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第18話 独白

 子どものころにはもう、世界は色褪せて見えていた。

 第九王子。第四夫人の子。生まれたころから王位継承権を持つ兄たちの手足となることが決まっていた。

 父親は顔を合わせたことがない。いや、一度くらいはあるのかもしれないが記憶にはない。母親は自分ではなく、第三王子のリンネルの教育に集中している。

 優秀だと持ち上げてくれる者もいたが、当の本人が第九王子という立場では、どうすることもできなかった。

 そんな自分にある任務が課せられた。四歳のころだ。その日のことはよく覚えている。


 ――人間の国へ行き、鍵を見つけ出し、人間を抹消すること。


 特別な役割を与えられたことに、母親は喜んだ。初めてこちらをちゃんと見て、「励むのよ」と微笑んで言った。……人間の国に行ってしまえば、もう会えないかもしれないのに。そのとき、家族への気持ちは一切消えた。

 ルイスはこの世界に期待をするのを止めた。


 人間の国に行ったあとも散々だった。

 王族だった自分は商家の息子になった。身分が変わった。立場が変わった。生活が変わった。……食事も、身に着けるものも、住む場所も、すべてが変わった。

 自分の思い通りにいかなければ、鞭で打つ養父。近づいてくるのは、豪商である新しい家の名前にすり寄ってくる者ばかり。最初こそ耐えれなかった。……だが、次第に慣れてしまった。

 もうこのまま身を任せてしまえばいいと思った。そうすれば、辛くもなく、悲しくもなく、ただ生きているだけ。

 世界が変わったのは、あの子に出会ってからだ。


「だいじょうぶ?」


 初めて会ったとき、エラはそう言った。そのときにはもう自分が大丈夫なのかどうかもわかっていなかった。


「おかお、まっさお」


 そう言われて、顔を触る。上手く取り繕えていると思っていたから少し焦った。


「いいこ、いいこ」


 エラは優しく頭を撫でる。ふいに泣きそうになった。……けれど、騙されちゃいけない。この子もきっと敵だから。

 そう思って距離を置こうとした。けれど、エラは父親同士の仲が良いことを理由に何度もルイスと接触しようとした。毎日のように会いに来た。気づけば、来るのが当たり前になっていた。また慣らされてしまった。そう思っていたのに、ある日を境にエラは来なくなった。


「カルロの嫁が亡くなったそうだ」


 ……エラの母親が亡くなった。エラは悲しんでいるだろうと思った。そう思った瞬間、首を横に振る。


 ……何を気にしているんだ。相手は人間だぞ。


 そう思っても、エラのことが気になってしまう。そんな自分に腹が立って、いっそエラが元気にしているところを見て、「ほら見たことか。平気だった」と言ってやろうかと思った。

 街で見かけたエラは笑っていた。


「エラちゃん、お母さん亡くなったのに、しっかりしていて偉いね」

「悲しいだろうに、強い子だな」


 街の人たちはそう言って、エラのことを褒めている。……一瞬、エラが泣きそうな顔をした。けれど、誰もそのことに気が付かない。


 ……どうして、誰も気づかないの。


 周りの大人たちに憤慨した。小さな女の子が、あんなにも悲しそうにしているのに。

 ルイスは彼女のあとを追いかける。彼女は街の近くにある池のほとりで泣いていた。声を押し殺して、身を小さくして。誰にも気づかれないように泣いていた。それを見て……胸が苦しくなった。

 泣かないでと言いたかった。いっぱい泣いていいよと言いたかった。自分でもどう声をかけたらいいかわからなかった。


「エラ」


 エラの肩がびくりと震える。彼女は顔をごしごしと服で拭くと、顔を上げて笑顔で言った。


「あれ、ルイス。どうしたの?」


 目元に涙のあとを残しながら、彼女は笑っていた。無理に笑っているのがわかって、悔しかった。……そのときは、どうして悔しかったのかわからなかった。


「…………」


 ルイスはエラの方に行き、彼女のそばに座った。そして、優しくトントンと背中を叩く。


「どうしたの、ルイス」

「…………」


 ルイスは何も言わずに、背中を叩く。次第にエラの表情が崩れた。


「……もうっ、どうしたのよぉ」


 エラはそう言いながら、ぽろぽろと泣き出した。

 静かな池のほとりでは、エラの泣く声だけが聞こえた。少しずつその声は小さくなっていった。


「ルイス、ありがとう」


 彼女はそう言って、笑った顔をルイスは忘れられない。


 ……綺麗。


 そう思った。ずっと見ていたいほど、綺麗だと思った。

 その瞬間、世界が色づいて見えた。エラの周りだけ明るくて綺麗で美しい。彼女のそばにいれば、自分もそうなれるだろうか。


 ……エラが欲しい。


 自分の中に黒い感情が生まれる。ずっと一緒にいたい。そばにいてほしい。僕だけを見て、僕のことだけを考えて、彼女のすべてを僕だけにしたい。


 ……エラがいれば、自分は幸せになれる。


 ルイスはそっとエラを抱きしめて、その首に唇を寄せた。





 エラと過ごす時間はとても幸せだった。

 ルイスは少し頼りなくて、優しい男の子を演じつづけた。エラは面倒見が良いため、その方が気にかけてくれるからだ。案の定、彼女は自分を特別扱いしてくれた。特別な幼なじみになれた。

 それに最高なこともあった。エラが鍵だったのだ。世界を終わらせる存在であり、同時に――自分だけのものにできる存在。

 エラを誘拐しようとした魔族は捕まった。エラが鍵だと知っているのは自分だけになった。……鍵を独り占めできる。これがどれだけ幸せなことか。

 だが、邪魔者がいた。アルフ。エラの婚約者だ。

 エラに頼まれたから、一緒に過ごしていたが、正直耐えられなかった。エラは自分のものであるはずなのに、なぜほかの男が彼女の婚約者きどりでいるのか。

 ルイスはアルフを排除することにした。


 アルフの家の悪い噂を流し、商売をしにくくした。次第に彼の家の商品は売れなくなった。家が傾くことを恐れた彼の家に親しい者が言う。


「少し強引なことをしても、売り上げを伸ばすべきじゃないか?」


 ルイスが言ったところで、何も意味をなさないだろう。だから、彼の両親と仲の良い者を利用した。アルフの家はほかの家から仕入先を奪うなど、強引な手を取り始めた。そして、最終的には人身売買まで……。

 上手くいったと思っていた。……エラにバレるまでは。


「ルイス。もう私に関わらないで。……私、あなたが怖いの」


 魔族であることも、人身売買をするよう促したこともバレた。


「くそ……っ」


 ベッドに枕を投げつける。最悪だった。アルフがいなくなれば、エラは自分のものになるはずだった。それなのに、エラにすべてバレてしまった。

 ……ずっと隠していくつもりだった。バレてしまったものは、どうしようもできない。次の手を考えるまでだ。


「大丈夫。エラは僕のものになるはずなんだから」


 ルイスはアルフとエラについての悪い噂を流した。噂を流すのには、エラとクラスメイトで、ルイスと仲のいい男子生徒を使った。彼はアルフのことをよく思っていなかった。

 彼のおかげで、悪い噂は広まっていく。エラが一人になるのは必然だった。誰も頼れなくなったエラはきっと、自分のことを頼ってくれるはず。

 ルイスはエラに対して優しくふるまった。助けられるのは自分だけだと。けれど、エラはルイスに頼らなかった。一人で解決しようとした。

 ……僕の好きになったエラはとてもかっこよかった。美しかった。さすがエラだと言わざるを得ない。だから、見守っていたかった。そこにバートが邪魔をしに来るとは思わないじゃないか。

 邪魔をしない約束をエラとした。その約束を守るために、手を強く握りしめて耐えた。気づけば、手のひらには血がにじんでいた。

 エラはバートの助けで、男子生徒を遠ざけることに成功した。……気に入らない。どうして僕以外の者の手でエラが救われる? 気に入らない、気に入らない、気に入らない!

 ……だけど、微笑んでみせた。エラに嫌われたくないからだ。


 それからルイスはエラのいうことを聞き、従順であることに努めた。自分が無害であることを証明するためだ。警戒している彼女の気を緩める必要がある。

 里帰りのときに、エラを魔族の多い場所に誘導して、魔族と接触させた。彼らはまんまとエラを誘拐しようとした。……そこをルイスは自分の手で助けた。

 自分でそう仕向けたのに、ほかの男がエラに触れ、彼女を怯えさせているのは、耐えられなかった。思わず泣けば、彼女が慰めてくれた。……ああ、エラはやっぱり優しい。


 エラの心が揺らぎはじめているのはわかった。だから、次の手を打った。

 エラに再びプロポーズをする。そして、身を引く。そうすれば、彼女はもっと動揺するだろう。彼女はそれから距離を取りはじめた。ルイスはそれを受け入れるつもりだった。……バートが接触するまでは。

 バートはルイスの魔族の国での家庭教師だった。彼がエラに接触した。何か考えているに違いない。

 いつだか彼にあげた懐中時計。人間の科学の結晶。あれは、人間の国に寝返ったということを伝えるために贈ったのだが、伝わっただろうか。人間の国はエラがいる国だ。何かあったときは、人間の国を味方すると、そういう意味で用意した。……彼は盗聴器か何かかと思っているかもしれない。だが、実際はただの懐中時計だ。そうやって、警戒すればいい。


 ルイスはエラを守るために、一緒に行動することにした。バートがエラと接触すれば、いつ鍵だとバレるかわからない。

 ルイスは後回しにしていたことを行なうことにした。


 魔族の国に戻り、第三王子で同じ母親を持つリンネルと接触する。彼は平和主義者で、支持してくれる者が少なかった。だが、魔族の国に行っても、秘密裏に連絡を取り合っていたのは彼だけだった。彼と共謀して、父親である魔族の王を暗殺した。

 もとから行なう予定だったため、リンネルは上手くやってくれていた。彼はルイスのアドバイスを聞き、自身が王となる地盤を固めていた。

 人間の国へ派遣されていた魔族にとっては、驚くようなことだっただろうが、魔族の国ではリンネルが王になるだろうと考えられていた。


 まだ魔族の国でやることはあった。まさか、エラが教会にいるだなんて思っていなかった。ルイスにはエラのいる場所がわかる。だから、エラを救出しに行ったのだ。

 想像もしていなかった。……僕のためにエラは自身を囮にして、神と接触し、魔族の野望を打ち消した。僕のために、僕のために……!

 さすがエラだと思った。ルイスの予想のはるか上を行く。

 エラが自分のために動いてくれた。だから、ルイスは最後の後始末をするために、魔族の国へ戻った――





 ――そして、再会を果たしたあと、エラはひとしきり泣き、ルイスの隣で眠っていた。ベンチに座り、肩をルイスに預けて眠っている。

 ルイスはその肩に来ていた上着をかけてやると、その髪を撫でた。


「実は、エラに少し嘘を吐いていたんだ」


 隣で眠るエラを見て、ニコリと微笑む。

 ルイスはリンネルの許可をもらって、人間の国に戻ってきた。だが、許可を得たのはリンネルにだけ。人間の国では許可を得ていない。

 ルイスはリンネルのもとで、人間の国に入り込んだ魔族を帰還させる指揮を執った。そのどさくさに紛れて、人間の国に入り込んだ魔族のリストから自分の名前を消した。自分は魔族ではないということにしたのだ。


「色々と仕込むために魔族の国に戻ったけど、君に会えない時間は辛かったよ。でも、これのおかげで、僕は安心できた」


 ルイスはエラの胸元に着いているネックレスに触れる。

 これは追跡の魔術具だ。これがあったおかげで、ルイスはいつもエラの居場所がわかった。エラを見守ることができた。


「でも、もうずっと一緒にいられるね、エラ。一度は僕を警戒したけれど、君は騙しやすくて助かったよ」


 ルイスはエラの髪を撫でる。

 エラから好きだと言われたときは、どれだけ嬉しかったか。もう世界を滅ぼして、エラと二人きりになってもいいとさえ思った。そうすれば、誰にも邪魔をされずに二人きりでいられる。もちろん、エラに嫌われるようなことはしないが。


「ねえ、エラ。知ってる? 君は鍵だ。魔力耐性がある……つまり、僕の子を産むことができるんだ」


 もう、エラは自分のものだ。もう二度と離れない。二度と放さない。ずっと傍にいられる。

 ルイスはエラの手を取って、薬指に着いている指輪を見た。


「全部、全部隠し通すからね」


 そして、緑色の石に唇を落とした。

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