二話 初めの言葉
「私は神です」
「……」
「これからは顔を合わせることが多くなるので、お見知りおきを」
どこが顔だか分かんねぇし、有り難みないんだよ、その見た目
「…どーも」男は短くそう返す。自らを神と名乗った四角い鉄の塊は、見た目こそ自動販売機のそれだが、備え付けのスピーカーからもれる声はどこか威厳めいたものを感じさせる。そんな自動販売機が、早速本題をきりだす。
「まず何よりも先に伝えておかなかければならないのは、これから"あなた"が行うことは禁忌だということ、けして良い行いとは言えないということです、これを深く頭に刻んだ上でこれからの説明を聞いてください」その間、課長はというと既に男の隣からは場所を移し、神の右斜め後ろで静かに立っていた。そう、今度は課長が空気とかす番だったのだ!!、そしてその様はまさに自動販売機に付き従う肉塊のそれだった。
「ああ、解ってる」男が短く言葉を返す。男は理解していた。自分がこれからその禁忌に足を踏み入れることを。なので神の言葉を素直に頭の片隅に刻む。
「…それでは場所を替えて改めて詳しい話をしましょう」神はそう言い終えると、備え付けのスピーカーから
「ピンポーン」とインターホンのような音を鳴らした。すると神から見て左、男から見て右斜め前の扉から、脳天から足の爪先までを完全に白で被った全身タイツ姿の3人(?)組がキッチリと1列に並び、列を乱すことなく完璧に揃った行進で、神の左側を正面として整列する。
「こちらの方々は神直属のウルトラな天使達、通称ウルトラ天使」
これが神直属…
「位は僕よりも上」
「……」男は言葉を失う。そう言われればそうなのだろう。たとえ全身タイツでも、神直属である以上は課長クラスでは到底敵わない。だが、そんな説明をされ理解したところで、その異様なまでの機敏さと、全身白タイツが織り成す究極の気持ち悪さは、納得できうるものではなかった。
夢に出てきたらとび起きそうな絵面だな…
「じゃあ宜しく御願いします」
神がそう言うとウルトラ天使達がキレッキレの敬礼で返す。そしてすぐさませかせかと動き回る。1位が先ほど自分達が出てきた部屋へと戻り、台車を押して戻ってきた。そしてそれぞれの、タイツのせいで輪郭しか分からない顔を見合わせてアイコンタクトで頷きあうと、1位が体幹を定め仁王立ちする。あとの2位は、仁王立ちのウルトラ天使の後ろに立ち、肩甲骨辺りに各々片手掌をそえる。そしてその掌を押し付けるような仕草をとる。すると、
「ボフッ」と音をたてて肩甲骨から両腕にかけてが勢いよく膨張する。
「!?」その腕は女性の胴回り程の太さがあった。それとは反対に掌を添えた方のウルトラ天使は、それぞれ添えた方の腕が水分がとんだようにカラカラになっていた。まるで添えた腕の筋肉が肩甲骨に根こそぎ吸い取られたかのように。
「もう…、何が何だか解んねーな…」ウルトラ天使の存在と行動は、男の許容範囲を大幅にこえていた。男がそんなことをぼやいている間、両腕が膨張したウルトラ天使はフロントダブルバイセップス、モストマスキュラー、サイドトライセップスからのサイドチェストを決めて体調を確認した後、キビキビと動き出す。
「彼等は特異体質でね、自分の身体能力などその他諸々《もろもろ》の力を触れた対象に貸し与えることが出来るんだ」匙を投げかけていた男に、課長が説明する。
「まぁ、唯一これが出来るから神直属な訳でもあるんだけどね」
この説明を、男は頭を落ち着かせる時間へと変換しながら、説明にも耳を貸す。
「まぁ、デメリットも結構あるんだけどね」
「?」
「見てのとおり力を貸した方は、貸した部位が貸した力量に比例して削られる、だから力を貸してるあいだその部位はほとんど動かせなくなるね、それに貸してる間は身体のバランスを維持するのにかなりの体力を使うみたいだからバテバテ…」
「借りた方はあの状態でいられるのは3分程度だし、還した後は借りた部位に激痛を伴うらしい、天界式筋肉痛って感じかな…、それにこれは貸した方と同様だけどかなりの体力を消耗するらしいし」課長からそんな話を聞いていると、ウルトラ天使本人達は丁度神を台車に乗せおえていた。
「…そろそろ移動出来そうかな」課長が作業行程を見てそんなことを言う。
「いいですか…、抜かないでくださいよ、絶対に抜かないでくださいよ!」ウルトラ天使達が
「コクン」と無言で頷く。
「絶対に抜かないでく―」
「プツン」左腕がカラカラのウルトラ天使が、神の背面からとび出ているコードをコンセントから抜いて言葉を遮る。
「―シュウゥー…」
コードを抜かれた神は、一言も喋らなくなった。
中途半端に下界の定番ネタ使いやがって…
ウルトラ天使3人(?)が課長にアイコンタクトを送る。
「それじゃあ、移動しようか…」
男は神御一行に連れられて、『神間』(神が居た部屋)から"普通に"人類の平均的歩行速度で歩いたら片道5分過ぎるか過ぎないか、そんな場所にある部屋に1分で来ていた。そこでは自動販売機に続き、またもや下界でお馴染みの自動ドアが来訪者を迎え入れる。その上には、『転生所(例外者バージョン)』と書かれたパネルが立て付けられている。室内には人類の片手の指と同じ数の転生機、誰が呼んだか通称ATM(見た目が似てるから)が奥の壁に背を向けて、自動ドアの入り口に液晶画面を晒す形で各機が一定の距離をとって横一列に下界の義務教育で通う学校の教室程の面積の部屋の中心に並んでおり、その他には何もなかった。それは単純にそれ以外の一切のものは何一つとして必要がない、意味をなさないからだろう。
だが部屋の雰囲気についての印象を、具体的な言葉にしているほど今の男達のおかれている状態は、落ち着いたものとは言えなかった。
「とりあえず…」男が言葉を探す。
「…大丈―」ギロ!!
「―夫ではないな」言いおえる前に、課長が食いぎみに男を睨む。どうやら肥満体型の人(?)の体力が底をつき、浜辺に打ち上げられたトドの様になっている時にかける言葉は、
「大丈夫」では間違いらしい。
ウルトラ天使達も同様に息を切らしながら赤い絨毯の上に伏せている。なぜこんなにも課長とウルトラ天使達がバテバテなのか―
「移動にはここから走っても3分程度かかるけど、それじゃあウルトラ天使のタイムリミットギリギリだから音速超えるくらいの気持ちで走ってもらうよ、1分30秒切られたら妥当かな」
「音速ってこっちは80過ぎてんだぞ、そんなに速く走られるか」天界とは生を終えた者達が生前の柵を、背負っていた物を降ろして次の転生に備える場所。なので必然的に生前より身体能力は解放されている。それに加えて、天界と下界では、常識の基準が違う。そうは言っても男は生前80歳を超えた年寄りだ。そんな速度で走られる身体ではない。
「だから年齢を生前、君の体力がピークに達していた23歳に設定してるんでしょ」そう言って課長は男の方を向く。男の身体はどこからどう見たって80歳の姿形ではなかった。
「君なら約60年前の身体でももう制御程度は出来てるでしょ」
「制御は出来てもコントロール効かすにはもうちょい時間欲しいんだけど…」そう言いながら軽めに身体を解す。課長の方も準備は出来ているようだった。腕を膨張させたウルトラ天使は続いて両足を膨張させていた。こちらに向けて腕を掲げ、拳を握った掌に親指だけを立てた状態で、準備万端の意を示している。その両隣で右腕に続けて右足、左腕に続けて左足をカラッカラにしたウルトラ天使が同じように動く方の腕を掲げて親指を立てている。それに対しては
「どこが準備万端なんだ?」と問うてみたくなる。
「よし、じゃあ行くよ」
言うやいなや課長が全身の脂肪と言う脂肪を揺らして疾走して行く。それに続いて両手両足を強化したウルトラ天使が、両肩に干物化したウルトラ天使を抱えて爆走していく。その後ろ姿は何故か美しく感じた、のだがその両手に押されている神が乗った台車と、両肩に背中に顔が来るように抱えられたカラッカラのウルトラ天使2位が両肩から干物の腕に力を振り絞って、男に向けて親指を立て、ナイスガイポーズをとっているせいで何かもう台無しだった。
「はぁ…」この状況に自然とため息が出た。そして走る肉塊二人(?)を追う。
そして今に到る。
課長―肥満による体力切れ
ウルトラ天使×《かける》3―タイムリミット切れ+《プラス》筋肉痛=《イコール》再起不能
神―コンセントさし忘れ
只今のタイム―1分25秒
予定のタイムを切られたのは、久しぶりの出番にウルトラ天使が張り切ってくれたお陰だと課長は言う。ウルトラ天使の1位が元に戻った身体をプルプルと震わせて手を男に差し出してくる。
「…?」男がその拳の下に滑らせるように掌を差し出す。するとコンセントを渡される。
「あぁ、神様のね、」
どこにさせばいい?
と聞く前にウルトラ天使の手がバタンと音を立てて床に落ちた。それでも男の意思をくみ取ったようで、どうにかこうにかと言う感じで必死に床に指を這わせて何かを伝えようとする。
「いや、分かんないから、よだれでダイイングメッセージは無色透明過ぎるから」
それでも大体の指の動きとそれをもとにした予測で、ウルトラ天使が伝えようとしたことを察する。
「ATMの裏ね…」男が歩を進める。歩きながら考える。
なんで直接伝えなかったんだ?
ウルトラ天使との会話方法は移動前に課長から聞いていた。ウルトラ天使は自分の思っていることを言葉としてではなく、意識に直接語りかけることで伝えることができるらしい。これもウルトラ天使独自の能力だと課長は言っていた。
「元々人見知りが激しい方々でね、それゆえに身に付けることができたものなんだって」
記憶の中の課長がそう付け加える。顎すら動かせないほど疲れていたのだろうと男は解釈する。ATMの後ろには、最大7本コードをさすことができる延長コードに5本のコンセントが刺さっていた。
「蛸足配線じゃん…」
そう言ってごちゃごちゃと絡まっている5本のコードをほどいた後、6本目のコンセントを刺す。
「アァー!! 死ぬかと思った」神が息をきらせて言う。
「ウルトラ天使達、コンセント抜くタイミングばっちりでしたよ!」
ウルトラ天使達がナイスガイポーズを神に向かって返す。
なんかキャラ変わってないか?
「それでは話を始めましょうか」
「記憶を喪失せずに行う転生について」
「デジャブ!」




