第1話 幼なじみの秘密
表紙:滝沢ユーイ様
「ねえ、聞いたことある? 人間の国で、魔族が人間の振りをして生活しているらしいよ」
平民の子どもたちが通う学園の教室で、女生徒の一人がそう言った。
「また噂話? 好きね、そういうの」
もう一人の女生徒が呆れた様子で応える。
「でも、本当かもしれないよ? そしたら、どうする?」
「どうするもこうするもないわよ。国に国民全員の戸籍が登録されてるの。されてない人なんていない。されてないなら、生活もできないんだから」
「もう、面白くないなぁ」
平民ばかりが通う教室は質素で、華美な飾りつけなどはされていない。だが、制服を着た生徒たちは、制服を買えるくらいには裕福だ。平民でもお金のある家の子たちは、こうして学問を学ぶことができる。
女生徒たちの話を聞き、エラはびくりと肩を震わせた。魔族の話は少し苦手だ。少し震える腕を擦る。
この世界には二つの種族が存在している。人間と魔族。両種族は隣り合った国にそれぞれ住んでいる。表面上は仲良く交易しているが、実際は互いを見下し、差別し合っている。
魔族は、人間の国に入ってこようとしない。来ても、国境にある門まで。汚い人間の住む場所に足を踏み入れたくないらしい。魔族が苦手なエラにとってはありがたいことだった。だが、時折、魔族が人間の国に入り込む。人間たちにとってはゆゆしき問題だ。
学園の鐘が鳴る。エラは小さな鏡を取り出すと、自分の姿を見た。黒いショートヘアの髪を撫でつけ、大きな青い瞳を瞬かせる。変なところがないのを確認すると、鏡をしまい、カバンを肩にかけながら立ち上がる。そろそろ、幼なじみのルイスが教室に来るはずだ。
「エラ」
だが、姿を見せたのはルイスではなかった。
「アルフ。ルイスはどうしたの?」
ルイスの代わりに声をかけてくれたのは、エラの婚約者のアルフだった。黒く、短い髪にすっとのびた鼻筋をしている。背も高く、表現するなら、男前といえるだろう。
そんな彼は凛々しい眉を下げて言う。
「それが、声をかけたんだけど、そのまま教室を出ていっちゃって……エラのところじゃなかったんだね」
ルイスとアルフは同じクラスだ。なのに、ルイスはいつも一緒に帰るアルフを置いて、真っ先にエラの教室に訪れる。だから、いつも通りといえば、いつも通りだ。だが、エラのもとに来ないというのはおかしい。
「また何か厄介ごとを背負ってるのかな?」
ルイスは何か隠したいことがあるとき、エラを遠ざけることがあった。
初等部のときも、親との関係が上手くいっていなくて困っていたのに、エラを巻き込まないように遠ざけた。厄介な女の子に言い寄られていたときもそうだ。迷惑をかけないように距離を置いていた。
「まったく、ルイスは」
エラが頬をふくらませると、アルフがくすりと笑う。
「相変わらず、エラはルイスの保護者だね」
その言葉にエラは目を瞬かせ、にへへと笑う。
「ルイスとは長い付き合いだからね」
エラとルイスはお互いに家が商家だった。そのため、家同士の付き合いで知り合った。最初のころ、ルイスはエラに対してそっけなかった。だが、毎日一緒に過ごしているうちに、プロポーズの真似事をされるくらいに仲良くなった。
だが、エラにアルフという婚約者ができてからは、距離は変わらず大切な幼なじみとして傍にいてくれている。
「ずっと一緒だったからね」
アルフはエラに手を差し出す。エラはその手を取って、エスコートされながら教室を出た。
アルフは良いところの商家のお坊ちゃんだ。魔族の国とも積極的に交易しており、魔石や魔術具を多く輸入している。
魔族は魔術が使える。土地柄、魔石や魔獣といった魔力を持ったものがあふれており、人間の国とは大違いだ。対して、人間の国は科学の国だ。様々な技術が発達しはじめており、魔術を使う魔族とも引けを取らない。
「アルフは長期休み、実家に帰る予定ある?」
学園から寮へ帰る道には、色とりどりの花が咲いている。エラはその花を見ながら尋ねた。
「ずっと寮にいる予定だよ。本当は家のことを手伝いたいけど、中途半端に手伝っても迷惑になるからね」
「そうなんだ。私とルイスは帰る予定なんだ。私は父さんが心配してるし、ルイスは跡継ぎだから顔くらい出さないとね」
「そうか……」
アルフは腕を組んで考える素振りを見せてから、こちらを向いた。
「じゃあ、俺の家には近づかないようにしてくれるか?」
「どうして?」
エラが首をかしげると、アルフは眉を下げた。
「今、うちの家が色々と大変でね。忙しいと思うから、相手をできないと思うんだ」
「そうなの? 大丈夫?」
「大丈夫。少しすれば、落ち着くと思うから」
アルフの家のことは心配だけど、子どもが簡単に手を出すことではない。きっと、エラの父親が、婚約者の家だからと助けてくれるだろう。
話を続けようとしたが、アルフが遠くに目を向けていることに気づいた。その視線を追うと、金色の髪が見えた。
「エラ、あれ……」
彼が指を差したのは、まぎれもなくルイスだった。彼は一人で帰途に着いていた。
エラとアルフは顔を見合わせうなずくと、早足でルイスのもとへと向かう。
「ルイス」
アルフがルイスの背中を叩いて、声をかける。
「お一人かな?」
エラも声をかければ、ルイスは驚いたように足を止めた。緑色の瞳を大きくする。
「追いかけてきてくれたの?」
「そうなの。一緒に帰ろう?」
エラがうなずくと、ルイスは嬉しそうに顔を緩ませた。
「うん!」
ルイスはエラとアルフに挟まれて歩く。その嬉しそうな顔は、先ほどまで一人で帰ろうとしていたようには見えなかった。
「ルイス、どうして先に帰ろうとしたの?」
「あー。用事があったんだよ」
「用事って?」
「父様に頼まれごとをされてたんだ」
「父様って、エドさん?」
「そう」
ふいにルイスは眉を触った。それを見て、エラは口をつぐんだ。――嘘を吐かれた。そう思った。
ルイスは嘘を吐くとき、眉を触る。子どものころからの癖だ。彼自身気づいていないようだけど、長年一緒にいたエラにはお見通しだった。
だけど、彼の嘘を指摘せず、エラは「そうなんだ」とだけ答えた。
寮が見えてきた。二人に向かって振り返ると、ルイスとアルフが手を振っている。
「じゃあ、エラ。またね」
エラは手を振って、一度、寮に入ると、もう一度外に顔を出した。
ルイスとアルフは何か話すと、そのまま分かれてしまった。アルフは寮の方へ。ルイスは街の方へ歩いていく。用事があるのは本当のようだ。
「ルイスがまた何か抱えてるかもしれない」
エラにとってルイスは特別だった。エラの母親が亡くなったとき、みんなに励まされると、無理にでも笑わなきゃいけないような気がした。だが、ルイスはただ静かに隣にいてくれた。泣くエラの背中をトントン、と優しく叩いてくれた。その心地良さにエラはいっぱい泣くことができた。その日から、エラはルイスを大切に思い、幸せにしたいと願うようになった。
……もちろん、幼なじみとして、だけど。彼が困っているなら、助けになりたい。
ルイスが歩いていくのを見ると、その後ろを気づかれないようについていった。
人の多い街を抜けていく。学園の近くには学生向けの店が並んでいる。放課後を楽しむカフェや雑貨の店も数多くあった。ルイスはそれらの店に目を向けることなく、進んでいく。レンガ造りの建物を抜けて、細い道に入った。
次第に人が少なくなっていく。人通りの多い道から外れているのだろう。エラもここまで足を踏み入れたことはなかった。少し怖い気持ちになりながら、ルイスの後をついていった。
知らないところまで来てしまった。まるで違う世界に入り込んでしまったようだ。
日が傾き、建物が赤く染まる。
「にゃおん」
エラはびくりと体を震わせる。一匹の黒猫が目の前を通り過ぎていった。その猫は建物の陰に消えていく。
「猫か……」
ほっと息を吐いて前を向くと、そこにはルイスの姿がなかった。
「えっ」
ルイスのいたところまでかけていき、辺りを見渡すが、彼の姿は見当たらない。
「どうしよう。ここ、どこだろう……」
ルイスを追って、ここまできたのだ。どう帰ればいいのかわからない。
あちらこちらに視線を向ける。辺りは静かで、人の声も聞こえない。足元の影は建物に紛れ消えていた。人の姿を探して歩き回る。だけど、人の姿が見つからない。不安になりながら歩いていると、どこからか笑い声が聞こえた。ほっと息を吐き、エラは声のする方へ歩いていく。
そこは酒場だった。中から男性たちの楽しそうな声が聞こえてくる。エラはそっと扉を開いた。隙間から、中を覗き見る。
「え……?」
男性客が四人。酒を片手に談笑していた。普通の酒場のように見えた。だが、エラはあるものから目が離せなかった。
ツノが生えている。男たちにはツノが生えていた。灰色がかったツノだ。
魔族は人間とは違い、頭にツノが生えている。そのため、一目で区別をつけることができる。彼らにはツノがある。つまり、魔族が人間の国に入り込んでいるということだった。
血の気が引いていく。心臓が大きく鳴り響いた。
なんで、魔族がこんなところに……。
エラは思わず、扉から手を放した。その拍子に扉が音を立てて閉まった。
「誰だ」
扉の向こうから低い声が聞こえた。コツコツと足音を立てて、こちらに近づいてくる。
咄嗟に逃げようとした。だが、姿を隠せるところがない。そのまま逃げれば、追いかけられてしまうだろう。
一歩、後ろに下がった。瞬間、誰かに肩を引かれた。エラと立ち位置を入れ替わるように誰かが前に立つ。金髪の青年だ。その横顔はよく見知った顔だった。
「ルイ……」
「やあ、お待たせ」
ルイスはみずから扉を開いて、中に入っていく。店の中から「ルイス様か!」と歓迎する声がした。
「任務の方はどうだ?」
「相変わらずだよ」
「そうか。何とかする方法が見つかればいいが……」
その声色はいつもより低く、冷淡とした響きをしていた。けれど、まぎれもなくルイスの声だ。何が起きているのかわからなかった。魔族たちとルイスは親しげに話している。彼は本当にルイスなんだろうか。
エラは深呼吸をした。この場から逃げ去ってしまいたい。だが、逃げてはいけない。
ゆっくりと扉を開く。隙間から見えたのはルイスの後ろ姿だ。彼は魔族たちと話している。視線を少しずつ上げていく。――その頭にはツノが生えていた。鈍く光る黒い、少し大きなツノ。金色のルイスの髪に紛れることなく、その存在感を発していた。
静かに扉を閉めて、その場にへなへなと座り込む。
「……どうして」
ルイスは魔族? まさか、そんなことがあるわけ……。だが、ツノが生えている。見間違いじゃない。
「嘘でしょ……」
ずっと一緒だったのに、それに気づかなかった。彼は普段ツノなんて生えていなかったからだ。
どうやってツノを隠していたのだろう。いや、それよりも……彼はいつから魔族だったのだろうか。
「僕、用事があるから先に出るよ」
ルイスの声が聞こえる。周りの魔族たちは不満そうだった。
「何だよ、来たばかりだろ?」
「ごめんね。また来るよ」
ルイスは酒場から出てくる。座り込んでいるエラを見ると、目を細めた。
「どうしたの、エラ。そんなところで座り込んで」
彼はいつものように手を差し出した。今の彼にはツノが生えていない。だが、エラはその手を取ることができなかった。
「ルイス様、どうしたんだ?」
後ろから魔族が覗き込む。エラは息を飲んだ。足が震えて立つことができない。
「人間の子どもか? もしかして……」
魔族の目が鋭くなる。前に出ようとする彼をルイスは手で制した。
「この子は違うよ。知り合いなんだ。大丈夫。あとで記憶を消すよ」
「けど……」
「大丈夫だから。店に戻って」
ルイスの指示に従い、魔族たちは店の中に戻っていく。外にはエラとルイスの二人だけ。エラは何とか声を絞り出した。
「……どうしてなの」
「ん?」
「いつから?」
ルイスはにこりと微笑む。
「エラ、立ち上がれる? 引っ張り上げてもいいけど」
エラは震える脚でなんとか立ち上がる。それを見て、ルイスはうなずくと、道案内するように歩き出した。
暗い道をルイスと二人で歩く。人がいないため、静かだった。周りはすっかり日が落ち、建物の窓からは灯りが漏れていた。少し冷たい空気を吸って、エラは言う。
「ルイスは魔族なの?」
「どうして?」
「……ツノが生えてたから」
ルイスから返事がない。
「いつから魔族なの?」
「最初からだよ」
ルイスは小さく笑う。
「僕は最初から魔族だよ」
エラはぐっと手を握り締める。
「私が魔族を怖がってるって知ってて、ずっとそばにいたの?」
エラは幼いころ、魔族に襲われたことがある。そのときから、魔族が恐ろしかった。その恐ろしさは体に染みついて、消えることはない。
目の前にいるのはルイスだ。わかっているのに、本物のルイスを頭から食べてしまった化け物が彼に成り代わっているような気がした。本物のルイスはどこかにいるんだと。……そんな都合の良いことありえないのに。
「うん。わかってて、一緒にいた」
ルイスは微笑んでこちらを振りかえる。
「そうだよ。エラの言う通り、僕は魔族だ」
いつも通りだった。……その笑顔が恐ろしくて、怖い。
「僕は魔族で、自分の望みのためにここにいるんだ」
これが震えそうだった。それでも、なんとか言葉を絞り出す。
「その望みって何?」
「エラだよ」
彼は大袈裟に両手を広げる。恍惚とした笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「僕はエラがずっと好きなんだ。子どものころからずっと……。だから、エラのことを思って、行動してきた。……僕は、エラがほしい」
ルイスはエラの前に跪く。そして、手を差し出した。
「エラ。君が好きだ。愛してる。……僕と結婚して」
ルイスは恥ずかしそうに頬を染めている。
エラにはどうして笑っていられるのかが、わからなかった。
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最終話公開は 4月20日 となります。
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