表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/117

夏の申し子


俺の耳に響いてきたのは、戦場の音でもなければ、魔物たちの断末魔ではなかった。


「これは」


俺はその音の調子を、何処かで聞いたような気がした。

どこでだっけ?

俺は走りながらも考えた。

それでも答えは出てこない。出てこないだけだ。

絶対に俺は知っている。そんな確信が胸の中にあった。

その音たちは竪琴の音だった。

つま弾かれる音の一音一音が、いちいち強い響きを持っている。

これは力のある音だ。

力があるっていうのは、表現的な意味じゃない。

文字通りの力のある音って事だ。

頭の悪い言い方をすれば、魔法のこもった音だ。

俺はその事実に慄然としそうになった。

これだけの力のある音を奏でられるやつが、神降ろしができる巫女のいない世界で存在しているというのか?!

信じがたい。

だって、神降ろしの巫女よりも、力のある音を奏でる奴の方が、何百年か昔だって少なかった。

だからこそ、神降ろしの巫女たちだって、そういうやつら……音使い達には畏敬の念を示していたのに。

ぶっちゃけ信じがたい。

でも確かめて見なきゃいけない。

そして、何とか冬の力でも何でもいいから、魔物たちを抑え込む手段を……

と言っても、俺ができるのは冬の力を呼ぶ踊りだけだから、手段は一つだけと決まっているわけなんだが。

そんな事を考えつつ、俺はそこに到着した。

音がつま弾かれると同時に、音が紋章の形をとり、炎が吹きあがる。

轟、熱波が頬をかすめる。

その熱波と相反した瘴気が、ちりちりと燃え上がっていくのが、肌で感じ取れた。

この力は、夏の力だ。

夏の、生滅の力だ。

夏はいろんな命が生まれて死ぬ。

その力はある意味冬と似ていて。でも絶対に違う。

冬は浄化と消滅の力を持っている。

春の誕生の力と真逆の力だ。でも夏は違う。夏も春と同じような力の向きだから、夏と春は相性がいい。

話がそれたんだが……俺の肌を焼くような熱波は、夏の灼熱の力に間違いなかった。

普通の魔物だったら。普通の規模だったら、この灼熱の力は魔物たちを一掃できただろう。

でも。


「……数が多すぎる」


そして、春の大陸に充満した瘴気が、夏の力を弱めている。

夏の炎熱はなんにでも飛び火する性質があって、所かまわず瘴気を燃やしてしまう。

だから、瘴気を燃やし過ぎて、魔物自体を燃やし尽くせないというところがある。

このバルザック周辺は、まさにそれが起きていた。

冬の力は厳格な一掃だから、飛び火だのなんだのを考えなくっていいんだが。


「これじゃあ、夏の力には不利だ」


俺がそう思った瞬間、つま弾かれる音が緩んだ。

それはそうだ。

いくら夏の神の力を借りていても、音でどうにかするのには限度がある。

音を途切れさせたら終わりなのだ。


「っ!」


俺の視界の中で、一人の青年が竪琴を取り落とした。

朱色の竪琴。俺はそれを前世で知っていた。

「炎の竪琴。指を燃やして詠うっていうあれか……?」

演奏者に強力な夏の力を貸し与える代わりに、奏でれば奏でるほど指を燃やしていくという魔道具。

あの青年はそれを使っていたのか。

そりゃあ、あれだけの火柱が立つわけだ。

青年の苦痛に歪んだ表情。その緑の瞳に、俺は心臓がわなないた。

わななく心臓が助けろと訴えかけてきて、俺は。


「下がれ若造!」


怒鳴って、それと同時に青年に爪を振り下ろそうとしていた魔物の喉笛を、折り畳みナイフで切り裂いていた。


「若造って、おまっ……?!」


青年が目を見開く。その瞳の緑がどこまでもきれいで、こんな状況下でなかったら見惚れていたな、確実に。

俺は魔物の、橙色の決定的に人間とは違う体液を頭からかぶり、伸びっぱなしの前髪をかき上げた。


「邪魔だお前」


声が荒っぽい自覚がある。でも俺もここで何かを取り繕う余裕はない。


「逃げな小倅」


「おまえみたいな子供を残しては逃げられねえぜ!」


声が引きつっている。そうか、あんたは逃げる気がないのか。

逃げろって勧告したのに。

ならば巻き添えを食らってもらおう。

俺は一時的に、体面とか、この後の行動から起きるだろうごたごたを放置する事にした。

俺にとっちゃ、バルザック内に魔物が侵入して、今までの生活が壊れる方が、俺の招待がばれた時以上に面倒くさいし、嫌だからだ。


「おまえ、詠える?」


「は?」


「そうだな、おまえ、俺を躍らせるような音、奏でられる?」


冬の踊りに、音楽はいらない。

でも、音楽に合わせて踊る時、たまーに冬の力が増大する。

俺はそれをやってみようと思ったのだ。

だめもとだし、俺が踊るだけで冬の力は呼べる。

ちょっと力を強めた方がいいかもしれないという、感覚があるだけだ。


「なっ……何を言い出すんだ」


「唄に自信がないならそう言いな。半人前の歌うたい」


青年の顔に朱が走る。

そして息を吸い込んだ。


「んじゃあお前、ちゃんと聞いてろよ」


この状況でも、歌うたいのプライドが何か動かしたらしい。

彼が息を吸い込み、第一音を響かせた。

その歌のチョイスに、俺は笑いそうになる。だってこれは。


「夏枯れの冬乞い」


夏の暑い時期に、冬の寒さを思い浮かべる歌だったのだから。

俺は周囲を見回した。

なんでだろうな、魔物たちが俺たちに、手出しできないように輪になっている。

攻撃がないのが都合がいい。

俺は手を伸ばし、最初のワンステップを踏んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ