第50話「用心棒③」
と、そんな感じで赤騎士を秘書代わりに使い始めたのだが、実は幾つか問題があった。
困ったことに仕事以外の面で。
彼女は業務に関しては非常に優秀で文句はないのだが……。
まあ、取り敢えず聞いて頂こうか。
まず、朝から。
その日、私は赤騎士の活躍のおかげで久しぶりに長めの睡眠を取ることが出来た。
そして朝方、私はまどろみの中で誰かに起こされた。
「殿下、お目覚めの時間でございます」
それは聞き覚えのある声だった。
優しく私を労り、慈しむような優しい声。
そして、ふわりと漂う良い香り。
私はその声の主を……知っている?
だが、何故か咄嗟にそれが誰か分からない。
一体これは誰だ?
「殿下、殿下、起きて下さいまし」
再び声を掛けられ、優しく身体を揺さぶられた。
だが、嫌な気はしない。
寧ろ心地良いぐらいだ。
そして、それがヒントになったのだろうか。
私は声の主を思い出し掛けた。
休止状態だった頭がだんだんと覚醒し、薄らと目を開けながら私は遂に思い出した。
「そうだ、この声はセシ……」
そして、完全に目を開けるとそこには……真っ赤なカブトがあった。
しかも息がかかるような距離で。
「ああああああああああ!?」
私は絶叫しながら衝撃的過ぎる目覚めを迎え、見事に大事な何かを忘れたのだった。
こうして爽やかな朝を迎えた私は、気を取り直して身支度を始めたのだが……。
また、問題発生。
赤騎士は「これも護衛の仕事ですから!」と言って着替えの最中も部屋に居座っていた。
しかも着替えの手伝いまで申し出ていた。
流石に断ったが。
そして、着替えの途中でその赤い鎧の中から、
「ハァハァ……じゅるり」
とか、聴こえてきた気がするが、きっと幻聴に違いない。
次は朝食。
ここでも赤騎士はぴったりと食堂までくっついてきて、何と朝食の給仕まで始めた。
ご丁寧に途中でナプキンで私の口元を拭おうとしてくるし。
いや、流石にそれは過保護過ぎではないだろうか。
あと、可哀想だったのがシェフだ。
ワゴンで運ばれてきた料理を赤騎士が見た瞬間、
「朝から殿下が嫌いなものを出すとは何事ですか!?」
激怒した。
「いや、流石にこの歳で好き嫌いはしないのだが……」
と、一応赤騎士に伝えてみるが……だめだ、聞いてない。
確かに昔、あまりこれは好きではなかったが今はなんとか食べられるし、シェフにも考えがあって出しているはず。
不思議なのは、何故赤騎士がそんな昔のことを知っているのだろうか?と言うことだ。
そんなことを考えながら横を見れば、料理を出してしまったシェフが赤騎士に威圧されて、偶然近くにいたメイドと一緒に気絶していた。
……勘弁してくれ。
落ち着かない中、なんとか朝食を済ませた私はオフィスに移動した。
赤騎士同伴で。
そして、オフィスに入って最初に話しかけてきたピエールの言葉が、
「おはようございます殿下。昨日はお楽しみでしたね!」
だった。
しかも、ニヤニヤしながら。
この野郎、人の気も知らないで!
何故か横にいる赤騎士はなんかクネクネしながら嬉しそうにしているし。
まあいい、最悪のタイミングで冗談を飛ばし、私の地雷を踏みぬいた彼には反省してもらおうか。
そう決意した私は一言。
「……赤騎士、殺れ」
私は自分でも驚くほど冷たい声で赤騎士に命令した。
「イエス、ユア、ハイネス」
両手で顔を抑えながらクネクネしていた彼女だが、光の速さで私の命令に反応し、返事をし終わった瞬間には、ドスッ!と言う鈍い打撃音がした。
「アベシ!」
見事な腹パンを食らったピエールが変な声を出しながら崩れ落ち、赤騎士がその襟首を掴むと何処かへ引きずって行った。
それを無言で見送った私は、溜息をつきながら仕事にとりかかった。
そして、慌ただしく午前中の業務をこなした後は昼食。
そう、昼食。
これが、最大の試練だった。
ここでは更に驚きの事態が起こったのだ。
それは私が午前中の業務に区切りを付け、そろそろ遅めの昼食を取ろうかと思った時のこと。
いつものように職員用の食堂(時間がもったいないので昼食は自分専用の食堂で取らない)に向かおうとしたところだった。
まるでそれを待っていたかのような絶妙のタイミングで赤騎士が声を掛けてきた。
「殿下、そろそろ昼食になさいますか?」
「ああ、そのつもりだが」
とくに考えもせず私は赤騎士の問いに答えた。
「畏まりました。では殿下、参りましょうか」
「ああ」
そう返事をした赤騎士が、手にランチバスケットを持って先に歩き始めた。
おや?自前の弁当かな?
「なあ赤騎士、食堂は方向が違うのでは?」
「こっちでいいのですよ♪」
だが、彼女は食堂とは別の方向に進んでいた。
「?」
「♪〜」
機嫌も良さそうだな、これは一体?
そして、暫く歩いて着いたのは……。
「着きました」
「いや、ここは庭だ」
そう、ここは宮殿の庭。
今、目の前には緑豊かな庭園が広がり、奥では大きな噴水が涼しげに水を吹き出している。
「はい、お庭です。本日はお天気もいいので屋外でのお食事を、と思いまして」
「な、なるほど?」
急な提案に私は動揺しつつも、同意した。
「では、こちらへ」
赤騎士に近くのベンチへといざなわれた。
そして、彼女はランチバスケットを広げ昼食の準備を始めたのだった。
「大変お待たせ致しました殿下。準備ができました」
「ああ、ありがとう。では、早速頂こうか」
少しして、そこにはサンドウィッチや飲み物が並べられていた。
「はい。殿下はどれからお召し上がりになりますか」
「では、サーモンのサンドウィッチから……」
おお、これは旨そうだ。
これは赤騎士に感謝だな、などと思いながら早速私が手を伸ばそうとしたのを、彼女にやんわりと制された。
え?ダメなの?
そして、次の瞬間衝撃の事態が発生した。
「殿下、あーん」
「……」
は?あまりのことに訳が分からずフリーズしてしまった。
だが、そんなことにはめげずに手にサンドウィッチを持った赤騎士は再び迫ってきた。
「あーん」
「……」
いや、流石にそれは……というか、何故私は真昼間の庭で赤い鎧にあーんされているのだろうか?
「しゅん……」
スルーしていたら赤騎士がしょげてしまった。
私はなんだかその姿が可哀想で、仕方なく付き合うことにした。
よく思い出せないが、不思議と昔も誰かとこんなことがあったような気がするし。
私はパクリ、と彼女が手に持っているサンドウィッチを食べた。
「うん、美味いな」
「っ!?美味しいですか殿下!ありがとうございます!」
そういうと、彼女はとても喜んだ。
「ああ、美味しいよ」
実際美味しかったから、私は笑みを浮かべながら答えた。
すると赤騎士は、
「よかった!これ、私が作ったんです!」
更に嬉しそうに答えた。
「え?それは凄いな!」
え?マジ?凄いね、この鎧。
一家に一台?欲しいね。
「君はいい嫁になれるな」
そこで私は素直な感想を私は口にしたのだが、
「そんな!結婚だなんて!気が早いですよ殿下!」
とか言いながら、この赤い鎧は満更でも無さそうに、クネクネしている。
よし、赤騎士の注意がそれているうちに昼食を済ませるか。
そう思った私が、こっそりとバスケットに手を伸ばした瞬間、ガシッ!と凄い力で手を掴まれた。
「殿下、焦らずとも昼食は逃げませんから」
「あ、ああ……」
残念ながらこの羞恥プレイはまだ続くらしい……。
「では続きを」
「……」
嬉しそうな赤い鎧がサンドウィッチを口元に持ってくる。
「あーん」
「……」
仕方なく私は、パクリとサンドウィッチを食べた。
……うん、うまいな。
全く、普通に食べられればいい昼食だったものを……残念にすぎる。
こうして私は赤い鎧と外でランチという罰ゲームを受け、MPを大きく削られたのだった。
はあ、疲れた。
でも、まだ昼なんだよな……。
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同じ頃、赤騎士とリアンの姿をテラスから見ている者達がいた。
「ねえ、レオニー。私、今とっても不思議な気分なの」
「如何されましたか、マリー様」
そう、マリーとレオニーである。
「ええっと……目の前でセシル姉様がお義兄様にサンドウィッチを食べさせていると言う、本当なら嫉妬で狂ってしまいそうなシチュエーションなのだけれど……何故だか何も感じないの」
「ああ、左様でございますか。まあ、片方が鎧ですし……」
「そうよね、鎧だものね……」
「「……」」
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