未だ産まれてもない子供に既に嫌悪されている
「また後でねぇ~、xx君~」
と手を振り、背を向けた少女。
憤死しそうなくらいに顔面をひくつかせ、背を向けた黒騎士。それを必死に宥めるその妻。
そんな三人を連れて、消えていったコンシェルジュ。
取り残されたのは、少年、青藍。そして――
とたっ、とたっ、とたっ――
青藍が歩みを進める。
ぴとっ。
無機質な容器の透明な表面に手を触れる。
【改めまして。ご機嫌よう、母上。そして――父上。それとも、こう呼ぶべきかな? ロクデナシ、と】
「貴様ぁあああああああ!」
今にも、後先考えずに、目の前のそれを消し飛ばしそうな、迸るような雷霆を発生させる少年を前に、青藍が大の字に立ち、立ち塞がる。
言葉なく、ただ、首を横にゆっくり振る。
雷は吸い込まれるように、少年の身体へと消えた。
【母上。ちょっと、母上の力に相乗りさせてもらうよ。さっきの分があるし、自腹はきついからさ。それと。そっちに立ってあげて。その愚か者の側に】
ギチギチチチーー
少年の身体に食い込む、茨のようでもあり、鎖のようでもある、されど、少年の手では触れられぬ、影のような、闇のような。
その目とその口だけを遮らず、跪くことなく。それ以外を実質封じたのである。
少年に言われたのでもない。対峙するその未だ産まれる前の息子に言われたのでもない。そこまでしないといけないと、青藍は判断したのである。
少年の心を、息を吸うように、出会ってから見続けてきた、深く深く見てきた青藍には、普段と比べての少年の見せるその異常さ故に、そうせざるを得なかった。本当なら、その場から少年を除いてしまいたい位に。
「ライト……。今の貴方は、おかしい……」
しかし。はっきりと言えない。言う訳にはいかない。それ自体が導火線に火を付けるに等しいトドメの一言になりかねないから。これが、青藍の見極めた、限界。
「どうしろと? どうしようもないというのに」
ぞくり。
その瞳に、明確に冷たさを感じたのは、これが初めてであった。
青藍は、後ずさる。
そのことに、自ら遅れて気づき、ほぼほぼ無意識にそうしたのだということを悟り、今一度少年を見た。微塵も自分の方を振り返ろうとはしない、その少年を。
【母上はそいつに理想を見出し過ぎなんだよね。恋心という名の色眼鏡を投げ捨てて見てみなよ。そいつは、恋されるに値する存在か? 愛される存在か? 女に。つがいに。断じて、無い!】
「私を嫌い、と言葉を尽くしての演説を聞く場か? ここは。違うぞ? 間違っている。お前が生まれ落ちる資格があるかどうかを見定める場であるぞ?」
「そ、そんなの、聞いてないっ!」
と、後ろから肩に触れた青藍の手が、白く灼けた。煙と焦げ臭さともに、僅かに、肉の焼けた香ばしい匂いさえ漂うくらいに。
咄嗟に手を引き、信じられないものを見る目で見つめる。少年は振り向きもしない。
【恐怖したね? それが正しい感情だよ。母上のそれが、化け物の如く見られる呪いであるとするならば。そいつのそれは、そんな理由も由来もありはしない。そいつこそが化け物。純粋なる化け物なんだよ。化け物に人間の殻を纏わりつかせ、溶かし固めた。それが、そいつだよ。】
「そんな、訳、ない……!」
【母上さぁ……。そいつが、判決死刑を下したとき、どう処置するつもりか。その心を読んでご覧? 隠さないよな? どうして、前もって言っておかなかった? たとえ死にもの狂いで止められることになろうとも、言わねばならなかっただろう? あんたのような卑怯者に、母上の相手である資格なんてありはしない】
「お前が引き継いだのは、記憶の断片か? 人格諸共か? それとも、生涯そのものを全て、か?」
【僕の死因の半分以上は、あんたさ。そして。母上の死因の九割以上があんた由来さ。それでどうして、僕がお前のような者を恨まずにいれれる? 怒りを以って、軽蔑と侮辱にお前の前に立つだけで埋め尽くされそうに、気が狂いそうになって。終わりと悲劇が再演される。今のこの身では自壊に至ることすらある程の強烈なフラッシュバックだ。両手の指で、いや、数えて憶えていられる程度の数で、済んでいると思うか?】
べしゃり、と倒れ伏す音が聞こえても、悪臭が漂ってきていても、少年は振り返りすらしない。自身の足元に後方から湿り気が到達したのを感じようとも、微塵も。
【この遣り取りを行うのが、一体何度目になるのか、浅慮なお前は考えるどころか、気づこうともしない。察する能力が、答えに辿り着けるだけの能力がある癖に。大仰な夢を語って、その癖、最も身近な者すら大概救えない、あらゆる全てにできる限り備えることすらしようとしない、お前を、僕は、蔑如する】
退いたら、屈する。これの言いなりになる。そうするしかなくなる。それが分かっているから。青藍が勝手に、何かしでかすこともなく脱落したのは僥倖とすらいえる。
そして。奴との意思疎通が可能な状況は途切れていないのだから、何の問題も無い。
【僕を恨むのは仕方ない。最初の、本当に最初の、始まりから。僕は産まれるべきではなかった。そう言えるだろう。僕を斬ること自体には、僕自身も賛成している。あんた同様ロクデナシだからね僕は。一人を除いて、嫁たちはバッドエンドには落ちない。そうなるような仕組み作りはとうに終えている。あんたはさ。残された者のことを微塵も考えないんだよ? 責任は感じる。罪悪感もある。だが、何もしない。聖騎士叙勲の辞退からずっと、そうだっただろう? あんたはそういう奴なのさ】
「じゃあ、殺し合いでもするか? それか、今、死ぬか? 意識が無いなら、処理は済ませてしまえる。後は、もう、死んでやればいい。一緒にな。それくらいはせねばならない。自分が理不尽なことを言っていることは自覚してるとも。それでもやらねばならぬ。お前は危険だ。産まれてはならないと誕生を拒絶される位に。別に珍しいことでも何でもない。生れ落ちた赤子の首を捻り折るのは。魔法を扱う類の貴族家では、後を考えるならば、必須といってもいい。領地そのものを、それでもと産み落とした赤子によって消し飛ばすなんてことは、あってはならない」
【あんたさ。自分が相当おかしなこと言ってるって自覚無いの?意思や正気に拘るなら、まず、あんた自身からだと思うが。大体、あんたは、もう家の者ではないのだろう? それに、母上に説明すらしていない。あんたが当たり前過ぎて息をするように当然と思っているそれは、流石に、想起しないと母上も読む機会が無いだろうに。母上のかの力。それの検証すらしていない。やれよ! 中途半端に貴族家振るならば、新たに家に入れる者の魔法や能力について、ガチガチに調べ上げるくらい、息をするくらい当然のことだろうが。顔見世なんて、言うまでもない! これでも、自らの意思で全て、だなんて言えるか? 恥知らずが!】
少年は必死に堪える。
指摘される矛盾。止むことのない煽り。だが、そんなものを決め手にする訳にはいかない。
最初に宣言した。
それすら破って、感情的に、衝動的にやってしまったならもう、共に死んでやるだけでも到底足りない。その不足分を補填する手段を自分は決して持ちえない。せいぜい、自分を代価にして、彼女を、自分と会う前のときにまで回帰させる。それ、位しか。そして、それが償ったことには決してならないのは、彼女が魔女の本能として自分を選んでしまった以上、自分が消えたらもう、彼女の相手は存在しない。空いたままだ。彼女の夢は決して叶わなくなり、決して、幸せになれない。それが決定付けられてしまう。
【笑えるよほんと。色々ごちゃごちゃ考えてるけど、あんたが何度、母上を詰ませたか。母上の死以外での母上自体のバッドエンドの確定。本当、腸が煮えくり返るよ。自分に惚れた女くらい、どうして幸せにしてやれないんだよ、あんたは! だから。僕はあんたが嫌いで、あんたの一族が、大嫌いだ! わざわざ、こんな男に靡く母上までもが、大っ嫌いなんだよ! 消えて、しまいたいよ……。でも、僕は……。最初の恩人を未だ一度も救えたことがない。せめてそれだけは果たそうと思っている。その為だったら、何だってする! あんたは、どうして! 救った母上を、容易く、捨ててしまおうと、思えてしまえるんだ……! ただ僕が絡んだだけで、急に!】
「平行線だ。それに、もうただの繰り返しになっている。もういいだろう?」
【いい訳あるか!】
「お前の中身に確証が持てた。お前はお前で覚悟があるのだと判断できた。それは血だ。血族としての特徴。ある種の呪いなのかもしれないが、呪いとは判別されることはないだろう。だが。お前も知っての通り。私たちの一族は、父親とその息子、という関係での仲の悪さは約束されたもの、といっていいレベルだ。恐ろしい程の再現性。分家にすらそれは再現されている、らしい。俺とお前はもう無理だろう。だから、お前が足掻け。というか。ハーレムを築くことになるなら、間違いなく、大変なのはお前だ。お前一人で、関係性の終わっている息子何人、いや何十人を相手せねばならないか。よく、考えて、手を打つことだ。できるのならな」
【妻の一人によって対策済みさ。僕はあんたとは違う】
「相手にするのが流石に馬鹿らしくなってきた。お前は殺さない」
【何を……!】
「お前は母親、青藍を生かす手段を用意しているのだろう。私が、この場で、お前を死刑に処す方法。それを実施した際の対策も済ませているのだから。潰された胎と共に死に掛けのお前は死んだ振り。繋がったパスによって青藍の力を使いながら転移逃げ。その際にパスは切れて、青藍は残る。パスの切断自体が引き金となって、あの少女の回復魔法。それによって、始まりの園の外であるここであろうが、元通り、という訳か。それと、お前自体がガメたあの紙片の一部。不発分や、仕込みを潰された分はそれで補填、という訳か」
【……。何で分かんだよ……。ただ冷静になっただけで……。】
「そう言うなら、お前だって、そうやって対策を考えられているではないか。何故不思議がる?」
【僕の場合は、ブレーンがいるんだよ。別で】
「それが、お前の第一婦人、という訳か」
【それ以上は聞くな。詰む】
「わかった。私としては、お前が本物である確証、お前の覚悟がお前自身のものである確証。そこまでで十分。多分、どの私もそう判断する、した、だろう。お前さ。自分が怪しまれない訳ないことは、幾度も繰り返して分かってんだろう? どうして対策しない?」
【ガチガチに対策したら、逆にあんたは一切信じようとしなくなるから、だよ……。こればかりは、僕のブレーンも頭を抱えてたよ。毎度毎度出たとこ勝負……。再試行に時間が掛からないことがせめてもの救いだよ……】
「それは……済まなかった……」
こうして話をして分かった。こいつは確かに私の血族であり、クソガキであり、死ぬほど嫌いで殺したいほど憎んでいる私と話ができている。
こいつも。そして、私も。
彼女から言われて。こいつからも言われて。確かに、意識した。それで、解けはしなかったももの、緩んだのだとしたのならば。それは、認識操作、認識阻害の類である。
血族に宿る、そんな罠。
こいつのこの場での目的は、そんな爆弾を解除すること、だったのかもしれない。




