⑩ひび割れたアスファルトに咲く花
凍えるように瞬いている星たちを押しのけるように鳴るサイレンが、重なるように、連なるように、空へと消えていく。
星の夜に黒々と浮かびあがる大きな建物。
動かずに、しゃべらずに、それはどっしりとそこにあるが、よく見ると窓が飛び、重厚な扉があった場所もいまはポッカリと空いて黒い穴となっている。
野良犬がトコトコとそれに近づいていったが、急に向きを変えた。
口のように開いた穴に食われてしまうのではないかと、怖くなったのかもしれない。
だが、その建物が再び動き出すことはなかった。
サイレンが止んだ街に、ガチャガチャというキャタピラ音だけが静かに響く。
空でクルッと旋回したミミズクが急降下して、家を追い出されたネズミに爪を立てて、何事もなかったみたいにさっそうと飛び立っていく。
その羽音に合わせるように、建物はゆらゆらと光に照らされた。
夜明けにはまだ遠いから建物を光らせているのは月明かりだ。
ひび割れたアスファルト、焼けおちてフレームだけになっている車、静かなそれらを雲の影から顔を出した月がのぞき見ていた。
灯りの少ない地下室。
ジィーと鳴る蛍光灯のしたでは、こもった空気を肺の浅いところに吸いこんでは吐きだして人々が肩をよせあう。
むき出しの水道管のつなぎ目からツタツタと水がしたたり落ちてリズムを刻めば、それに合わせるように赤ん坊が泣きだした。
近くにいた男が貧乏ゆすりをして、腰かけていた金属フレームのベッドがギゴギゴと音を立てるから、赤ん坊の母親が「ごめんなさい」とあやまる。
母親がぎゅっと抱きしめて、泣き声は一度止まって、また元に戻る。
ドォーン。
遠くで大きな音がして、ガタガタと地下室が揺れる。
遅れて、どこかで何かが崩れるような音が続く。
母親が赤ん坊に被さって、泣き声が少し小さくなった。
ギゴ、ギゴ。
ベッドがまた軋めば、それに合わせて、赤ん坊が、強く泣く。
チッ。
誰かが、短く舌打ちをする。
ポタ、ポタ。
水道管から落ちる水の音に合わせて、遠くの音もまだ続いている。
夜があけた。
闇を振り払った朝日をよろこぶように鳥がさえずり、はばたいて、空にのぼっていく。
光に照らされた廃墟のような街が、晴れやかに歌いながら金色に輝いた。
空の高いところを鳥が旋回して、あの野良犬が遠くのほうで自らの生きる意味を示すように吠えた。
ひび割れたアスファルトから飛び出した雑草が小さな白い花をつけている。
ゆらゆらとしばらく揺れたそれに影が伸びて、キャタピラが踏みつけていった。




