表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALICE-CHAN-LIVE!  作者: 岬 にこみ
20/25

七章-③受難

「どっちに入ればいいんだっ!?」


 そもそも、あんなにガブガブ水を飲んでいたのが敗因だった。

 逃げの口実には使ったものの、下半身はまさしく活動限界を超えつつあったのだ。

 二つ並んだトイレのマークを見上げながら、俺は立ち往生していた。


「お、男らしくないぞ沢良ありす! お前は美少女アイドルだろ! 行け! 行っちまえ! 何もやましいことはないんだっ」


 そうだありす、紳士マークさんと淑女マークさん、今のお前はどっちに似てる?迷うことなどないだろう。


「う、く……し、失礼しますっっっ」


 せめてもの抵抗で目を瞑ってダッシュ。

 そしてせめてもの抵抗で下着は男物だしその上に黒スパッツだ。アイドルらしい防御力。



「ミ……ミッションコンプリートッッ」


 ものの数十秒で全任務を完遂し、俺は再びダッシュで女子トイレを飛び出した。

 ぼむっ。


「おっと」

「あたぁっ」


 何か柔らかいものに激突し、俺はその場にしりもちをついていた。

 やばい、女子トイレから出てくるところを見られるなんて、男としては決定的に危機的な状況じゃないか!?


「ごごごごごめんなさいごめんなさいっ、俺、何もやましいことは……ッ!」 


 不審者じゃないんですっ、目は瞑ってましたから!!


「ちょうど私もトイレに行くところだったんだよね。偶然だね」

「ん?」


 顔を隠すように覆っていた腕をおそるおそる下ろす。


「まん……、プロデューサー!」


 柔らかいものは、まんじゅうだった。


「トイレでバッタリ……だねぇ」

「は、ははは」 


 あやうくもっと大事な部分が鉢合わせするところだったんだぞ、何を悠長ににやけてんだ。

 男子トイレの方に入らなくて本当によかった。


「いやー、それにしても」

 じょみじょみ。


「噂にたがわずスキャンダラスな子じゃないのぉ?」

「へ?」

「それが、バレプロ流の挨拶なのかな?」


 にやついた視線が一体どこに注がれているのかに気付き、俺は大慌てで膝を閉じた。

 スパッツだけど、スパッツなんだけど。


「ちょ……っ、」

「よく教育できてるんじゃないの、うんうん」

「どっ、どこ見て……」


 まんじゅうは動じずに、まだにやにやと俺の股間に視線を注いでいる。

 俺は何もできずに、そのにやにや顔をただ見ていた。

 ああ男ってこういう時、こんなどうしようもない顔をしているのか、とかそんな事を冷静に思いながら。


「素敵な挨拶だけど、今度からスパッツはいらないんじゃないかなぁ?」

「はぁ?」

「今度から気をつけてって、マネージャーさんにも言っといてよ、ねっ。あはははは」

「は、ははは……ははははははは失、礼、し、ま、すッッッ」

 

 まんじゅうとは逆方向に全力疾走しながら、俺は脳内で嘆いていた。

 芸能界って、いや違う、大人って、これもきっと違う男って、いや俺も男だし……つーかマネージャーになんて……、


「なんて伝えろってんだよ、バカヤローーーッッ!」

「!? は!? 沢良!? ぶっ」

「まねーじゃっ、……うっ、うわあああああああん」

「のあああ!? な、なななななにをするっ!?」


 正面衝突の巻き込み事故であった。

 なぎ倒すほどの勢いで、俺は偶然通りかかったであろう岩頭にタックルをぶちかました。

 身長と体格の勝る向こうが、自然と抱きとめるような形になる。


「ちょっ……、離れろ、おいっ」

「ぐすっ……ひぐっ……まんじゅうが、脂肪分の多いまんじゅうが……ぐずっ……ちーーーんっ」

「鼻をかむな!!!」

「う……ぐず」


 本当に、ここ最近の男運は踏んだり蹴ったりだ。


 俺、何か悪いことした?

 そんなに目を付けられるような隙を見せてた?

 襲ってくださいちょっかいだしてくださいって、知らない間に口に出して言ってたのか?


 アイドル以前に、女子以前に、何だか軽んじられている気がするのだ。

 俺という人間は、おっさんたちにとって、「俺」じゃなくて、ただの、ただの……。


「……何があった?」


 小刻みに震える肩を、止めようとしても止められなかった。

 大人の大きな手が、そっとそれを抑えてくれる。


「プロデューサーが、」

「プロデューサー?」

「マネージャーに伝えておけって、……って言えってさ」

「は……? 何て」

「スパッツ脱げってっ、パンツ見せるようにってマネージャーに言っとけってさ! はい、言った!」


 口に出した途端に、一気に情けなさが襲ってきた。


「……、くっそ」


 何も悪いことをしていないのに、何故か自白でもしているような惨めさと罪悪感を感じた。

 もしかしたらこんな事、口にしないほうがよかったのかもしれない。


「……」


 ……あーあ。ホラもう、岩頭の顔を見ろよ……。

 いつにも増して眉間には、これでもかと言うほど深いしわが刻まれている。

 野良猫のボスみたいなおっかない目をして、彼は押し黙っていた。


「えー……と、」

「沢良」

「あ、あー……えっと、ごめん。大げさに騒ぎすぎたわ。なんつーか、別に向こうもさ、冗談で言ったと思うし、」

「お前は楽屋に戻っていろ」

「……っな」


 ぴしゃり、と一言でいなしたかと思うと、背の高い男はずんずん歩いていってしまう。

 スカートの裾を直しながら、慌てて後を追いかけた。


「なにそれっ。なんか気に障ったなら謝るよ! リ、リハーサルはちゃんとやるからさ、だから」

「戻っていろと言っている」


 振り向いたその剣幕に、思わずびくりと肩が跳ねる。


「ご、ごめんなさ……」


 そんな俺の様子を見て、巌縄は怪訝そうに首を傾けた。


「おい」

「な、なに……っ」

「……お前もしかして、俺が怒っていると思ってるのか?」


 こくこくと精一杯首を振って頷く。

 すると、はぁ? とますますおかしな顔をされた。


「い、意味不明すぎる。これだから、女の考えることは分からない」

「だから、謝ってんじゃん! 大騒ぎして悪かったって!」

「は? だから何でお前が謝る必要が、……あー……違う、こんな言い方じゃなくて、」


 苛立たし気に頭を掻いて、短く息を吐く。


「怒っていない」

「……わ、分かりづれーのはアンタの方じゃん」


 俺はてっきり、プロ意識がないだとか、くだらないことで喚くなだとか、そういう風に突き放されたと思ったのだ。

 だってコイツには、嫌われている自覚があったから。


「怒ってないなら、何であんなに怖い顔してたわけ?」

「あれは……、……そ、そんなに怖かったか?」

「こえーよっ。なんつーか、ギラギラしててさぁ」

「そ、れは……その、悪かった」


 あれ? と俺は首をひねった。

 変だな、コイツ、俺の事大嫌いなんじゃないの?


 だがすぐに思い直す。

 俺だって変だ。言ってることとやってることが矛盾している。


 俺はこの男になんて言って欲しかったんだろうか。

 どんな言葉をかけてもらうつもりで、彼にすがりついたんだろう。


「沢良」

「なっ、なに」


 考えていたことを見透かしたようなタイミングで話しかけられ、思わず声が上擦った。


「か、勘違いするなよ。別にお前のためではなく、これは仕事の一環でだな、俺がお前のマネージャーだから」

「だからなんだよっ」

「あー、うー、一度しか言わないぞ。だが大事なことだから忘れるな、これは業務命令だ」


 だからなんだよ、早く言えよ。

 そう急かすと、大変言いにくそうに顔を歪めながら、いい大人は高校生に向かってこのように宣言したのだった。


「守らせてくれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ