踊りと記憶
ワンステップから始まる冬の愛。
俺はそれを踊るだけ。
冬の中で生まれた俺。実は誕生日もその年の冬至だったという、冬とゆかりの深い俺。
冬の頂点、ギギウスだったころと何か、関係があるかもしれないとは後から思う。
そんな思いは途中から切り離した。
今は冬を乞うだけだ。
なあ、俺の始まり。
俺はここにいるんだよ、力を貸してくんないか。
それとも、これじゃあまだ足りない?
もっと、冬の武神にふさわしい事をしなきゃダメ?
そんな問いかけを、答えてくれないだろう大陸に訴えかける。
そんな中で俺は、幻視のようなものを見ていた。
荒涼とした雪山。岩と氷と雪しかない。
そんな、冬の大陸のよくある山の中で、俺は踊っていた。
足先は冷たい。というか凍えそうで、事実俺の足は血がにじんでいる。
視界の中でひらひらと揺れているのは、俺の白い髪。
ああ、これは俺の昔の記憶なんだなと、納得した。
そう言えば俺は、こういう場所で踊った事があった。
ひま、だったんだよな。
ひまなのと、なんだか体が動き出したので、俺は踊った。
きっとそれが、冬の武神の、踊りの始まりだといまさら思う。
あの時の踊りとはまた、俺の踊りは違っているかもしれない。
それでも踊る。
俺が生きやすいために。
耳の中に、あの青年の声が聞こえている。冬乞いの歌は、確かに力を持っている。
あの男の人は、ずいぶんと歌の神に愛されているらしい。
そうじゃなかったら、こんなに力はないんじゃないか。
ま、どうでもいいか。
俺は踊るだけだ。
途中で唄が邪魔になってきた。
冬乞いの歌は単調すぎて、俺の足取りについていけない。
ならば俺は、歌を変調させるだけだ。
俺は歌のリズムから飛び出す。
後は歌を無視してステップを踏み、くるくると回る。むやみに滑る靴が邪魔でも、脱ぎ散らかすには魔物が多すぎる。
魔物たちは魅了されているように、俺たちに手を出さない。
……ふうん。神の力のある踊りには、魔物たちも魅了されんのかな。
だったら都合がいい、最後まで踊れる。
そんな事を思っていた矢先だ。
不意に、耳に響いた音たちが、俺に合わせるようにくるくると変わって行って、俺はなんだか笑えてきてしまった。
俺の勝ち。
そして最後のステップを踏めば、そこに冬の力が顕現する。
びょうびょうと吹き荒れる、この季節にふさわしくないものすごい寒さ。
それが魔物たちの間を駆け巡っていく。
そして。
消滅と浄化をつかさどる冬の力が、魔物たちを霧散させた。
そりゃそうか。
瘴気という、魔物の体のかなりの部分を構成する物を浄化されて。
さらに、消滅の力まで加われば霧散もするわな。
俺はとうとう、力尽きて座り込んだ。息が荒い。
体力が限界だ。そして。
「踊りすぎたな、人間風情で……」
神々の踊りを、限界のある人間の肉体で踊ったせいで、俺は色々な物がすっからかん状態になっていた。
「神の踊りは、人間の寿命でも使うのか? 力が入らねえな……」
座り込んだと思ったら、俺の顔は地面の柔らかい草を感じていた。
あー、もうだめ。
眠い。
「大丈夫か?」
はたから見れば踊っただけだから、あの男の人も、俺がここまで消耗するわけが分からないだろう。
でも俺は、もうだめで、目を閉じていた。
「行くのか、ギギウス」
俺は水晶でできているような宮殿を、闊歩していた。
背後からかけられた声に、笑う。
「いかねぇでどうすんだよ、ユーリウス」
「お前でも。此度の事は手に余るのでは」
「瘴気を一番浄化できる俺が、いかねえっていう選択肢は一体どこにあるんだ? 瘴気の王、ヨーゼンの居城に行って、まともに動けるのは俺だけってもんだろ」
これは……最終戦争の前だ。
ユーリウスと、向こう側の王であるヨーゼンの和解の前の記憶だ。
俺は単身、相手の本拠地に乗り込む予定だった。
地上で奴らの眷属たちと戦うのも、楽しいけれどもきりがなくて。
俺以外の神々が疲弊していて、俺は決着でもつけにゃならねえと思ったわけだ。
「そんな面すんなよ、ユーリウス」
俺は振り返って、美貌の全知全能の上司に、笑いかけた。
笑いかけて近付いて、その顔に両手をあてがい、額を押し当てた。
「そんなに心配するもんでもねえぜ? 俺は勝つ」
言って俺は、安心させるように、その神の唇に自分のそれをあてがって、唾液のまじりあうキスをした。
呆気にとられた上司に、俺は笑う。
「おまじないだ。俺が本気でやれるように。行ってくるわな、ユーリウス」
だからあんたは、安心して見送ってりゃいいんだよ。
言い切った俺は、今度こそ水晶宮というユーリウスの居城を後にした。
あー……あの時の前の日、俺はあいつと散々寝たんだっけな。
口には出さなかったけど、さすがの俺でも瘴気の王ヨーゼンと、一騎打ちしたら勝てないかもしれなかったから。
その後どうしたっけ。
俺はその後を覚えていない。
ただとてつもなく楽しくて……血肉沸き踊る感覚ばかりが、胸にある。
確かその後だ。ユーリウスと、ヨーゼンが和解したのは。
俺が人間になる事になる、少し前の話、だよな……
目を覚ましたら、あの緑の目の青年が見下ろしていた。
「あ、起きたな」
「あー……」
俺は瞬きをしてから、相手を見た。
青年の指には、幾重にも術の入れられた包帯が巻かれている。
あれだけ指を焦がしていれば、そうだろうなあ。
「大丈夫ですか、あなたの指は」
俺は寝ぼけかけた声で問いかけた。
途端に、青年が俺をぎょっとした顔で見た。
「あれだけ暴言を吐いてたくせに、いまさらその丁寧な調子かよ」
俺は数分黙って、その数分の間に、青年が何か納得したらしかった。
「ああ、何かに憑かれていたのか……?」
「何の話です」
俺は適当に誤魔化した。うん。
あの暴言の数々は、黒歴史かもしれない。俺的に言えば。
あれだけ色々言ったのは、神様時代以来だ。
「そうだよな……普通のやつが、あれだけ踊れるわけもねーもんな……」
ぶつぶつと一人納得する青年。
俺はそんな相手を見た後に、聞いた。
「あの後どうなりましたか」
「お前、どこまで記憶あんだよ」
「なんか踊り終わったあたりまで」
「あー。記憶の残る憑きかたか。珍しいけどない話じゃねーな」
「……」
なんかすごい勘違いされてんじゃねえのこれ。
俺は黙っていた。
うかつにしゃべれば、勘違いが増大する気がしたからである。
「まあ、魔物は消えたぜ。その後あんたは倒れて、俺が運んだ。ここは王宮の中にある治療院だ。あんたもう三日も寝てたからな。皆死ぬと思ってたぜ。どんどん体温も下がってたしな」
俺は一命をとりとめた扱いらしい。
やばかったんだな……今度から踊りはもうちょっと控えよう。
「それとだ。あんたの話を聞きたくて、王様が待ってる」
俺の話なんて何を聞くんだろう。
ギギウス時代の話は喋れないもんな。
……笑って誤魔化すか。
俺はそう決めた後に、彼に聞いた。
「あなたの名前は?」
そう言うと、青年はちょっとばかりにやりとしてこう言った。
「フォーマルハウト。西の歌うたいだ」
そこで俺は、この人がシャリーアの言っていた歌うたいの一人なのか、と分かった。
うん、確かにイケメンだよこの男。
いい男だよ。造作も整いまくってるしな。
そんな風に思った矢先だ。
「ギギー!」
今まで机に突っ伏して寝ていたらしい、キャシーが顔を上げてから、俺に飛びついてきた。
「起きてよかった……!!」
「キャシー」
<親分おはよう>
寝台の下側で寝ていたらしいぶーちゃんも顔を出し、ぶうぶうと俺に挨拶をしてきた。
<親分のおともだちは無事にとどけたからだいじょうぶ。親分元気そう>
俺はぶーちゃんの言葉に、ほっとした。
皆無事そうだな。
「アーティもさっきまでいたんだけれど、仕事があるし、皆に指示をしなきゃいけないから帰ったところなの。間が悪いわね。でも一番心配していたわ」
抱きついたままのキャシーの言葉に、俺はなんだか申し訳なくも思った。
心配かけさせたな……
でも、やらないという選択肢は俺の中になかったから、しょうがない。




