境界線と遮り。
我々が日常生活の必需品を買う時、よく目にするモノ……それが境界線である。
その人は、言葉を遮り相手が戸惑う瞬間を見ながら、悦に浸る、どこ……いいやその人だけが少し変わった性格を持つ人物だ。
境界線は基本的に平地でなければならない。
しかしその人が立つ境界線は、平地ではなく霊峰の頂。
だからその人は、霊峰の頂から境界線の向こうを常に見る癖があるのだ。
その人は今、商業施設で境界線の向こうの人物と取引中だ。
「……ありが――」
「クレカ」
「かしこ――」
「レシートいらない」
「かしこ――」
「はいはい、もういい?」
「はい、ありがとうございました」
これが、その人と境界線の先にいる人物とのいつものやりとりだ。
(最後まで聞くのはタイパが悪い、というかタイパという言葉こそ、自分の性格そのものを表した言葉だ!)
しかしその人――。
数ヶ月後。
その人は今日も商業施設で、境界線の向こうの人物と取引中だ。
「あごす」(ありがとうございます、合計700円です)
「は? ごす? なにいっ――」
「え? だ、ごす」(えっ? だから、合計700円です)
「は? ちゃんとにほ――」
「だ! ごす! なか、けよ!」(だから! 合計700円です! なんなんですか、警察呼びますよ!)
その人が、なぜ警察を呼ばれる事になってしまったのか?
その人はタイパを求め、情報という名の言葉を遮りすぎた。
だからその人は、現在置かれた情報を知る術が無かった。
なぜなら……語り手であるこちらに対しても、その人は境界線を超えて、タイパという名の遮りを求めたのだから……。
終。
言葉の遮りを無意識的にしてしまう時はある。
学生時代にアルバイトをしていた記憶と自分も気をつけなくてなー、と考えながら書きました。
お読みいただきありがとうございました。




