彼女の勘違い
「リン!」
俺はその翌日も、普通に学校に行った。
学校は休校にならなかったからだ。
魔物の襲来ですら、この学校を休ませる事は出来なかったらしい。
もっとも、魔物の襲来は一瞬のような、物だったからかもしれないが。
俺は学校の机の上に、いつも通りに黒板を置いて、手持ちの白墨を確認した。
よし、ちゃんと今日の分の白墨はある、問題ない。
そんな事を思っていた時に、シャリーアが入り口から走り寄ってきたのだ。
何だろう。
俺は一瞬考えた後に、どう考えてもあの魔物のなんとかかんとかが、関わっていると悟った。
普通そうじゃね?
だって、俺みたいな見た目が餓鬼の、平凡そうなやつが一人で、魔物から友達を助けた事になるわけだから。
どう考えても、どうやって? と思われるに違いない。
何と答えるべきか?
俺が悩みそうになっていると、シャリーアが俺の手を握って、言った。
「ありがとう!」
「へ?」
いきなりお礼?
俺が予想外の事に目を白黒させていると、シャリーアが泣きださんばかりの表情になった後に続けた。
「リンがあの時、わたしたちを逃がしてくれなかったら……魔物たちに殺されていたわ、ありがとう」
「うぇ、あ、うん。大丈夫」
「本当に……お父さんたちが言っていたの、あんな濃い、魔物の数だけ濃厚な瘴気の中で、意識を保ったままいられる人はそうそういないって」
「あー。偶然そう言う体質だったんじゃ」
「ねえ、リン」
リン、と呼びかけて、シャリーアはまっすぐに俺を見て問いかけてきた。
「リンは、勇者なの?」
「はい?」
勇者。俺はその言葉を聞いて、うっかりゲームの中の、選ばれちゃった系の人たちを思い出した。
俺は友達の家のゲームを見るのが好きだった。
実際にやるのも楽しかったけれど、やりながら会話をちゃんと読んだり、調べ物をしたりなんて言うのが、難しかったからだ。
そのため、ゲームのコントロールの争奪戦からはいつも離脱していた。
他人事だと思って! なんていうのは、友達の笑い声だ。
それはさておき。
「なんで勇者?」
「お父さんたちが言ってたの。瘴気の中でも生きられる人間は、選ばれた勇者なんだって。リンは勇者の卵なんでしょう?」
「いや違いますから」
俺は首を大きく振った。そして全力で否定した。
俺は神様の生まれ変わりだ。それは事実だったが、勇者ではない。
誰に何と言われようとも、勇者なんてものではない。
どこぞのゲームのように、魔王を倒す職業じゃねえ。
そんな、国の命運を左右する物になった覚えはないのだ。
「違うの? でも、リンは特別じゃないの?」
「どうしてそう思うの?」
「リン、ちょっとこの辺じゃ見ない髪の色をしているから。真っ黒な髪の毛って、このあたりじゃいないのよ。冬の大陸の方にはいるって聞いているけど……」
言いつつ、シャリーアが俺の髪の毛に手を伸ばす。
「星屑みたいに、きらきら光る黒髪なんて、普通いないもの。わたし、黒い髪の人がお父さんの商売仲間にいたけど。その人こんなきらきら光らなかった」
自分の髪の色なんて、気にした事もなかった俺は、なんも言えなかった。
鏡で見ている時は、人工の光の事が多かったし、それか薄暗い場所でしか見なかった俺。
髪の色が光っているなんて、考えた事もなかったぞ。
「それに、目だって」
「眼玉が?」
「うん。カラスの羽根よりも黒いわ。なのに、赤く光るの」
そんな目の色、わたしのお父さんの商売の知り合いでも、一人もいないわ、というシャリーア。
そこから察するに、シャリーアの親は相当様々な人間と交流していると見た。
それか、シャリーアの世界が狭いか。
俺は言い訳を探し、そして仕方なく言った。
「そんな事言われたって、私は勇者とかいう因果な物じゃないですよ」
シャリーアがさらに何か言いかけた時、教師ががらりと扉を開けて入ってきた。
「授業だ、そこ、座れ。おー、リン。復帰したか。授業は進んだぞ、後で先生の所に来なさい」
俺は返事をし、シャリーアも席に座った。
授業はくしくも、魔物と人間の戦いの歴史だった。
皆こういう物には、興味があるらしく、いつも居眠りをしてしまうやつですら、必死に起きていた。
俺はそんな中、内心苦笑いだ。
だって歴史が間違い過ぎている。
魔物の生まれからして間違いだ。
魔物はやつら……俺たち通称神々と敵対していた、別の派閥の神々が、俺たちや英雄という聖別された奴らと戦うために、生み出したもの。
瘴気から現れるっていう説明は間違いだと思うんだが。
でも確かに、魔物は瘴気に引き寄せられたりするし、瘴気が多い場所に繁殖するのも事実なんだが。
瘴気を浄化すれば消えるしなぁ。勘違いが起きてもおかしくない。
まあ俺も、魔物のあれこれには詳しくないからな……
戦いにそんなものいらなかったせいだ、絶対に。
もしくは当時の俺の、いらない物には興味がない精神の結果か。
どちらでも有得そうだ。
それと、先生、その歴史の裏事情違うから。
奴らとの戦いのきっかけは、一つの国をめぐっての事じゃないから。
どこまでも意見が合わなかった結果、争いに発展したんだよ。
えーと大体、数千年前に。
そこまで昔じゃ、歴史が正しく記されていないかもしれないけど。
そんな風に心のうちで思いつつ、授業は終わった。
お呼び出しの結果は、大体予想がつくのだけれど補修。
しかし休んだ間に進んだのは、算数系の物で、俺は地球でのあれそれをフルに発揮し、一時間の補修で終わらせた。
「しかし、リンは算数系は強いな。どこかで習っていたんじゃないか?」
「故郷がそういう物を教える場所でしたから」
「なのに常識はないんだな、それともお前があまり頓着しなかったのか?」
先生の冗談めかした声に、俺はあいまいに笑って誤魔化した。




