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開店。客足とその他。

そして小細工に小細工を重ねて……具体的には昼食の時間にカレーの匂いを流したり、店の前をきれいにしてガラスを拭いてみたり、店の中をちょっといじったりした一週間。

とうとうこの日がやってきた。

ランチの始まりである。

俺は仕込みを終わらせて、ウェイターに回るつもりで看板を置いた。

もちろんイーゼルも準備し終わったし、開店準備はもうとっくに終わっている。

そして一週間キャシーがさりげなく宣伝をしてくれていたらしいので、そっちにも期待する。

そして。

「リン! 鍋が足りない! ついでに米もだ!」

なぜか俺の見込んでいた人たち、仕事中の成人男性ではなく、食べ盛りの学生たちが店にひしめく事になっていた。

どうしてこうなった。そんな事を思いながらも俺は材料を煮込み、米を炊き続ける。

店の中は騒がしい。旨い、うまい、おいしい、いっぱい食べられる。

そんな声が充満している。

……俺が目指していたのはおっさんたちが集う食堂風の店だったんだが。

なんでこんなに、学校の食堂みたいな事になっているのか。

ものすごく疑問である。

しかし、その疑問を回収するために、誰かお客さんに問いかけるという事も出来ないほど、今は忙しかった。

<親分、大丈夫?>

店の中を縦横無尽に駆け回り、オーダーを通しているぶーちゃんが問いかけてくる。

ぶーちゃん、俺は知らなかったよ。お前オーダーも通せるんだな。誰が教えたんだそんな事。俺は教えてない。

何とぶーちゃんが、来たお客の順番を俺よりも正確に覚えていて、次々とオーダーをとっていくのだ。

そしてキャシーがそれらを運んでいく。彼女の両手にはいくつものお盆が載せられているんだが、風の魔法でちょっと安定感を持たせているのに気付く奴はいない。

昼の時間はひたすら忙しく、俺も親方もキャシーもぶーちゃんも皆死にそうになっていた。特にキャシーが慣れていないから大変そうだった。ぶーちゃんは五人ばかり、食い逃げをしようとしたやつを捕まえて引きずってきた。

その、お尻を丸出しにされて……仕方がないのだ、ぶーちゃんが咥えられるのは人間のズボンとかのお尻の部分だったのだ……連行されるという、学生からしてみれば恥辱でしかない事を五回も目の前で行われた客たちは、食い逃げをするという根性をなくした。

えらいぞぶーちゃん。

そしてランチの時間が終わり、材料も枯渇し、俺は並んでいるお客に順番に謝っていき、最終兵器である美貌のキャシーを引っ張り出して、何とかランチの一日目を終わらせた。

山のような使用済みの食器を片付けて、やっと俺たちは一息ついた。

「どうも、親から聞いた子や、匂いに誘われたり外の看板を見て入ってきた子が多いみたいね」

キャシーはウェイトレスを行いながら、そういう会話をしていたらしい。

すげえな。俺はとてもできない。給仕と仕込みを同時進行はできない。

感心していられたのはちょっとの間だ。

そうか、興味半分のやつらが多いか。まあ最初はそういうものだ。後はリピーターも増やさなければいけない。

でもこの店の規模から考えて、いろんなメニューを最初から作るのは自殺行為だ。

どうするかな。

俺は帳簿を眺めながら、今日は黒字だが明日はどうなるか、と思った。






予想は大体当たり、客足は一週間目がピークだった。

その後は常連のようにやってくるやつと、冷やかし交じりで食べて、感激するやつの二極化である。

でもうれしい事に、俺の期待していた仕事人たちもちらほらやってきていて、この人たちがしょっちゅう来るようになったのだ。

彼らにキャシーが聞いたところ、やっぱり値段が手ごろで、いつ来てもおいしい温かい料理だという事がありがたいらしい。

そこは重要だからな。

メニューは結局、三種類のカレーである。俺のオリジナルと、親方の改良版が二種類。

ただこの店の変わったところは、その具材の殆どが、魔素をあまり含んでいな物というところである。

俺が客や町の人間の顔色を見た所、魔素の過剰摂取している人の割合がとても多かったからだ。

魔素は意に負担がかかる栄養素だから、スパイスの香る薬膳でもあるカレーには、あまり魔素を入れないように、気を配った結果だった。

大体二週間もここで一食食べていれば、魔素の体の中のバランスが整っていく計算で作っている。

そして。

「なんだろうな、おちびちゃん」

あるお客さんが話しかけてきた。俺が店に顔を出せる程度の客の時だ。

「なんでしょう?」

「ここの料理を食べるようになってから、調子がいいんだよ。なんだか体が軽くって、目もよくなってきて。長年息苦しかったのが嘘みたいだ」

……俺の目論見は成功したらしかった。

そのお客さんは、毎日お昼にここにやってくる常連だったのだ。

やっぱり過剰摂取は体に悪いのだ。

俺があいまいに笑って首をかしげて見せると、おちびちゃんにはわからないかと言われて、彼は機嫌よく帰って行った。

それから、地味にこの店は、食べ続けると体の調子が良くなる店、としてじわじわと周囲に広まっていくようになった。

この情報源はぶーちゃんである。

ぶーちゃんは店にいつつも、あたりの声を拾えるお耳を持っているので、そういう話を拾ってきたのだった。

よし、これがうまい具合に行けば、この店はそこそこの客の店になれる。

俺はやってきそうな明るい未来に、笑顔になりたかった。

……そうは問屋が卸さなかったのだが。


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