俺とギギウス
……いよう、と俺は相手に声をかけてみた。
相手も俺を見返して、何も見えないしうかがわせない表情で、片手を上げた。
真っ白な色彩の、肌も髪も目も何もかもが、真っ白な存在が、俺の向かいに立っている。
手に持っているのは、あれは神聖だと神々の中でも特別視されがちな、長剣だ。
それがとても皮肉だよな、と思いながらも俺は、片手を上げた後に、手をおろす。
そうすると、今まで真っ暗で闇の中だった世界が、いきなり変貌する。
変貌して姿を現した世界は、そう。
冬の大陸の世界だ。そして俺はいつの間にか、体を動かしている。
手の中には、いつの間にか折り畳みナイフの相棒が握られている。
それが、白い存在の長剣とぶつかり合って、拮抗していた。
「……こんなものをおれにみせて、なにがしたいんだ」
俺は相手に問いかけた。
白い存在は何も言わないで、その真っ白な睫毛を伏せて、開く。
強烈な力を思わせる白い両眼が、俺をまっすぐに見つめてくる。
がちん、と刃物と刃物がぶつかって離れる音が響いた。
俺が剣をはじき返したのだ。
「……はっ」
折り畳みナイフに負ける長剣って、何?
唇に浮かんだ嘲弄の笑み。
俺は相手に向き直る。純白の神、そう、ギギウス・ブロッケンが相対しているのだ。
「……俺という、日本人として育った人格、邪魔だよなあ」
皮肉に笑う声が、俺の声じゃないみたいなのに、俺ははっきりとそれを口にしているし、本心から思っている。
「平和主義で、戦う事よりも安全な方が好きで、殺し合いはあんまり好きじゃなくて、強くなるのは好きでも、それを表に出す事も嫌いで、さらには心をあるがままに語るのもできないときた。……あんたがそれを、心から嫌がるの、分かるんだよ」
だって俺たちは同じものだから、と笑えば、ギギウス・ブロッケンが剣を正眼に構える。
来るな、と直感的に思った。
それも強烈な一撃が来るな、とわかってしまっていた。
次に、襲い掛かってきたのはやっぱり、俺の肉眼という物ではとらえきれない速度の、剣の一撃。
俺はそれを目で認識する事もできないで、反射で折り畳みナイフを動かす。
指から手首に、手首から腕に、腕から肩にとすさまじい衝撃が襲ってくる。
これが、ギギウス・ブロッケンの本気なんて言うんじゃねえよな。
ギギウス・ブロッケンはもっともっと強いんだ。
「俺、殺したいんだろう、ギギウス・ブロッケン」
俺は俺の前世に呼び掛けた。
真っ白な目が肯定の色で瞬いた。雪が白く反射する、あの煌きが目の中に宿っている。
きれいだなあ、と思うのは自画自賛だ。
今の俺は真っ黒だから。
「この世界で、俺の性格はあんたよりも異端児だ。平和すぎて、甘っちょろすぎる自覚はあるんだ、これでも」
二撃目がぶつかる。俺は折り畳みナイフを握り続けるだけで精いっぱいだ。
「でもさ」
相手の目を見返す俺の目の中に、どうか迷いがありませんように。
「俺は、完璧なあんたその物じゃないから。あんたを再現するのは出来ないんだ」
「おれであるのにか」
相手から答えが返ってくる。本当に、冬の吹きすさぶ吹雪の声だった。
まじで周りの評価、正しかったのかよ。
「おれであるのに、たたかいをもとめないのか。こころのしんじつをくちにださないのか」
心底あきれ果てたような声で、いうギギウス・ブロッケン。
「ならば。……ぶつかりあうまでだ。どちらかがはてるまで」
これは譲らないだろうなあ、と俺は俺だったからこそわかる事を思った。
ギギウス・ブロッケンはこうと決めたら、てこでも曲げない神経をしていた部分があったから。
俺は息を吐きだす。
敗北するのはたぶん、俺なんだろうなとどこかで感じながら、でも負けないと心を奮い立たせて。
「ああ、そうだな、ギギウス・ブロッケン。どちらかが果てるまで、俺たちはぶつかり合うんだろうよ」
今と昔が交錯するのだろう。
魂の今と昔が。
ぶつかり合う力が強くなる。俺の筋力では、ギギウス・ブロッケンが持っている理解しがたい力の強さにはかないっこない。
それでも、俺は。
「……怒られそうなんだよな」
それを心の片隅に思い、力を腕に込めた。
長剣と折り畳みナイフが何度もぶつかり合い、俺は転がる。相手は俺を何度も仕留めようとして、そのたびに意外と身が軽いから起き上がって回避する俺に、苦戦している。
真っ暗な世界だから、俺は土埃でも汚れない。
ただ、なんとなく出血してんな、と思ったら本当に出血している。
唇が切れた。それをべろりと舐めて、睨み付ける。
「変な話だな、ギギウス・ブロッケンともあろう神が」
俺は相手に声をかける。
「俺程度の小娘を、殺す事もできやしないでいるなんて。舐めてんのか、ギギウス・ブロッケンその程度の奴じゃねえぞ」
そこで嘲笑して見せる。
俺は馬鹿にされるの、昔から好きじゃないから。
「それとも、弱くなったか、かのギギウス・ブロッケンも」
相手の体から、怒気が膨れ始めた。
とたん。
ぐい、と相手が一気に近付いてきて、俺はどこかに体を打ち付けていた。
「っあ……!」
「おれであるというくせに、おまえはくちばかりまわる。くちだけだ」
「人間と神様の技能比べてんじゃねえよ、空っぽ頭」
「たしかにおれはからっぽあたまだ。だがおまえもそうだ」
俺を踏みつけ、ギギウス・ブロッケンがその白い冬の雪の瞳で俺を見下ろしている。
剣は俺の喉のあたりをふらふらと切っ先が、揺れていた。
「……ほんとうに、おもいだせないのか」
残念がる声の中に、何やら含むものを感じて、俺は怪訝な顔になった。
「は?」
「おまえはおもいだせないのか。ほんとうに、しんそこ、あきれるあいぼうだ」
「俺がギギウス・ブロッケンだろうが」
「さあな。しらないな、そんなものは。おまえがじぶんでおもいださなかったら、なににもならない」
膝をつくギギウス・ブロッケン。その顔がひどく男臭いといまさら気付く。
ああ、俺の前世ってすごい綺麗なんだな。
いまさら自慢したくなる。俺は美形だったんだっていう自虐ネタで。
「おまえがおもいださなければ、おれはうごけない。おれがうごかなければ、しんのいみではせかいはうごかせない」
「俺が謎かけしてるぜ……なんということだ」
俺は単純馬鹿だったんじゃなかったのか。
頭を抱えれば。
俺に膝をつき、触れ合わんばかりにのぞき込むギギウス・ブロッケンが真顔で言う。
「おもいだせ、あいぼう。おれとおまえをおもいだせ。おまえはしんそこばかだが、だいじなここいちばんではどうにかする」
言ったギギウス・ブロッケン、俺であるはずの相手が、顔を遠ざけた。
ぱた、と何か液体が落ちた気がして、俺は目を開けた。
「リンっ……!!」
目を開けた途端に、師匠とがちで視線がぶつかって、ぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまった。
……えーと、何が起きたのだか、どなたかご説明いただけないでしょうか?




