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過去の邂逅

暗夜。星すら出ていないそれはまごう事なく、暗夜だった。

雲に隠れている、のではなく。

星が一つも見当たらない。

月すら見当たらない、そんな漆黒の夜。

俺は、空を見上げていた。

周囲に転がる、何かだった物たちの体液を浴びて、頬に返り血をまとい、ぼうと空を見上げていた。

胸に染み渡るような、そんな罪悪感がこぼれていく。

そう、罪悪感。

いつの間に俺は、この行為に対しての罪悪感を覚えるようになったのか。

生きる事は常に何かしらの命を奪う事、だというのに。

俺はどうして今ここで、それを忌避するように嫌悪しているのか。

体から力が抜けるように、むなしさを感じているのか。

当時はわからなかった、この胸の奥をからりと空けてしまう空虚さは、人間が空しさと呼ぶものだった。

どうして俺は、そんな物を感じてしまっているのだろう。

戦う事は楽しかった。

命のやり取りは心が躍った。

新しい戦士たちに、惜しみない賛辞を送りたかった。

だというのに俺は、この暗闇の中絶望して、立っている。

神々の中でも、最も戦いの中に存在している、武神が、戦いの終わりに絶望しているなんてなんていう、矛盾なのだろうか、とどこかで思う。

着ていた装束はぐちゃぐちゃで、真っ白に仕立てられていたからそれらは赤だの赤の渇いた茶色だの、黒だのに染まりあがっている。

まるで炎の残滓のようなそれら見下ろしてから、俺はもう一遍空を見上げる。

ああ、


まっくらだ。


「ここまでの事を行うのか、ギギウス・ブロッケン」


そんな事を思っていれば、背後から声が響く。誰の物なのかはすぐに分かる。体は臨戦態勢を取り、いつでもこの力を爆発させられるように身構える。

眇める両目で、俺は踵を浮かせた。


「あんたが何の要件だ」


瘴気王ヨーゼン・カイ。

俺の声のない言葉を聞き、そいつが笑う。


「いいや、我らが眷属を皆殺しにし、そして全て浄化する希代の武神にお目にかかりたいと思ってな」


のろり、とそちらに首を向ければ、青い髪をした紫の瞳の、美丈夫が立っている。

俺らとは形式の違いが良く分かる、そんな装束を身にまとい、あちら側の長はそこに立っていた。


「見れば見るほど、白い神だ。何物にも染まらない事だろう」


「はあ」


何が言いたい。俺は手元の大斧を握り締めた。ここでこいつを打ち取れば、何かしらの役に立つのだろうか。

それとも、ここで打ち取る事は出来ないだろうか。

あちら側で最も瘴気を制御する、最王。

ただのギギウス・ブロッケンでは討ち果たせないか。

ここで冬の力を呼び出すのは、無茶だ。踊っている間のヨーゼン公に攻撃されたらと思えば。

単純に力比べでどうにかする方が、よほど建設的だ。

踊っている間の俺はとても無防備だから。


「お前」


ヨーゼン公が言う。たぶん、美しい声という物なのだろう。

だが俺には、その美醜の判断がつかない。

判断基準がないせいで。わからない。醜い声って何なのか。聞き苦しい声って何なのか。

どの音もそれぞれの旋律の様で、俺はどれも美しいと思うから、分からない。

でもこれは、きっと美しい声なのだ。

というのも、神々の中でも音楽を統べている奴が、吐き捨てるように悔しそうに、ヨーゼン公の声はすばらしい、と言ったのを聞いた事があるから。


「私と共に、こちらがわにこないか?」


伸ばされた美しい腕。誘う声は甘い。何が言いたいのだと思っていれば、瘴気王は言う。


「あちら側は生きにくかろう。その絶対浄化は、あちら側でも異端の力だ」


ならばいっそ、完全に方向の違うこちら側にいた方が、気分がよくないか?

たぶらかす調子に、俺は苦笑いを漏らした。


「いやだね。俺は結構、あっちが気に入ってんだよ」


言って俺は、ヨーゼン公に背を向けて足を踏み出して。

ぴちゃぴちゃと血だまりを踏みつけて、死体を踏みつけて、歩こうとして。

死体を踏みつける行為が、何処か冒涜のような気がして、俺はいっそここで死体を送り出そうと思った。


「おい、ヨーゼン公。さっさとどっかに行きな」


忠告の響きは、ずいぶんと疲れ切った音を宿しているように思える。

俺はこの時、疲れていたのだろうか。

ちらりと首だけでそちらを見て、俺は美しい蒼神に。そう警告した。


「なぜ?」


毒神は自身の持つ瘴気と同じだけの、危ない何かを感じさせる目を瞬かせて、首を傾けた。

さらり、と髪が揺れる。月明かりに、男よりの姿だというのに伸ばされた髪が、揺れたんだ。

青い青い頭髪が、真っ暗の世界でも目を奪われる色をしている。

そしてそこから覗く秀でた額には、閉じられた亀裂がある。

おそらくあちら側の奴らがもっているという、第三の目が閉じているのだろう。

神々の持たない物の一つだ……

そんな事を思い出しながら、俺は屍を手ぶりで示した。


「こいつらを、世界に還す。冬の絶対浄化を踊る。だからあんたも、ここにいればただでは済まされない。……だからどっかいけ」


「いいや、あちら側の中でも一柱しかいない、冬乞いを踊れる神が、今ここで踊るのだろう? 見ないわけにはいかない」


ばかだな、と思うのは気のせいじゃないだろう。

当たり前に、俺の踊りを観るのだと言った瘴気王の頭の中身を、俺は意外に思って眉を動かした。

それで浄化されてしまえば、このヨーゼンはその程度だったという事だけだ、さあ踊れ。

続けてそんな事を言ったヨーゼン公をしり目に、俺は鼻を鳴らして腕を伸ばした。

ただ踊るのではなく、戦いそして死んだ奴らへの贐として。

俺は祈るように、冬を呼んだ。

応えてくれた冬は、彼らを塵一つ残さないで、世界に還してくれた。

ただしその場は真っ暗から、雪の吹きすさぶ真っ白に変わり、俺の息は純白に染まった。

その後の、ヨーゼン公の事は覚えていない。

どうしたか、なんて全然覚えていない。




「……あー」


久しぶりに、そんな夢を視た。懐かしいとも何とも言い難い夢だ。

起き上がればぶーちゃんの肌を感じる。ちょっと剛毛のピンクの肌色。

そして暖かく柔らかい体温。

心がほっとするな。ふうと吐きだした息は白くは染まらない。

夢との違いに、ちょっと安心した部分がある。

俺の見る夢はあの当時の記憶だから、俺が今どこの誰なのかわからなくなってしまうからだ。

まして日本じゃない、もともといた世界の空気や調度品の中だと、少し分からなくなるんだ。


「よく寝た……」


そして腹が減った。立ち上がってすぐに、時計で時間を確認する。色合いと輝きから判断して、今は明け方だ。

明け方に起きる習慣はいまだ変わらないのだ。俺は。

だから台所で水を飲み、冷却箱をあさってみる。

カレー用の肉だの、なんだのはある。

でも即興で食べられそうな物が、ほとんどない冷却箱だ。

親方はどこで何を食べているんだ。夕べは帰ってこなかったみたいだから、城の方で部下たちと食べているのか。日持ちしない食材を、食べきった後なのだろうか。

それとも外食なのか。外食なら朝市でうまい物があるんだろう。

でも金がないと食べられないから、多少は食料の備蓄が必要ではなかろうか。

そんな事を内心で思いつつ、俺はさらに食材をあさって行き、米の粉を発見した。

卵。それからなけなしの燻製肉。

ツベ乳の瓶。そこで俺の朝ごはんは決定したと言っていい。

俺はさっそく米の粉を水で溶いて、温めたフライパンに薄く流しいれる。

それを何枚も作って、卵を焼いて燻製肉も焼く。

あっという間に、米粉で作ったクレープが出来上がる。

米粉クレープに卵や燻製肉、そして千切っただけの葉物野菜を巻いて、ラップサンド風の物を作って食べる。

本当は米が食いたいのだが、店の商品かもしれないから手は付けない。

カレー屋さんはまだやっているわけだしな。

軽く二人前は食べてから、俺は立ち上がった。

店の事で何か手伝えないだろうか。それとも帰った方がいいだろうか。

俺がいない事が知られたら、大問題かもしれないものな。

でも俺だって言いたい事はある。こっちの事を聞くたびに、明らかに嘘っぱちだと分かる嘘を言って、俺を納得させようとするからいけないのだ。

聞いてないぞ、親方が城の方で料理しているなんて。

そう言う事こそ言うべきだと思うんだよな。

いかん、少しむかついてきた。

俺はそれらを鎮めるために、いまだ熟睡しているぶーちゃんに食べさせるご飯を探し始めた。

そして少し考えた。


「なんで屑穀物の袋がここに……」


そう、店の奥の居住空間に、家畜用の飼料が置かれていたのだ。

でーん、と。

これは一体何なのか。

口を開けば、日本でも見た事のあるような屑穀物とかが入っている。

ぶーちゃんにこれを食べさせているのだろうか。

ぶーちゃん、生ごみ食べたいんじゃないのだろうか。

どうなんだろう、と思っていれば、がたがたごとごとと音がして、ひょこりとぶーちゃんが顔を出す。


<おはよう、親分>


「おはよう、ぶーちゃんご飯何食べてるの?


<お店がやってないときはそれ>


鼻でつつかれた飼料袋。ぶーちゃんは特に気にしていないらしい。


<お店ののこったのの方がおいしいけど、でないときはしょうがないの。ほかのもの食べたかったら、森にいくもの>


「そーなの」


<さいきんは葉っぱがはえたてだからおいしいよ>


ぶーちゃん適応してんだな……と俺は感心しつつ、その頭を撫でた。

撫でてから聞いてみる。


「今日はお店お休みの日なの?」


<うん。親方は七日に二回、つづけてお城にいくんだよ。だから今日はおみせないの。帰ってこない日はおみせ、やんないの>


何ともわかりやすい言葉の後に、ぶーちゃんが俺の袖を引っ張る。


<親分、それそこのまるいのいっぱいいれて>


言われた俺はその、明らかに飼料用にしか見えないバケツに、しっかりとぶーちゃんのご飯を入れた。

太らせて食うわけじゃないだろうな。

この世界じゃ猪すらめったに食べないから、その変種たるぶーちゃんを食べようなんて思わなさそうだけど……

それにぶーちゃんの鋭い牙は、普通に突き刺さったら人間、出血多量で死ぬからな。

何かされたら抵抗位、ぶーちゃんは余裕だろうけど。

ちょっぴり不安に、なってしまった俺だった。


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