第16話:アリアの置き土産
アリアは気になった物を聞くために、シオンと共に部屋に戻った。
「シオン、これは何だと思いますか?」
すっかり気持ちを切り替えたアリアは、ベッド横のテーブルの上に置かれていた小箱を掲げてシオンに問いかけた。
それは、先ほどベルを鳴らしたときに目に付いたもので、直方体の小物入れであった。
上部には細工が施されており、職人が彫ったにしては稚拙なものであったが、彫った人の気持ちが伝わる素晴らしいものであった。
そして、箱の正面の開け口には鍵穴が見当たらなく、代わりに宝石が鍵穴の位置に埋め込まれていた。
「それはですね」
シオンはちらりとアリアを見た後に、続きを語り出した。
「アリアお嬢様が、昔セレナ様に貰ったものですね」
アリアは、もう一度その小物入れを目の前に掲げるとゆっくりと見つめた。
それは、本当にアリアが大切にしていたと分かるもので、箱には小さな傷は付いていたが、他に目立った汚れはなく、更に埃も一切見当たらず綺麗に磨き抜かれていた。
それを貰った場面やセレナを知らないはずなのに、懐かしさと同時に寂しみがアリアの心に浮かび上がった。
アリアは知らぬうちに、物哀しい笑みを浮かべていた。
「そうだったわね」
じっと箱を見つめたまま、ぽつりと呟いていた。
アリアとセレナの今を繋ぐ絆を知るシオンは、その小物入れを寂しく見つめるアリアをただ見つめることしかできなかった。
箱をテーブルの上に置くと、アリアは知らないはずなのに身体が覚えていたのか、正面の宝石に手を翳した。
すると、宝石が仄かな明かりを零すと、カチッと何かが外れる音が聞こえた。
アリアは箱の上部を両手で包み込むように持つと、慎重に開いていった。
その中には、シオン達が付けている首飾りが数個と赤紫色の魔石が付いた首飾りが1個入っていた。
アリアは、その内の赤紫色の魔石が付いた首飾りを取り出すとシオンに訊いていた。
「シオン、これはどんな魔法が込められたものですか?」
アリアはシオンにそれを手渡した。
シオンは魔石をじっと見つめるとアリアに口を開いた。
「これは以前お嬢様が、魔力を貯めたいから魔石を1つ貰えないかとお願いされて、私が昔使っていたものを渡したものですよ」
シオンが不思議そうにアリアを見つめる。
「わたくしは、シオンが覚えているか確かめたかっただけです。これは、この小物入れと同じ大切な、シオンからの贈り物ですからね」
平静を装い、シオンに言葉を返した。
「アリアお嬢様、そのように思っていてくださったのですね!」
シオンは、感慨深く手元の首飾りを見つめた。
「このシオンも、お嬢様に貰った首飾りをお嬢様自身であると大切に思い、毎日就寝前に心を込めて丁寧に磨き上げております」
「わたくしと同じですね、シオン!」
顔を綻ばせてアリアがシオンに口を開いた。そして、アリアはシオンのその思いを受けて、更に好きになったのであった。
「はい、アリアお嬢様」
シオンもアリアの思いで嬉しそうに相好を崩した。
そして、嬉しさからシオンはポロっとアリアに爆弾を投下した。
「今では、磨く際にアリアお嬢様のお姿を想像できるようになりました。今磨いている箇所はお嬢様の御身体のどこであろうか。ここはデリケートな場所ですから優しく磨きましょうか。等、まるで本物のお嬢様を磨き上げている気分です」
シオンは、晴れ渡る青空の様な笑顔を浮かべていた。
「・・・・・」
アリアは絶句し、自然と冷淡な視線をシオンに向けた。
(アリアが悪役令嬢に堕ちた原因って・・・)
何故か知らないが、アリアは裾をギュッと握りしめたくなった。
「お嬢様、この首飾りは如何致しましょうか?」
固まっていたアリアは、シオンに問われてビクッとすると、悩んでから答えた。
「そうね・・・。わたくしも付けてみましょうか」
首飾りを付けたことのない元男のアリアは、仕方なく、本当に仕方なく、貞操の危機を感じながらも、シオンに付けてもらうことを選んだ。
「畏まりました。では、少しだけお顔を前に倒して頂けますか」
「これで良いですか?」
アリアは、前に少し顔を倒した。
留め具を外した首飾りを、アリアの前から回して首の後ろに持ってきた。そして、留め具を止めると、アリアに声を掛けた。
「お嬢様、付け終わりました」
アリアは、自分の首に掛かる首飾りを左手で掲げて見た。
転生前から人生初の首飾りに、気恥ずかしさを感じながらもその顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。
シオンは、テーブルの引き出しから手鏡を取り出すと、アリアに手渡した。
「如何でしょうか。お姿をご確認ください」
鏡に映し出された嬉しそうに微笑む少女の姿に、アリアは恥ずかしくなった。
「うん!悪くないわね!流石わたくしですわ!!」
誤魔化すように、つい強気に言葉を口にした。
「そうですね。とても凛々しいお姿ですよ、アリアお嬢様!」
シオンは小さく笑みを浮かべ、アリアに合わせてそう口にした。
アリアの後ろから見える鏡には、恥じらいながらも嬉しそうに笑うアリアの姿が映っていた。
それから、しばらくアリアは自分の姿に見入り、シオンはそんなアリアを温かく見守る時間が続いた。
うっとりと鏡を眺めていたアリアは、ふと我に返った。
(・・・・・!!)
アリアはぼんやりとした状態から意識が覚醒すると、身悶えしたい気持ちに襲われていた。
(何やってるんだーーーー!)
数秒前まで、首飾りで着飾った自分を嬉しそうに見つめていたことを思い出していた。
アリアは、頭を抱えてベッドの上を転がりまわりたい気持ちでいっぱいであった。しかし、それは出来なかった。
「お嬢様も女の子ですね!」
シオンが温かく微笑みを向けてくる。
「シオン、何を言っているの!別に嬉しくはありませんよ!ただ、そう思わず、出し抜けに、ちらりと見えた姿にちょっと、些事に見惚れたぐらいですからね!」
言っていて意味がほとんど分からない言葉をアリアは激しく述べた。
シオンは、そんなアリアを温かく見つめた。
「シオン、そんな目で見ないで!わたくしは少しも、一瞬も、須臾も、刹那の間も、一切嬉しく思っていませんからね!」
「そうですね、お嬢様」
にっこりと微笑み、そう返すとアリアから首飾りを外した。
「一切信じていませんね!わたくしは本当に見惚れてなどいませんでしたからね!」
シオンの手によって外された首飾りを名残惜しい視線で追いながら、アリアは強く否定した。
「申し訳ございませんでした。シオンの勘違いでしたね」
アリアの様子をしっかり目で捉えながら、シオンは嬉しそうにそう謝った。
「分かってくれれば結構です!!」
アリアはそう口にすると、不貞腐れてシオンから顔を背けた。
しかし、先ほどの鏡に映った姿を思い出すとアリアは少し迷い躊躇いがちに、そっと小さく口を開けた。
「シオン、明日も付けてくれるかしら」
それだけ言うと、パッと顔をそむけた。
「もちろんでございます」
シオンは、顔を綻ばせて答えた。
しかし、アリアは恥ずかしさで顔を染めていた。
それと、同時に戸惑いも浮かべていた。
(あの首飾りを見てから、どうしても付けたい気持ちになったな。何なんだ、この気持ちは!前のアリアが魅了の魔法でも仕掛けていたのか?)
疑問が浮かぶだけで答えが浮かばないアリアは、明日また考えようと就寝前の準備を進めていった。
それは、アリアの状態を見越してのアリアからの置き土産であった。




