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決断できないのは常識のためである。

「で、返事をどうするんだ」


ついに来たというべきか。俺は親方の言葉に苦笑いをする。

返事。

国王の侍従にならないかという誘いの返事、である。

期限はついに本日である。

経った今日付が変わったので、本日に変更した。

一秒前までは明日だ明日だと思っていたが、うん、時計って複雑だ。

それはさておき、親方が言うのももっともだ。

俺は見た目だけなら……餓鬼。

中身はそこら辺の若い奴と変わらない。

でもこの世界では非常識の範疇に入るやつである。

そして、このカレー屋の大事なメンツである。と思いたい俺は。

俺は仮眠の後にひたすら仕込みのための、スパイスの調合を行いながら言う。


「そうですね、どうしましょうね」


「お前が決める事だろう」


「私にはこのお店がありますし……正直に言って国王とかの侍従になるなんて恐れ多くて仕方がありません」


「お前そう言う感覚は常識的だったのか」


親方の微妙そうな顔。それももっともかもしれない。

親方の間では、いろいろ変な事をやってきた自覚が、ある。

例えば包丁を投げるとか。

砥石の扱いに憤り怒鳴りだすとか。

看板を作ると言って、そこら辺の板切れを塗り始めたり。

カレーの匂いを漂わせて客引きをするだの。

余罪……ってのか? そう言うのは一杯あるわけだ。


「私はそこまで非常識じゃありませんよ」


「……どの口がそう言うんだ」


親方の呆れた声に、俺は聞こえないふりをした。

俺は聞こえていない。たぶん。

そう言う振りをした後で、俺は考えつつ口を開く。


「だから困っているんです。王様の命令を、嫌だなんて言えないでしょう?」


「だったら返事は決まっているんだろうに」


「それでこのお店をほっぽりだしていいわけが、ないじゃないですか! 私が始めたようなものですよ? まだまだやりたいメニューがあるのに」


「あるのかい。お前の引き出しはどうなっているんだ」


「故郷が平和すぎて食文化が異様に発達したんです!」


「何年平和なんだ」


「大体六十年以上」


「ながっ?! どこの辺境だ、聞いた事がなさすぎる」


俺の発言に度肝を抜いた親方が、うんうんうなった後に、俺を見やりながら、カレーのベースである玉ねぎを炒める。

炒めた玉ねぎのストックがあれば、あとは調合済みスパイスとかを投入して煮込めばよくなる。

開店中のちょっとした時短テクニックだ。

この世界にも冷蔵庫的な物が発達してるから、しまう場所には困らない。

この前、予想以上に収入が増えたから、俺と親方は奮発して大型の魔法道具であるそれを買ったのだ。

そして俺がこっそり魔法式をいじって、氷の力を低燃費かつ最大に変えて置いた。

氷の力は冬の力、俺はそこそこそれらの都合が分かるのだ。


「まあ、お前がしたいようにすればいいだろう。確かにこの店は俺とおまえが始めた店だ。

でもな。お前はまだまだ先が長い。もしかしたら国王陛下の下にいた方が、俺の脇にいるよりもいい事も多いかもしれない」


「私はそうは思いませんけど」


確かに国王は結構気に入った。あの傲慢なところが良いと思う。

でもだ。

親方と始めたこのお店を、放り出せるかと言えばそこは、別の次元だ。

永遠なんてものはない。

だから人間は永遠に近くなりたい。

そう言う性質を持っていて、俺もそれを持っている。

だから手に入れたこの、お店での生活を捨ててまで、あちら側に行きたいとは言えないのだ。

稼ぎは……どうなんだろう。

そして大問題として、あの国王は俺が死ぬ前に死ぬ。

寿命的に。運命的にはわからないが。

だから、あの人が死んだあとの俺の行く末を考えると、すぐに諾と答えられない世界なのだ。

あの人の跡継ぎが、俺を同じように扱うとは思われないのだから。


「……リン」


親方が何か言いかけた後に、玉ねぎをかき回した。


「お前がやりたいようにしろ。お前がいなくなるのは痛いが。それでもお前が選んだ道を行け」


親方がぼそりと言った言葉に、俺は返事をしなかった。

地球で育ててくれた両親の言葉が、頭をよぎったから。


『リンのやりたいようにしてみなさい。失敗をしても、それもリンの大事な物になるから』


親方の言葉と、両親の言葉がよく似ている、そんな気がして。

出かけた涙を、鼻をすすってやり過ごした。

ああ。

国王陛下になんて返事をしよう。

それとも気まぐれで、俺なんてやっぱりいらないというだろうか。

分からなかった。




しかし時間とは無情な物であり俺は、仕込みの後に仮眠をとったら、予定よりも大幅に起床時間を過ぎていた。

仮眠の前に、返事のために悩み過ぎていたからだろう。

仮眠の時は仮眠の事だけを考えなければ、と考えさせられたわけだ。

時刻は学校に行くとしたら、遅刻寸前の危うい時間である。

俺は叫び声を上げつつ、大急ぎで片手におにぎりを持ったまま、大通りを疾走した。

子供の遅刻はよくあるもので、大概大目に見てもらえるのは、俺の子供過ぎる顔の所為である。

俺は指をなめた後、教室の扉が開いているのを幸いと飛び込んだ。


「リン、遅かったじゃない、どうしたの?」


シャリーアがのんきにそんな事を言った。

そして先生が現れて、なぜか青ざめながら俺を手招きした。

なんじゃらほい。

そう思いつつ近寄れば、首根っこをがっちりと掴まれて、引っ張られた。

引っ張られ引っ張られ……目前には王様の使いそうなきらきらとした馬車がある。


「お前なあ……陛下今日を指定したのに、のんびり学校に通うなんて……」


数拍後。耳をふさいだ俺は間に合った。


「何考えてんじゃあああああこの馬鹿たれええええええ!!!」


先生が今まで一回も叫んだ事のない、音量だったに違いない。

声が割れていた。これは慣れていない音量だ。

しかし至近距離にいた俺には、結構なダメージである。

耳がじんじんとしている……と思いつつ、俺は先生に訊いてみた。


「学校の後に行くんじゃダメなんですか」


「駄目に決まってんだろうが! 陛下はお忙しいんだ。約束をしていても前の人間のなんだかんだだので、ただでさえ時間が予定外になるというのに! 普通は陛下とお約束なんてしていたら、その日一日は王宮の専用の部屋で、順番を待つものなんだ!」


「知りませんでした」


やっちまった……と思いつつも、俺はそう言う事を聞かされていない。

俺の判断ミスだなこれは。

そう思いつつ、俺は鉄拳制裁と言わんばかりにチョップを食らわせようとした先生を躱し、護衛の人たちに見られながら、馬車に乗った。

何だこの、逃げられないように見張られている、という感じは。

国外脱出なんてしないんだけどな。


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