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混在する記憶

そんな事を不意に思い出したのは、あんたのせいだ間違いなく。

俺は目の前に現れたものに、心の中で盛大に毒づいた。

あんたがこんな所で現れやがるから、俺は余計な事を思い出した。

出来れば思い出したくなかった事だ。

最強の武神にして冬の最高神、ギギウス・ブロッケンはあの時、そのすべてを地に堕としたのだ。

たった一回、敵の頂点を逃がしてしまったというだけで。

ほかの奴らは逃がすどころか、戦う事も相対する事も出来なかった相手を、見逃したと。

周りは皆々そろって俺を罵った。

神々にとってにっくき敵対勢力の力を、大きくそぎ落とすはずだったのだ。

もしくは彼らの揺るがない何かを、瓦解させようとしたのだろう。

だがそれも、最終決戦に単身挑んだ俺がヨーゼンに止めを刺せなかったからついえた野望だ。

その後の事は、思い出そうと思えば思い出せる。

ヨーゼンが行方知れずとなり、王の王をこっちに弑逆されたと怒り狂ったあいつらが、その憎悪の力を純化させたのだ。

純化された力ってのは、方向性を間違えるとすこぶる迷惑な物になる。

許さないとただ一点、それだけを強く思ったあいつらは、あらゆるものを呪いつくしたのだ。

大地は腐り空は濁り、まさにそれはあいつらを邪悪と称するにふさわしい結果となった。

だから。


「ユーリウスは話し合いで物事を解決しなきゃならなかった」


圧倒的な力でたたきつぶすにはいささか、あいつらが一致団結しすぎたのだ。

そしてあいつらの憎念を吸い込んだ魔物たちも。

空の城に一斉に攻めかかり、俺たち神々を殺し、地面に引きずり倒し、千年でも万年でも苦痛を与え、そして王の王、いとしきヨーゼンのいなくなった苦しみをぶつけようとしたのだ。

俺はふと、天のあまりにもまばゆい光に目を潰されかけながらも、血を吐きながらもこちらを殺しにかかってきたあいつらを、思い出した。

彼等の血は神にとって猛毒だった。

瘴気の核を生み出す、その強い凝った力。それの依り代であり物質化したもの。

瘴気を嫌う神々にとってそれは、間違いなく猛毒だったのだ。

だから、天の門をぶち破ってきた彼らと、話し合って和平を結ばなかったらいけなかったのだ。

勝ち目がなかったから。


「……」


俺は目の前の物を見てから、小さく問いかけた。


「何でそれなのに、あんたここにいるんだよ」


冬の象徴のように、氷の柱の中に眠る男を見て問いかける。


「あんたがいなくなってから、えらい大変だったんだが」


目の前には、蒼い髪と純白の肌の魔性が、目を閉ざしているのだった。





何でそんな所にいるのかって、焚火している間に、今度は狼に追い掛け回されたからだよ!

本気で死ぬかと思って木によじ登ったぜ、口にカンテラの持ち手咥えてな!

そして下でわんわんぎゃんぎゃん吼えられるし、がりがり木の幹に爪立てられるし、怖気みたいなもん感じたぜ久しぶりに!

魔物より怖い動物ってなんだよ!

ほんと、俺の怖い物の基準わけ分かんねえな!

という状態で、俺は木々の間を猿のごとく飛び回り、狼の追走を撒いて、ようやく一息ついたんだが。


「今度は巨大植物に捕まるってなんだよ!」


俺を捕食対象だと思ったらしい、食虫植物の巨大化したようなやつ……これなんで魔物じゃねえんだろう……のまちかまえていた場所にドボン。

何故ドボンしたかって?

その植物の周囲の木々には、粘液が付着してたわけだ。

それは油のように滑るもので、俺は手足を滑らせて頭から真っ逆さま。

食虫植物の葉っぱが進化した、溶解部分に落ちたんだが折り畳みナイフ片手に切り裂いて、窒息寸前になりつつ脱出。

そして色々ヘロヘロになりつつ、生き物の気配が極端に薄い方向に向かってしまったら、目の前に氷の柱があったわけだ。

いやもう……俺もう嫌、今日のうちに何回死に掛けなきゃいけないんだよ。

消化液が俺の肌をじわーっと溶かしているのか、ちょっと体中ぴりぴり痛いし。

でも消化を終わらせるまでに数週間かかるという、実にゆっくりとした消化速度の消化液であるから、即決で死ぬわけじゃねえし。

どっかで水場を見つけて洗い流せばいい、と思いつつ、俺は目の前の奴を見ていた。

氷の中の、魔性の王を見つめていた。


「あんたをそこから引きずり出してやりたいな」


俺はそんな願望を口に出していた。

俺は一体何を言ったんだ、と後からはっとしたんだが、よくよく考えてみればこいつが勝手に雲隠れした結果、俺は色々な目にあわされたともいえる。

天空の城の牢獄につながれた記憶が、ふっと思考回路をよぎったんだが。

その時の俺は、まるで俺じゃないみたいな手をしていたな。


「……ああ、くそっ」


記憶が混濁しすぎている。俺の記憶なのかそれとも、妄想なのか区別がつかないほどリアルなそれらが、強烈に吐き気を覚えさせる。

昼過ぎから何も口にしていないけれどな。

出てきたの胃液だけだけどな。

気持ち悪さは吐きだしてもすっきりしない。

という事は心因的な物なのだろう。

胃袋がおかしくなったわけではなく。

また記憶がちらついた。

ギギウス・ブロッケンの記憶だ。


「何度でも、お前の前に現れてやろう、それ位しかできやしないからな、俺のヨーゼン・カイ」


俺……が虫の息で、ヨーゼン公にそう言って、その頬に自分の血でまみれた手を押し当てる。


「それ位は約束してやる、千年でも万年でも待っていろ、俺は必ずあんたのもとに現れる、どんな姿をしていても、必ずお前のもとに」


俺のもっとも素晴らしき好敵手よ。


そんな事を呟く俺の手を両手で抱きしめて、青色の王の王は涙をぼろぼろとこぼして言う。


【――――――】


何て言ったのか、そこは濁音交じりで何も聞こえてこなかったのだけれども。

俺はそれを聞いて笑ったのだ……

何だこの記憶は。

何なんだこの記憶は。

どう頑張っても俺の物じゃないはずの記憶だ。

だって俺は神だった。

ヨーゼンとこういう風に会話をする立場じゃなかった。

第一、あいつが突如消えてから俺は牢獄につながれて、ユーリウスが俺の御役目ごめんを告げるまで、そこで空すら見下ろす事が出来なかったはずだ。

なのにどうして、俺は明らかにあの時よりも時間の過ぎた世界でヨーゼン相手に、死にかけても約束を残すのだ。


「俺は一体何なんだ」


襲ってくるこの強烈な不安感は、アイデンティティの揺らぎの結果だ。

俺が俺の知っている俺ではない事に対する、吐き気を伴い胃袋の底、内臓を凍えさせるほどの不安なのだ。


「俺は一体何をした」


そうだ、考えてみればおかしい事は幾つもあったのだ。

俺の後に現れない武神。

冬の力の具現者が現れなかったという大陸たち。

そのくせ瘴気の影響は明らかに、進行が遅かった。

そして、俺の覚えていない六百年以上の歴史。

ギギウス・ブロッケンであれば欠片なりとも思い出せるだろう事。

久保田燐として転生するまでの間の、タイムラグのような物。

これが意味するのは何なのだ。

俺は何を思い出していないのだ。

それとも俺は、何を思い出せていないのだ。

……記憶を封じられているのだ。

がりがりという心の中の音が聞こえてくる。がちゃがちゃという音がまた頭の中に響くのは、俺の中にまるで鍵穴のない錠前があるかのようだった。

つばを飲み込み俺は、目の前の氷の中の奴を見る。

少なくとも、こいつは俺の空白の期間を知っている、かもしれない。


「知らなきゃならない」


口に出した事ははっきりとしており、俺は知らなければならないと感じる。

知らなければいけない。

どうしてか、と問われれば俺は答えを持ち合わせていないけれども。


「何かを始めるために、もしくは終わらせるために、知らなければならない」


ただの好奇心ではないと言い聞かせ、俺は氷の中を見やる。

まずはこれの全体像を見て、結界装置みたいなものがないか確認しなきゃならない。

こういう封印らしきものには、何かしらの装置があるはずなのだ。

頭の悪い物だと封印の剣とか。

高度になると周囲に点在する結界札とか。

恒久的な物にするんだったら、間違いなく朽ち果てない物……石組とかに術式を刻んで布陣とする。

……なんで俺は魔術のあれそれを知らないのに、こんな事が分かる。

頭に浮かんだいくつかの知識が、俺にまた強烈な違和感をもたらしてくる。

俺の知識じゃない。

俺の前世ギギウス・ブロッケンの知識でもない。

俺の知る何者の知識でもないのに、俺の頭に浮かぶのは誰がため込んだ知識だ。

……これの出所を探るためにも、こいつを叩き起こすべきだと第六感が告げて来ていた。

見回す周囲。結界装置らしきものは何もない。

となると……そのへんに妙な石ころとかは。

色の違う物とかは。

明らかにこの森とは“違う”物はどこにあるだろう?

それらを探す予定で周囲を見回すんだが、それらしきものはない。

物がないのに半永久的に術が発動し続けるのは、どういう時なんだ。

俺はぐるぐると氷の周りを見ていく。

ぐるりぐるり、三回回って俺はぼそり、と呟いた。


「三回回ってワンと言え……ってな」


ん?

俺はその言葉に妙な引っ掛かりを覚えて、氷を見やった。

氷に血染めの術式が、浮かび上がっていたのだ。

氷の下の部分にびっちりと書かれた、赤茶けた術式だ。さっきまでそれらはなかった事を考えれば、もしかして。


「三回回ったら出てきたっていうのか?」


俺は口をぽかんと開けたわけだが、術式にはヒントがあるに違いない。

近付いてそれらを読もうとして、背中の毛が粟立った。

だって。


「これを作った奴はなんていう執念なんだ……?」


氷に絵が描かれた術式はかすれかけたり、血を新たに指に浮かべさせるか何かしたらしい補填がされていたりしたのだ。

間違いなくこれは、術者自身の血で描かれた術式だ。

これだけの血を流して、術者がタダで済むとは思えないほどの執念を感じさせるそれ。

俺は唾を飲み込みもう一度じっくりと、その術式を読んでいく。

頭が割れそうなほどの情報量だ。


「ふういんをとくのは、こらいより、つたわるずほう……? 古来からつたわる咒法ってなんだよ。地球だったら接吻とか言い出しかねない世界だが……」


何とか読み下して分かった事を口に出してみるも、手掛かりなんてまるでない気がする。

しかし。


「思いつく手段は皆やってみるしかないのか」


そうしなかったらあきらめがつかないのだから。

俺は意を決して、思い切り背を伸ばした。

大体このあたりが唇か? くそ、ちびの背丈のせいで届くのが精いっぱいだ。

出来る限り背を伸ばして、爪先立って、氷に手をかけて俺は氷の中の男の唇の位置に、自分のそれを当ててみた。



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