第2話 崩壊
俺が通っている春ヶ丘高校は県内トップの進学校だ。
家からは電車で一本。片道20分という破格の場所に位置する。
言わずもがな近いと言う理由だけで選んだ高校。
自慢じゃないが、俺は中学では学年上位1%の学力を誇っていた。
だから、難関高と呼ばれるこの高校に入れたわけだが。
何故こんな話をしているのかって?
聞いたことないか? 中学で負け知らずの奴が高校で格の違いを見せられたって話。
例に漏れず、俺もそのタイプだった。
……終わった。
返された小テストの点数を目にした俺は、絶望の淵に立たされていた。
点数の欄に書かれていたのは20という数字。
控えめに言って、最悪の結果だ。
小テストなので赤点の概念はないが、確実に成績には影響するだろう。
いつもは60点台をキープしていた身からすると、痛いパンチだった。
しばらく呆然と、現実を受け入れられずに答案用紙と睨めっこをした後、ハッとして裏面を見た。
毎回小テストでは順位がプリントされている。
1位から10位までは名前付きで、それ以下の人は点数だけ表示されるという仕組みだ。
なんとなく上から順に見ていく。
100点違う。98点違う。97点でもない。
ないないない、ない……あっ、た?
自分の名前を見つけ、目線を止めたのは最後の列。
——無論それは、最下位を意味する。
どん底に突き落とされる、とはこの事だろうか。
何故確かめたのかは聞かないでくれ。せめてもの救いで……と、淡い期待を抱いただけだ。
はぁっ……と今日1番大きいため息を吐くと、隣の席の女子が、心配そうにこちらに視線を移してきた。
クラスのマドンナ——高梨麗華さんだ。
黒髪の艶やかストレートを腰まで伸ばし、制服からは柔らかそうな白い肌が覗いている。
誰がどう見ても美人と答える、クラスのカースト上位の女子である。
幸か不幸か俺はそのマドンナの隣の席。
席ガチャは、普通なら大当たりを引いたと言われる所だろうか。
マドンナを合法的に間近で見れる、絶好の場所なのだから。
まあ、授業中は男子達の視線に晒され、休み時間はわらわらと人が集まってくる。
果たしてこれが“当たり”かと問われると、静かに過ごしたい俺からすれば否だった。
どちらかといえばハズレ……いや、それは高梨さんに失礼か。
俺自身、隣の席の人をどうこう言える程、偉くはないのだから。
高梨さんは、俺のことを綺麗な瞳でじっと見つめた後、何やらノートの隅の方にペンを走らせ始める。
どうやら、用は済んだらしい。横目でそれを確認した俺も、続くように黒板へと視線を移す。
「如月くん」
突然。本当に何の前触れもなく、小声で呼ばれた自分の名前。反射的に声の方へ顔を向けた。
すると、バッチリと高梨さんと目が合い、俺は目を見開く。
……初めて話しかけられた。
声を出しそうになった俺に、高梨さんは口元に指を当て、『静かにして』とポーズで伝えてきた。
今は授業中。当たり前だ。
俺は素直に頷いた。
すると高梨さんは、さっき書いていたノートの端をちょんちょんと指差して、俺に見るように促してくる。
『今日の放課後、時間はありますか?』
紙には丸っぽい綺麗な字でそう書かれていた。
一瞬状況が飲み込めず、瞬きを繰り返す。
『何か用事ですか?』
ノートにそう書いてから、高梨さんの机の方へスッと移動させる。
質問に質問を返す形になってしまって申し訳ないが、今日は用事がある。というか俺には毎日、弟達のお迎えをするという任務がある。そう、自分自身に釘を刺した。浮かれては駄目だ、と。
急ぎの用事なら空ける事はできるだろうが、現実は世知辛い。
保育園は規定の時間を過ぎると延長料金を取られてしまうからだ。できることなら、無駄な出費は抑えたい。
そんなわけで、マドンナからのお誘い?是非!と二つ返事に承諾する事はできなかったのだ。
『お話したいことがあるんです。
少しで良いのでお時間を頂けませんか?』
食い下がる高梨さんに、俺は少し考えてからシャーペンを走らせた。
『10分だけなら』
……それが、今の俺ができる最大限の譲歩だった。




