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第15話:復習は大切ですよね

「ああああああああああああ!!」


 アリアは、廊下で叫び声を上げていた。


 (何言ってんだ、俺!!)


 先ほどの捨て台詞を思い出して、混乱していた。


 (胸の大きさなんて関係ないだろ!何をマジになってんだ!)


 廊下の真ん中で、頭を抱えくねくね踊りながら、嘆いていた。

 アリアは、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めていた。そして、そんなアリアの耳にシオンの声が届いた。


 「お嬢様!!」


 シオンが、アリアの名を呼びながら駆け寄ってきた。


 「シオン!」


 駆け寄って来たシオンを見上げるとアリアは、早口で釈明した。


 「違うのですよ。わたくしは別に胸の大きさなど何とも思っていませんからね。あれは、勢いで言っただけで、本心では無いのですよ。小さくても、それはそれで良いとわたくしは思っていますし、別にもっと大きくなってほしいとは少しも考えていませんからね!」


 アリアが懸命に釈明する姿を可愛く感じてしまい、シオンは微笑みを浮かべた。


 「そうですね、お嬢様」


 そして、アリアの頭を優しく撫でた。

 アリアは、シオンの子ども扱いにむっとした表情を浮かべた。


 「優しくしないでください!シオン、わたくしはもう12歳ですよ。立派なレディーです。子ども扱いは、止めてください!!」


 アリアの言葉が聞こえても、シオンは撫でるのを止めてくれなかった。


 「そうですね、アリアお嬢様」


 シオンは、アリアを優しく撫で続けた。


 「もう、シオン!」


 アリアは最初、不機嫌な表情を浮かべていたが、シオンの嬉しそうな表情を見ていると、もういいやと微かに表情を和らげた。

 そのまま気持ち良くなってきたアリアは、しばらくの間シオンの行為を満喫したのだった。






 シオンからお嬢様の為に一発ぶん殴っておきましたと報告を受けて、胸がすっきりしたアリアは、晴れやかな気持ちで自分の部屋へと辿り着いたのだった。

 そして、仕事へと戻るシオンを見送ると勉強机へ向かった。


 「さぁ、やるか!」


 アリアは、やる気を出すと今日教わった異世界の文字の復習を始めた。授業でノートに書き込んだ自分の名前と簡単な空、海などの単語を復習用のノートに何度も書いて練習をした。

 そうして、勉強をしているアリアの顔は楽しそうであった。

 アリアは、学生の頃は勉強が嫌で苦痛を感じていたのだが、今こうしてまた勉強をしてみると、学生の頃には感じなかった楽しさを覚えることが出来ていた。


 (誰かが言っていたが、大人になってもう一度勉強をすることも良い物だな!)


 そして、勉強に熱中しているとドアが控えめにノックされた。


 「お嬢様、シオンです」

 「いいわよ。どうかしましたか、シオン?」


 そう問い返すとシオンが口を開いた。


 「お嬢様、少し息抜きなどいかがですか?」


 シオンが、休憩用の紅茶と簡単なお菓子を掲げた。


 「あら、嬉しいわ!」


 いつの間にか、結構な時間が経っていた。

 アリアは座ったまま一度身体を伸ばした。

 シオンは、アリアの前にミルクを入れたミルクティーと焼きたてのクッキーを並べていった。

 シオンが並べ終わるのを待って、アリアはカップを手に持つと、ゆっくりと口に運んだ。そして、恐る恐るカップに口を付けて、口に少量を含んだ。


 「はぁ、美味しい!」


 嬉しいご褒美にアリアの顔に笑顔が弾けた。

 そして、アリアは残りのミルクティーをするすると飲み干していった。


 「お嬢様、お代わりはいかが致しますか?」

 「シオン、お願いします」


 2杯目をシオンから受け取り一口付けた後、今度はクッキーを1枚食べた。

 サクサクの触感と砂糖の甘さがアリアの口に広がった。


 「疲れた頭に、甘さが嬉しいですね!」


 微笑みを浮かべてアリアはクッキーを頬張りつつ、合間に紅茶を飲んでいった。

 その後、更に2杯お代わりしてゆっくりと休憩をした後、再び勉強に戻っていった。






 アリアは、顔を真っ青に染めていた。

 そして、腹部を軽く手で押さえていた。

 椅子に座ったままドアを見つめ、それからベッド横のテーブルを見つめて逡巡する。

 暫しの熟考後、アリアはドアには向かわずにベッド横に向かうことを決めた。

 刺激を与えないように、振動をなるべく起こさないように、慎重にゆっくりと椅子から立ち上がる。

 椅子から腰を浮かし、目の前の机に両手を突いて、ゆっくりと膝を伸ばしていく。

 そして、椅子を腰で後ろにちょっとずつ押していく。

 力が入り過ぎないように最低限の力で押し、残った力で必死に歯を食いしばり耐える。

 そして、ようやく立ち上がったアリアは、机に寄りかかりながら一旦痛みと波が去るのを待った。

 痛みと波が引いた瞬間を狙って、足を1歩前に踏み出した。

 アリアの顔には玉のような汗が浮かんでいた。しかし、それを拭うために手を上げることは躊躇われた。

 その刺激で、ここまでの苦労が水で流されてしまいそうであったからだ。

 アリアは、もう片方の足も後を追う様に1歩前に踏み出した。

 そして、一旦両足を揃えて立つと、また来そうな気配を察し、痛みと波に耐えるために動くのを止めた。

 それを察することが出来たアリアは、事前の準備が間に合い力を全て、抑えることに注ぐことが出来た。

 アリアは、波が過ぎ去るのを耐え凌ぐ。

 波が過ぎ去ったことを感じたアリアは、今度は一気に距離を進めようと4歩前に進んだ。

 目算でベッド横まで20歩ほどと見たアリアは、その遠さにめげそうになった。しかし、負けたら昼の自分の二の舞である。

 もう、失敗は許されない。公爵家のご令嬢アリア=チェイサーとして、そして大の大人である自分のために。更には、シオンやスイなどの使用人のためにも、アリアは失敗するわけにはいかなかった。

 そう考えている内に波が去ったので、アリアは2歩進んだ。

 そこから、アリアは2歩進んでは止まり波に耐え、また2歩進んでは波に耐えと、それを繰り返して少しずつベッド横に向かっていった。しかし、アリアを襲う痛みはすでに波の様には去ってくれず、徐々に強まっていくだけであった。

 アリアは、負けなかった。痛みにも襲い来る大波にも負けなかった。

 そして、とうとうベッド横のテーブルにアリアは到着した。

 しかしそこで、一瞬ホッとしそうになった自分を心で叱責した。


 (馬鹿野郎!)


 まだ戦いは、前半戦が終わっただけだと心の中でアリアは、気合を入れ直した。

 アリアは、後半の戦いに赴くために力を入れ直して、テーブル上のベルを手に持った。

 ベルを手首のスナップだけで鳴らした。

 リーン、リーンと澄んだ音色が部屋中に響いた。

 アリアは、待った。きっと来てくれるとひたすらに待った。

 アリアの思いが届くのが先か、今までの苦労が文字通り水で流れ落ちるのが先か、小刻みに震えながら待った。

 果たして、アリアの願いが勝った瞬間が、ドアが開く音と転がり込むように部屋へと入って来たシオンによってもたらされた。


 「アリアお嬢様、いかがなされたのですか!」


 シオンは開口一番アリアを気遣う言葉を掛けた。


 「シオン良く来てくれました」


 苦しそうな表情の中、必死に笑みを浮かべてシオンをアリアは瞳で捉えた。

 シオンは、アリアの尋常ではない姿にすぐに駆け寄ろうとした。

 しかし、それを苦しそうな息づかいのアリアが止めた。


 「待ってください、シオン。ゆっくりですよ。ゆっくり振動を立てないように来てください」


 立っているのがやっとという姿でアリアが必死に声を出して、シオンに伝えた。

 シオンは、テーブルに掴まり足を小刻みに震えさせているアリアに慎重に近づいていった。

 シオンの脳裏には、今朝のやり取りが呼び起された。

 それが、浮かんだシオンは気が気ではなく、すぐにでも駆け寄りたい思いだった。しかし、アリアの命令でそれが出来ないことを歯がゆく思いながらも、シオンはアリアの傍にゆっくりと寄って行った。

 聞くことが怖かった。大事なお嬢様の身にそんなことが起こってしまったのかと、最悪な想像がシオンを襲い来る。

 シオンは、そんな思いを抱きながらもアリアに努めて明るい声で問いかけた。


 「お嬢様、どうなされたのですか!」


 外れていてほしいと願い、足を震わせて涙が浮かんだアリアの顔を見つめながら答えを待った。


 「あの、ね、シオン」


 一度逡巡した様子で口を止めたアリアをシオンは見つめ、次に来る言葉を待った。


 (そんな、私の全てのアリアお嬢様が!)


 アリアは、シオンのとんでも妄想を知らずに躊躇っていた言葉を口にした。


 「先ほどから襲われている痛みで、もう限界なのです」


 それを口にすると、アリアは痛みに耐える様に下腹部を押さえた。

 シオンは、アリアの言葉と姿で頭が真っ白になった。


 (そんな、私の命のアリアお嬢様が!襲われた痛みで限界!そんな!?)


 シオンは救えなかった自分の無力さに後悔した。そして、知らずに瞳から涙が流れ出した。


 (シオン、そんな泣いている場合ではないないですよ。一刻も早く、アリアお嬢様の傷の具合を!)


 シオンは、崩れそうな自分を叱りつけて気力を出した後、アリアの下半身を見据えた。

 アリアは、シオンが突然黙ったかと思ったら、今度は涙を流し始めたことにぎょっとした。

 そして、シオンがアリアの下半身を見ていることに気づいた。


 (何!?まだ、わたくしはやって無いわよ!)


 アリアは、急いで連れて行ってもらおうと口を開いた。


 「シオン、もう痛みで歩けそうもないのでお願いです。連れて行ってくれませんか」


 アリアは、直接聞くと偽物とばれそうな事をそれとなくシオンに連れて行ってもらい、解決しようとした。

 しかし、それを聞いたシオンは、あまりのことで愕然とし言葉を失った。


 (ああ、私だけの愛すべき、命よりも大切なアリアお嬢様が!!)


 シオンは、アリアの顔を見た。その顔は赤く染まっていて、歯を食いしばり何かに必死に耐えている様子であった。


 (連れていくとは、お医者様の所ですか!!)


 シオンは、再びアリアを見た。


 (その前に私がお嬢様を確認しなければ!!お嬢様に御恥をかかせる訳にはいきません!)


 そう言い訳をして、アリアにゆらりと怪しい目つきで近づいた。

 アリアは、何度か見てくるシオンを訝しく見つめた。


 「あのシオン、どうしま」


 言い終わる前に、シオンがアリアのワンピースの裾をめくり上げた。そして、頭を突っ込んできた。


 「アリアお嬢様、どの辺りが痛いのd」

 「きゃーーーーーー!!」


 アリアの膝蹴りが、見事にシオンを捉えた。

 ドゴッと固いものを蹴った音がアリアの下から聞こえ、シオンが勢いよく背中側から床に叩きつけられた。


 「ななななな、何してるのですか、シオン!!」


 アリアは更に赤く染め上がった顔で、シオンを睨みつけた。

 シオンはすぐに起き上がると、鼻血を垂らした真面目な顔でアリアに答えた。


 「お嬢様の操の確認をと思いまして!」


 アリアはワンピースを両手で押さえつけた。


 「バカなのですか!バカなんですか!」


 貞操の危機を感じたアリアは、一歩後ろに下がった。


 「いえ、このシオン!いたって真面目です!」


 そういうとシオンは一歩アリアに近づいた。アリアは逆に一歩シオンから遠ざかった。


 「お嬢様が痛みを訴えていたので、最悪を想定してお医者様に連れていく前に自分が確認しようと思いました」


 アリアは、押さえつけているワンピースを強く握りしめた。


 「良く考えてください、シオン。どうやってこの部屋まで来られると思うのですか!」


 このように大きなお屋敷なのだから、警備もさぞ厳重だろうと考えて、アリアはそう口にした。


 「確かにそうですね。私の目を抜けてお嬢様の部屋に侵入できるはずはありませんね」


 考えてそう口にしたシオンは、アリアを見つめた。そして、天啓を得たと言わんばかりの表情で、もう一つの可能性を口にした。


 「明日は豪華な食事にしましょうね、アリアお嬢様!」


 自分の事の様に嬉しそうにシオンが語った。

 アリアは、唖然とした表情でシオンを見つめた。


 「こうしてはいられません。すぐにシェフと話を付けてきます」

 「待ちなさい、シオン!」


 今にも部屋を飛び出そうとするシオンを、慌てて呼び止めた。


 「大丈夫ですよ、アリアお嬢様。その辺はしっかりと配慮して、ぼやかして伝えますからね!」


 アリアを安心させようとシオンは笑みを向けて、続きを語り出した。


 「しっかりぼやかして、とうとうお嬢様にも来て一人前の女性になったとだけしか伝えませんからね」


 アリアは全然隠せてないシオンの言葉を慌てて否定した。


 「わたくしは、まだ来ません!!」


 怒鳴ったことで、一気にアリアを尿意が襲ってきた。


 「あ、不味いです!」


 太ももを閉じて、ダムの決壊を防ごうと力を入れた。


 「シオン、わたくしを早くトイレに連れて行きなさい!」


 決壊寸前のアリアは、恥を捨ててシオンに命令を下した。

 そして、用を足し終えたアリアは、外にいるであろうシオンに怒りを少し含んだ声を掛けた。


 「シオンのせいですからね!」


 アリアは、ほんの少しだけ失敗してしまったものを鬱々たる思いで見つめた。

 アリアはもう一度シオンに、今度はシオン以外に聞かれないように低く小さくした声で口を開いた。


 「シオン、・・わたくしの替えの・・下着を持ってきてくれませんか」


 そこまで言うとアリアの顔が熱くなった。

 アリアのお願いを受け、廊下のシオンが声を掛けた。


 「畏まりました。少々お待ちください」


 シオンは、何も訊かずにアリアの部屋へと戻った。

 シオンが去り、廊下に誰もいなくなるとアリアは、声を殺してひっそりと泣いた。

 いい大人が、1日で3度の失敗である。それで、精神的に大きなダメージを受けたアリアには、耐えられなかった。

 情けなさを強く感じて、アリアの瞳から零れる涙が多くなった。

 耐えていた嗚咽が漏れ始めた。

 アリアの涙と引き攣る声と鼻を啜る音が誰もいない個室と廊下に悲しく響いた。

 しばらくの間、涙に暮れていると廊下からシオンの声が届いた。


 「お嬢様、お持ちしました」


 シオンの声が掛かり、アリアは慌てて涙を引っ込めると平静を装うために、涙声が漏れないように注意して声を出した。


 「ありがとう、シオン」


 そして、替えを受け取ると我慢して止めていた涙が再び流れ出した。

 シオンは何も訊かずにアリアが落ち着くのを待った。

 しばらくすると、落ち込んだアリアが出てきた。

 シオンは、努めて表情を明るくするとアリアに声を掛けた。


 「まずは、綺麗にしましょうか」


 シオンは部屋に戻る前に、少しだけ寄り道をすることにした。

 アリアの白く小さな手を引いて歩きだした。

 そして、寄り道が終わり部屋に戻る時、アリアがシオンに懇願した。


 「お願いです。もう一ヶ所寄り道をしていいですか?」


 シオンは、アリアと共にもう一ヶ所の寄り道先に向かった。

 アリアは、その場所をしっかりと目で見ると部屋へと向かった。

 その道中、忘れないように注意して周りを見て、その様子を頭にしっかりと覚え込ませた。


 (もう大丈夫。行きと帰りで予習と復習は万全だ。今度は絶対に失敗はしない)


 アリアは、言い聞かせるように心で呟いた。

 それと、自分の身体を見つめて思った。


 (子供って、こんなにも大変だったんだな)


 しみじみとその苦労を感じた。





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