避も無く毎日好意を寄せられて逃げ回ります』とかのタイトルで出て来そうだな、アイツ。だったら、ずるくない。俺と変われよ、タスキ。俺もそっち系に転生したかったよ。顔を真っ白に染めてちっくしょーて!!叫んでやる!」


 アリアは、男の時の記憶を思い出し、軽妙なリズムを口ずさむあるお笑い芸人さんを脳裏に浮かべた。


 「・、、・・、、・、、夢の、転~生を、し~てみたら~、悪役令嬢でした~。ちくしょー!!」


 アリアは、少しだけ気分が良くなった。


 「ありがとう。●ウメ太夫さん」


 そう心から感謝を口にした。

 その後も、海パン一丁のお笑い芸人さんや『こん、にち、はー』と叫ぶお笑いコンビを懐かしく思いながら、1人、部屋で仄かな郷愁を感じながら、しみじみと思い出に浸っていった。






 アリアがぼんやりと部屋を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 「シオンです」

 「どうぞ」

 「失礼します」


 返事をすると、シオンがドアを静かに開けて部屋に入ってきた。

 礼をして顔を上げたシオンの視線が、ベッドの上で胡坐をかいて座っているアリアを捉えた。

 もう一度、身嗜みを注意しようと口を開きかけた時、アリアが先程の悲しさとは違う哀しさをその身に纏っていることに気付いた。

 シオンは不安になり、すぐに駆け寄った。


 「お嬢様、如何なされたのですか」


 アリアの様子から、何かあったのではと不安を感じて訊ねた。


 「ううん、何でもないわ。だた、急に部屋が広くなってね、思わず昔の事を思い出してしまいました」


 アリアは寂しげな表情をシオンに向けて、答えた。しかし、すぐにニコッと笑うと口を開いた。


 「でも、もう大丈夫ですよ。シオンがいますからね」


 にっこりとシオンに向けて微笑んだ。

 その姿を見てシオンは、どう声を掛けていいか迷い先程、口にしようとした注意をしていった。


 「お嬢様、その座り方は流石に頂けないかと思われます。もう少し、チェイサー家のご令嬢として、節度を弁えて頂けないでしょうか」

 「あはは。そうね。ごめんなさい、シオン」


 シオンに注意をされて、アリアが急いで立ち上がるとベッドの端に座り直した。それから、ぎこちなく笑いシオンに視線を向けた。


 「もう、お嬢様。今度からは注意してくださいね。私の前でしたから、この程度で済みましたが、絶対にアン先生の前では、そのような格好をなさらないように心がけてください。お勉強の時間が、礼儀作法の授業になってしまいますからね」


 シオンがしっかりとアリアの目を見て、念を押した。


 「そうね。注意をしておくわ。もう・・・、いや決して間違いを犯さないように心に留めておきます」


 既にそれをしてしまったアリアは、苦い記憶から苦笑を浮かべて頷いていった。

 苦笑いのアリアを見て、既にやらかしてしまったのだと察したシオンは、1つ深く嘆息した。


 (全く、お嬢様は)


 内心でそう愚痴を零しつつも、シオンは嬉しそうに微笑んだ。人間味があるアリアに、つい嬉しくなってしまったのだった。


 「本当にお嬢様は、はぁ~。もう過ぎてしまった事にはとやかく言いませんが、今度からは気を付けてくださいね」


 シオンが、これ見よがしに嘆息して注意を促した。

 アリアは瞳を伏せて答えた。


 「うう。シオン、ごめんね」

 「いいですよ、お嬢様。それでは、お叱りもここまでにして、髪を直したらランニングに行きましょうか。お嬢様が行きたいと仰っていましたものね」


 悄然と俯いていたアリアは、それを聞くと勢いよく顔を跳ね上げ、シオンに問いかけた。


 「覚えていてくれたの、シオン!?」


 「勿論ですよ。お嬢様が仰ったことは、一言一句、終生忘れないように記憶に焼き付けていますからね。全てにおいて最上位の特記事項です。仕事内容などお嬢様のお言葉に比べれば、取るに足らない粗末なものです」


 シオンは、誇らしげに胸を張った。しかし、アリアは唖然となり、見開いた目でシオンを見つめた。


 (何を言ってるの、この駄メイド。ダメでしょう。それは)


 背筋に薄ら寒さを感じながら、内心でそうぼやいた。

 アリアが引いていることに寸毫も気付かずに、ニコニコと笑顔のシオンがアリアに声を掛けた。


 「さぁ、お喋りはここまでにして、髪を直していきましょうね」


 化粧台から椅子を持ってきて、アリアに声を掛けて座らせた。

 アリアが座ったことを確認すると、シオンは楽しそうに鼻歌を歌いながら櫛でアリアの髪を梳いていった。母親が娘の髪を梳かす様な温かさがある光景であった。

 手持無沙汰のアリアは、楽しそうなシオンの鼻歌を聞きながら顔を綻ばせて、穏やかな一時を過ごしていった。






 髪を梳かし終えたアリアは、シオンと一緒に廊下に出ると外に向かい歩いていった。その途中、お屋敷の使用人に会う度に挨拶をしていった。最初、アリアに声を掛けられると皆一様に驚きの表情を浮かべたが、にこやかに笑うアリアを見ると相好を崩して、挨拶を返してくれた。それを見る度に、アリアは嬉しさが心に満ちてくるのを感じた。そして、正面口から外に出て庭に行くと、シオンに振り返ると弾んだ声で話した。


 「お屋敷の皆が、わたくしの挨拶に答えてくれました。シオンも見ていたでしょう!」

 「はい、お嬢様!」

 「本当に感無量です。やっと、このお屋敷の仲間になれた気がしました」


 喜びを顔いっぱいに表して、シオンを見上げた。


 (本当に、俺が仲間に受け入れて貰えた感じがするな。やっと、アリアとしてのスタートラインに立てた気がする)


 シオンはその言葉に小さく顔を振って、諭すように声を掛けた。


 「アリアお嬢様、気ではありませんよ。ずっと私達は、お嬢様と共にいましたよ。既に、お嬢様はこのお屋敷の中心です。皆の心の拠り所です。お嬢様なくしては、このお屋敷が成り立たない程の、唯一無二の私達の存在です。決して、間違わぬようにお願いしますね、お嬢様」


 にこりと微笑み、シオンがそう語り切った。

 それに少しだけ胸が痛くなったが、アリアは露程も表情に出さずに、うんと頷きシオンの胸に抱き着いた。ここにいるアリアも、とシオンの胸に刻み込むようにひしっと抱き締めた。

 そして、しばらく抱き着いて十分に刻み込めたと思ったアリアは、シオンからそっと離れた。

 アリアはシオンを正面から見据えると、真剣な表情で声を発した。


 「わたくしもよろしくね、シオン」

 「はい、お嬢様?」


 疑問符を浮かべて、シオンが答えた。

 それに満足したアリアが、うんうんと深く二度自分に頷くと、シオンをじっと見つめて口を開いた。少し、内股を擦りながら。


 「いいの気にしないで。それじゃあ、シオン!ランニングを始める前に、わたくしをお手洗いに連れて行って下さい。実はそろそろ限界なんです!!」

 「え!?」


 シオンの驚き声に、笑顔でアリアが答えた。


 「漏れそうです!お願い、シオン!早く!」

 「は、はい!」


 シオンがアリアを抱え上げると、足早にお手洗いへと向かって行った。


 (これで、もしも外でトイレに行きたくなっても場所が分かるな。怪しまれずにトイレの場所を教えてもらえるし、楽に行けるし、一石二鳥の完璧な作戦だな、俺!!)


 アリアは、自身の作戦に自画自賛していた。

 まだまだ、恥じらいを身につけるには、ほど遠いアリアであった。




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