神官10
導師達の表情は一見するだけで神殿や神官に対して悪印象を抱いているとわかるものだ。穏やかに微笑んでいる先生の方がエルフの中では珍しい。特に導師だと尚更に。
ただ、私やアルは先生の穏やかに微笑みながらも何か考えている、そんな表情を昔からよく見ている。
神官や神殿のことを先生から初めて教わったときも、先生は同じ様な表情を浮かべていた。
私とアルが先生に保護されたのは、偶然だった。ゲームのアルフレッドが仕草を真似ていたところからすると必然なのかもしれないけど、その時の先生はたまたまキルリルの大樹への巡礼に訪れたところだったらしい。
こちらへ向かっている中で村が襲われていることに気が付いたが間に合わず、せめてもの弔いをとキルリルまで足を運んだ、とのことだった。大樹まで足を運んで、うろの中にいるアルと私に気が付いたのはきっと招かれたのだろうと言って祈りを捧げていた。
泥だらけ、血塗れのアルと透けている私を見ても、先生は哀しさを滲ませながら微笑んでいた。安心させようとしてくれていたのかもしれないけれど、今考えると不器用な笑顔だった。
「アルフレッドくん、リリーさん。僕はここから遠く離れた村に住んでいます。村の傍から離すことは心苦しいですが、まだ幼い君達をこのままここに置いていく訳にもいきません。どうか、僕と一緒に来てくれませんか?」
一通り話を聞き終わった先生は少し考えた後で私とアルにそう告げた。誘われてもどうしよう、なんて選択肢はなかった。私はよくわからない状態のままだし、アルは魔力がいくら強くてもまだ子供だ。キルリルの試練を突破したからといっても、このままここに一人でなんて認められないだろう。
先生が私達を騙そうとしている様には思えない。この人は大丈夫だと思える何かがあった。それは先生がキルリルの中に入れているからなのかもしれないし、キルリルから安心していいと伝えられているからなのかもしれない。
信じてもいいのだと思う。ちらりと隣のアルへ視線を送ると、アルもちょうど私を見ていた。
「……わかりました。ファリド導師、よろしくお願いします」
私と顔を見合わせて頷いたアルに、先生はほっと息を吐き出していた。断られることも考えていたのだと思う。
「ではお二人とも僕のことは導師じゃなくて、ダレンと呼んでください。僕はあなた方の保護者になりますから」
(……それは)
いつかはそう呼ぶのかもしれないけれど、今はまだ無理だ。気持ちが追い付かない。繋いだ私の手を握り返したアルのことを考えながら、曖昧な返事を返していた。
彼が保護者になる、それはわかっている。けれど気持ちは追い付かない。今日、いやもしかしたら昨日かもしれないけれど、私達はまだ保護者のことを考えたりできなかった。保護者が誰を指している言葉なのか、それについて考えてしまう。
身体を固くした私達を見てから、あぁと一つ頷いた。
「困ったな、でも導師と呼ばれるのは堅苦しくて好きじゃないんですよ。うーん、では、先生でどうでしょう。僕はあなた方に色々なことを教えていかなければなりませんから」
「……それなら、まぁ」
「よかった。では、これからよろしくお願いしますね、アルフレッドくん、リリーさん」
そうして手を差しのべてくれたその時から、ダレン・ファリドという柔和な笑みをたたえた男性は私達の先生になった。
先生と呼ぶことになった通り、先生は私達に様々なことを教えてくれた。
ダレン先生は、様々な知識に精通していて、それでいて穏やかで導師としても適格なんだと村の人々からも尊敬されているエルフだ。
ただ、それらから差し引いてもまだ残る魔法オタクの弊害。よく徹夜するとか、家の周りの木々が巨大になったり枯れたりするとか、様々なことに苦労させられさえしなければ。いやまぁ、それがあっても私とアルは先生に護られて暮らしていることに感謝しかないのだけど。
先生の授業は多岐に渡っている。それこそ魔法もあれば人間の歴史、エルフの歴史、全ての知識を教え込もうとしているのかと言わんばかりだ。
そして、今回の授業は魔についてだった。
魔については私も少しは前世でゲームをしたときに知ってはいるけれど、それはあくまで設定上のもの。魔法もだけど、実際に学べることは有難い。
先生がボードにわかりやすく書き込んでくれるのを書き写すことができない私は必死で覚えるしかないのが辛いところだけれど。書き込もうと思えばできるけれど、まだまだ安定しない中で長時間物体を握り続けるのは難しいので仕方ない。
「さて、アルに質問です。魔物と魔属と呼ばれるものの違いはわかりますか?」
「魔物は生まれつき闇属性の生物、モンスターと呼ばれるもの。魔属は、闇堕ちした人間やエルフ、ドワーフなど本来闇属性ではなかったもの」
「よく調べてますね。ではリリー、魔物と魔属の関係性は?」
(え?! えーと、魔属となった者は元々魔力が大きい為、闇属性の魔力を持つ魔物を従えることができ、ます)
急に当てられて驚いたけれど、先生は満足そうに頷いた。及第点ではあったらしいことにほっと息を吐き出した。
「そう、魔属は魔物を従えることができます。魔王となる魔属は、闇堕ちしたものの中で最も強い魔力を持つ者。元々魔属として生まれるものはいません、皆なりたくて魔属にも魔王にもなる訳ではないんです。少なくとも、僕が調べられた限りではそういった魔王はいませんでした」
……ゲームのアルフレッドも、なりたくてなった訳じゃなかった。彼は村を親しくしていた人間達に滅ぼされて、その真実を知ってしまって絶望して闇へと堕ちていった。
「リリー、闇堕ちとはどういう状態をさしますか?」
(闇堕ちは、絶望がきっかけになっていると言われています。どうしようもない絶望の闇へと取り込まれると、身体のどこかに濃い色をした大きな痣が広がり、それと同時に本人が使える魔法にも闇属性のものが加わります)
「正解です。では、リリーもう一つ。闇堕ちはどういったものがなりやすいですか?」
(絶望してしまったもの、では)
私の答えに先生は首を横に振った。絶望しても闇堕ちしない、しきらない例もある。じゃあ心が繊細なもの、の方がよかっただろうか。
答えを探していると、先生は少しだけ考えてから口を開いた。
「闇堕ちは、魔力量が多い種族がなりやすい。これは統計的に見ても事実です」
アルと私の目をしっかりと見て、先生はそういった。




