お粗末な二番煎じと何かしらのフラグ
俺は十分にその可能性を分かっていたのだが、何というか詰めが甘かった。
俺は一つ向こうの大通りに出来た、俺たちの店と外観はまるで違う店を眺めてそんな事を思った。
その店は大行列をなしていた。
そして香ってくるのはスパイスの香りである。
しかし俺からしてみれば、焦げ付きすぎたイヤな匂いだ。
「……とうとうこの日がきたか」
俺はぶーちゃんを見やって言う。
「どう思う、俺たちの店と同じ味の可能性は」
<親分の作る匂いよりもまずそう>
鼻をうごめかせて言うぶーちゃん。その敏感にして鋭敏な嗅覚を俺は信用している。
何しろ仕入れの時に絶大な力を発揮する嗅覚である。
一番おいしい野菜、一番新鮮な肉、一番熟した果物。
ぶーちゃんの嗅覚はそれらを軽々とより分けていくのだ。
それのおかげで、キャシーにもちょっとしたお使いを頼めるようになったので助かるわけだが。
「それでも大通りの店って言うのが痛いな。客をこっちにとられている」
俺は腕組みをした後に、意を決して行動に移る事にした。
「まずは偵察だ、ぶーちゃんはお店のほうちょっと見てて」
<ぶーちゃんは一緒じゃだめなの?>
「ぶーちゃんがいると、俺の素性がばれる」
<その辺で、親分が見える場所にいるから、お店戻んない>
ぶーちゃんはそう言って聞かないので、俺はそうする事にして小銭を確認し、店の中に入った。
まず外観同様、こじゃれた店である。俺たちの店とは大違いの内装だ。
いかにも上流階級をターゲットにした店でもある。
その店が俺たちの店のメニューをぱくっているという事実に心の奥からあきれ果てるのだが、二番煎じは利益がいいのだ。俺は心の奥にそれを隠して、メニュー表を見た。
なんというか、やっぱり魔素が高い食材を中心にした、”健康になる”とは言い難い具材のメニューである。
魔素含有量が高い事で知られている、モーコッケー鳥……これはコッケー鳥の亜種である……をメインにしている。
そして店には、いかにもな文字で健康になれると銘打ってある。
バカじゃねえの。魔素中毒の人間が、こんなにも魔素ばっかりの飯で健康を取り戻せるわけがない。
俺はこの店が詐欺で訴えられないかを心の中で思いつつ、出された料理を口にした。
見た目は俺や親方の作るカレーに酷似している、が香りが苦い。
口に含めば渋みやえぐみという物が舌を突き刺す。スパイスのふんだんな香りは生かされていない。煮込んだトマトとタマネギの甘さで何とか食べられる物になっている。
そして米。よそられた米も、ベチャベチャとしていたりむやみに硬かったりしている。
この米の味は覚えがある。城で食べた米の味だ。
おそらくこの米の炊き方が、王都での普通の炊き方なのだろう。
俺のやり方とはだいぶ違う。
食べた感じでいえば、なんというかまあ……不味い。
十点満点中、三点も与えられない味だった。
「・・・・・これで俺の店よりもたかい金取ってんのか」
そして値段は俺の設定した値段の十倍だった。
いかにも金持ちの為の料理で、俺は深くため息をつき、ちらりと見える店の厨房を観察した。
もちろん気付かれないようにと気を張ってである。
厨房は、なんとイケメンぞろいである。
しかしどうにも、料理がそこまで上手な奴らではなさそうだ。
こんな面倒くさい不味い物を作るくらいだ、料理人としては失格だろう。
しかしここまで人……それも若い女性たちがこぞって集まるのだから、このイケメンの集客率という物が影響しているのだろう。
そう考えれば、俺とこの店は棲み分けが出来る。なぜならば俺が親方と目指すのは仕事人やおっさんたちの集う、大衆食堂なのだから。
こんな貴族的で、若い女の子を集めようとは、俺は最初から思っていないわけで。
ここはまねされても、放っておいても害はないんじゃないか。
俺的な考えはそう言う。
それに。
「……こんな不味い店、そのうちつぶれるよな」
俺は誰にも聞こえないくらいの、超小声でつぶやき、お勘定をしてその店を後にした。
店の看板にある、美肌効果だの、髪がつやつやになるだのと言った宣伝文句に、あきれ果てながらも。
「リン、あっちの店はどうだった」
「ほっておいても害はないと思います」
「真似をされているんだぞ」
親方の声は物騒だった。当然だろう。レシピを秘密にするという風潮がある世界で、料理をまねされるというのは由々しき問題だ。
そして親方は最初から、俺の料理を評価してくれていた人だから、真似がどうにも許せないのだろう。
だがしかし。俺にも判断する部分はあるのだ。
「とはいえ、ターゲットが違うようなので棲み分けは可能かと。それにどうせあんなくそ不味い味の料理を出している時点で、俺たちの優位は揺らぎませんし。レシピの問題があったのならば、私では分からないので親方にちゃんと聞きますけど」
俺の辛辣な食べ物に関する評価に、親方が問いかけてきた。
「そんなに不味いか」
「不味いなんて言う次元ではありませんよ。おそらく、健康になるとか、美肌効果とか、そう言ううたい文句と女の子好みの若い格好いい料理人を使って、集客をはかっているんだと」
この言葉に、親方は言う。
「お前は、分かっていたのか?」
これは鎌かけの一種に近いな、と思った俺は、首を傾げて問いかけた。
「何をでしょう?」
「お前が作ったあの料理を食べ続けると、体の調子がよくなる事が」
その言葉に、ちょっと含み笑いをする俺。それは肯定できない。だって俺が、魔素中毒に関して色々知っている理由が、どこにもないからだ。
「……故郷、というか国に伝わったあのカレーという料理は、一種の薬膳だという事も言われていた料理です」
「ヤクゼン?」
親方が首を傾げた。そうか、このセレウコス国には、薬膳という考え方がないのか。
それならば教えてみるのは……問題ないよな?
「薬の膳と書くものです。狭義はあまりよく知らないので何とも言えませんが、広義としては薬になる食べ物を使った料理の事だと聞いています」
「薬になる物? あのカレーには、魔素なんてほとんど入ってないだろう」
「香辛料自体が、薬の一種だと俺の故郷のあたりでは考えられていたのです。生姜があるでしょう? あれを料理に入れると体がぽかぽかしますよね? あんな感じに、薬効があるって考えられていたんです。ここに出回っている香辛料は、故郷と違いすぎて同じ薬効がある物がどれなのか分からないんですけど」
親方がうなった。俺のいう事は親方にとって初耳だろう。
俺は薬問屋を回ってみたけれど、やっぱり薬問屋が取り扱うのは魔素の多い薬草や魔獣の体だったのだから。
「……お前は、魔素のは言っていない薬のようなものとして、カレーを出したのか」
「こっちで効果を発揮するかは不明でしたけど、何か皆さん体の調子がよくなってますよね」
俺はここで誤魔化した。魔素中毒の考え方が存在しない、この国だ。
とても、そう言う俺が知っている事をぺらぺらとはしゃべれないと思ったのである。
「まあ、効果を発揮したわけだし、いいか」
親方は、料理には情熱的でも、薬効にはあまり興味がわかなかったらしい。
肩をすくめてどうでも良さげに締めくくり、こう言った。
「リン、今日はお前の給料日だ」
「私の? 親方の感覚だと、一ヶ月で給料を渡してくれるんですか」
「城は日払いだったんだが、キャシーがまとめた方がリンも欲しい物を買えるだろうと言ってな。これがお前の給料だ」
そう言って親方が渡してきたのは、大銅貨と小銀貨の詰まった袋だった。
「もっともお前は、ここで住み込みをしているわけだし、食事もほとんどまかないだからな。使う物もそんなになさそうだが、俺はお前の気持ちのいい働きっぷりが好きだからな。それも込みで渡してある」
俺はじーんとしてしまいながらも、まじめに頷いて言った。
「何か、おいしい物、もっと考えます。……実はキャシーが、毎日お昼がカレーだと飽きると」
「贅沢だな」
「しょうがないですよ、キャシーは余り物のカレーばっかりなので」
「お前は何かあるのか?」
「いいえ? 毎日温かいおいしいご飯は、いいものでしょう?」
これは俺の本心だ。俺は日本では仕事が見つからず、蓄えを削って、毎日冷たい物を食べていた。電気代やガス代をケチるために、朝に一度に作って昼、夜と冷え切った食事をしていた。
それを考えれば、温かいカレーは涙がでるほど贅沢品なのであった。
そしてセレウコス国でも、温かいというだけで食事は一気に贅沢品になる考え方がある。
だから俺の言葉はこちらでも特に怪しまれない常識的な言葉であった。
「そうだな。温かいだけで、ほっとするからな」
親方はそう言った後、俺の後ろを見て言った。
「リン、ぶーちゃんがさっきから物言いたげに見ているぞ」
「え。あ、ごめんぶーちゃん、何?」
<きのこ食べにいこう親分。いい場所知ってる>
「きのこ? マジ? でも寒いからきのこも生えないんじゃ」
「リン、ぶーちゃんは何を言っているんだ?」
「きのこを食べにいこうと」
「冬のきのこか。リンは食べた事がないのか? 冬はきのこの旬だぞ?」
「……私の故郷では、秋が基本でした」
「お前の故郷は寒いところだったんだな。このバルザック周辺では、冬においしくなるきのこがたくさんあるぞ」
親方があっさりとそう言ったので、俺も納得した。
そうか、植生も日本とは少し違うんだな。
そう言えば、暦では冬でも、このあたりは日本の晩秋くらいの寒さだもんな。
俺マフラーだけで平気だし。そうすると冬と言ってもきのこの旬日か位気温なのか。
そう考えれば、納得のいく話なので、俺はぶーちゃんにこう言った。
「明日にしよう。明日はお店の定休日だから」
<今日がいいです>
「これからキャシーの酒場の下拵えだから、ね? 親分のいう事聞いて」
俺の言葉に、不承不承ぶーちゃんが頷いた。
朝から俺は早起きをして、お弁当を作った。塩結びである。具材はなし。本当は殺菌効果がありそうな梅干しがあれがよかったんだが、この国に梅干しはない。残念だ。
あれはお湯に入れるだけでおいしいのに。無念だ。
それはさておいて。お結びと火打ち石、火打ち金をもって、俺は小刀を携帯した。
ぶーちゃんが行くというのだから魔物が跋扈するような危険な森ではないだろうが、いざという時のためだ。
俺は鉄砲なんてもてないし、この世界には鉄砲よりも強力な魔法が支配してるので鉄砲は発明されていない。
武器屋にそれとなく聞いても、やっぱり鉄砲らしい物の情報は入ってこなかったしな。
俺は親方に再三注意されて、ぶーちゃんから離れないと約束をし、王都付近の森に入った。
運命がここで回るなんて思わないで。




