60:子どもの頃から好きなあなたと
恋人たちは、坂道を登って行く。
広場で流れる曲が、風に乗って彼らのそばを流れていく。
エルウィンの編み込んだブラウンと混ざり合った金色の髪が、太陽の光を受け煌めていている。
その隣りを帽子をかぶった黒髪の淑女は、淡いブルーのドレスで軽やかに歩いた。
二人の手はつながれ寄り添いながら、ゆっくりと風景を楽しむ様に進む。
白い花畑を目指して――。
◇◇
ノア家の待機場所は、人工的に植えられた小さな林を抜けた先、横たわる小川の中の飛び石を越えた向こうにあった。
その川の前で、
「横抱きで抱いて大丈夫?」
「よッ、横抱き、ですか?」
「お姫様抱っこともいうけれど、任せて貰えないだろうか?」
彼女は、小さな小川を見つめ、マダム、サラマンドラのドレスと華奢な靴に視線を落とす。
「そうですね、お願いルー」
そう、彼の胸元に寄り添い、小声で伝える。
その時、恥ずかしさから、彼の目を見ることはできなかった。
だから、彼女に見惚れて緩んだ彼の顔を見ることは、近い未来って事になった。
だが、彼女の腰と背中に、手をまわし持ち上げた際の、エルウィンの心躍る気持ちを伝える笑顔は、彼女の心をもほろこばさせる。
彼の首に手をまわし、彼女の口もとに笑いがこぼれ……、自然と彼の胸に頬を寄せた。
ところで……、向かうは、ノア家の待機所。
なので……、川の向こう、学校の廊下の横幅ほどの、対面の川岸にはノア家の私兵のふたり、年老いた方と、ルルカたちとそう変わらない屈強な騎士が立つ。
その彼らは瞳だけ動かして、未来の領主とその奥方を見てはいた。
エルウィンが危なげなく、彼女を抱えながら、岸へと上がると老いた兵士へと話しかける。
「エダスさん、妹たちはいるかい?」
「お二人とも大人たち宴は飽きたようで、先ほどから坊ちゃんたちをお待ちですよ」
「そうか、ありがとう」
「エルウィン様、後ですねー、ご学友の大魔法使いくんが消えましたよー。彼、飛べるからこっちはどうしょうもありませんよ」
「ああ……、アンドリューなら、立派なお目付け役がいたから大丈夫。ご苦労だったね……」
そう彼女をお姫様抱っこで抱きしめながら、彼は言う。
ルルカは顔を両手で覆いたい気持ちをこらえ、何気ない顔に務めたが……。
「そろそろ、降りようと思いますわ」
「ノア家の兄妹は、こういうの好きなんだ」
―― ?!
そう頭の中に疑問符、感嘆符が飛び交うルルカを、お姫様抱っこしたまま、エルウィンがやはり大きなテントの入口の布を手で払いのけると、その奥へとずかずかと入っていった。
「ルー兄さま、誰?」
無造作に置かれた大きなテーブルと椅子の近くに、金色に輝く長い髪、ピンクのお姫様ドレスのルーちゃんの姿の女の子が居た。
その後ろから、テントの仕切りを隔てた場所から、上の妹さんが出て来るが、彼女はエルウィンとは似ているが、やはり兄妹だろうなと思う程しか似ていない。
「ルルカだよ」
「ごきげんよう、ルルカ ヘイゼルですわ。よろしくね」
彼女はやっと地面に足をつけると、小さくかがみそう挨拶した。
「アイリス ノアよ、よろしくね」
「ごきげんようクレア ノアです。ルルカ様……兄がご迷惑掛けていませんか?」
お姫様抱っこの様子を見られたのだろうが、喜ばれるより心配されてしまった。
「いいえ、そんな……、エルウィン様にはいろいろ助けていただいていますわ。こちらこそ、迷惑をいろいろと掛けてしまって……」
「どんどん、使ってください。 その方がきっと兄は喜びます」
中等部ほどの年齢だろう彼女は、随分大人びた感じで、そう話した。
きっと、エルウィンほど彼女も優秀なのだろう。そんな面や、兄妹だからこそ、兄の彼について他人とは違う見え方があるのかもしれない。
ヘイゼル家でも、優秀であるとされるアッシュに、ルルカが何かと口うるさくなってしまうので、優秀な兄を持つヘイゼル家と、ノア家の様子は、案外似ていると言っていいのかもしれない。
似た所のあるクレアに、ルルカはにっこりと笑いかけると、中等部らしいはにかんだ様子で、少しだけ戸惑い、控えめににこりと笑い返してくれる。
「クレア……、俺は……」
「はい、これを取りに来たのでしょう? 頑張ってね。ルーにぃ」
珍しく、口ごもるエルウィンに対して、クレアはお弁当箱が入りそうなほどの巾着を、後ろの籐の籠から出してくる。
彼女の言葉に答えるように、エルウィンは口角を上げた。
その隣で、ルルカの前に立つ、アイリスに彼女は質問攻めにあっていた。
「お姉様は、お姫様なの?」
「伯爵の娘ですわ。私とっては、アイリス様の方がお姫様に近い方ですよ」
「え……アイリスは、騎士になるのよ。そしてルー兄さまとずっと一緒にいるの!」
そう話していたアイリスが、エルウィンとクレアの話の流れに気付く。
「ルー兄さま、また、どこか行っちゃうの?」
「あぁ、裏の丘に行くだけだから、すぐ帰ってくるよ」
「わたくしも行くわ。ついて行ってあげるね」
妹のアイリスは目をキラキラさせて、屈んだエルウィンにニコニコ笑顔をみせてそう話す。
――アイリス様は、なんてルーちゃんそっくりなの……。
アイリスの方が彼の子どもの頃より、末っ子であるからなのか自己主張が強いが、エルウィンが元気になる過程を知らないルルカにとって、似ている事もさることながら、元気に飛び回っているアイリスの姿は、ルーちゃんにもこんな元気な時期があったのだろうなと思わせるに充分で感無量だった。
「アイリス、貴女がいないと魔法使いのアンドリュー様が帰って来た時、悲しむわ。お菓子を食べて貰うんでしょう?」
「魔法使いのアンドリューさま……、一人でお菓子食べれないって言って泣いちゃうかもだねぇ?」
「そうね。きっとアンドリュー様は、えんーえんーよ」
「さすがに、アンドリューも……」
そう、エルウィンが言葉にした時、クレアがその美しい青い瞳で、彼を射抜くように見つめ、彼の言葉を止めた。
そして止められてしまった兄のエルウィンはルルカを見て、彼女も彼を見返す。
「アイリス、アンドリューを頼むよ」
「ええ、そうですわね」
ルルカも、彼の顔を見上げ同意する。
――あんなに、ルーちゃんそっくりなら、きっと三人で本当の兄妹同然に仲良くやれますわ。そんな温かさが、ノア家の兄妹から感じ取れた。
そしてルルカたちはノアの休憩場所である待機場所のテントから出ると、その横を通り細く、小高い丘へ続く道を歩いた。
◇◇◇
その丘には、カモミールの花が咲き誇っていた。
上へ行くための細い道を上がると、わずかばかりの花の咲いていない場所があり、広場で使われていた色鮮やかな布がひかれている。
そこへ二人が座れば、まわりを囲む木々、その向こうのぽっかり空いた広場はさっきまで二人が居た場所で、その中央にあった、大きな心優しい木が見える。
そしてその向こう、庭園と街を隔てる壁の遥か向こうに、ルーフェンの政治の中枢である、この国を治める王の住む城が見える。
「覚えているかい?」
彼は一人、席を立つが、彼女も立ち上がり、彼の今後の様子を見守る。
「君が花を持って、俺のいるベットへ来た日のことを……」
◇◇◇
山の花畑は、街で見かける花々の様に大輪の花は咲いてないけれど……。
元気になったルーちゃんと、遊ぶには十分で、花の冠、花の指輪をつけて遊んだ。
すみれ、たんぽぽ、オオイヌノフグリ、ナズナ、ハルジオン、オオアマナ、その場所は花畑くらいしかなく、そして花には事欠かなかった。
そんな短い時間の思い出は、季節の変わり目と共におわりを告げた。
――私は寂しかった。凄く寂しい日が続いたある日、ルーちゃんの元へ花を持って出向くことにした。
だって……、今は同じ家で、姉妹の様に一緒にお爺様の工房に住んでいるのに……。
――会えない事、それってとってもおかしいわ。
だから……。
「ちょっと庭を見て来るわね」
「ルルカ様、あの方は病で臥せっておられるのですよ。ですから、窓から声を掛けても長い時間は駄目ですよ。わかりましたか?」
「え……っと、わかったわ。でも、お花、お花は持って行っていい?」
ルルカは山の生活で、少し足腰を痛め座っているばあやの膝に、手を置きそうお願いした。
「どうでしょうね……、リラックス効果があるといいますが……。薬草のことについては、とんとわかりませんから」
「普通の病気なら問題もあるかも? でも、ルーちゃんの病気は魔物と魔石と関わりがあるから、きっと大丈夫よ!」
「困りましたね……。お嬢様にも……」
ばあやはそう言ったが、行かせてくれた。
◇◇
その日、やっぱりルーちゃんは、外を見て過ごしていた。
そして、窓の外に居るブラウスと紺のスカート姿のルルカを見て、とても驚いていた。
工房の物置に収められた梯子に登り、汗だくで彼女が登場したから――。
コンコンって、窓をノックする前から見ていたみたいで、梯子をかける前から窓を開けてくれていた。
「危ない! 止めて!?」と、言って止める言葉を、小声で窓から身を乗り出しルーちゃんは言っていた。
でも、その言葉を聞いてなお、彼女は考えを曲げない。
その姿を見て、最後は根負けしたように……。
「良くないよ……」と、窓枠の所に立ち、彼は梯子で登って来る彼女に言ったのだった。
窓から入室した彼女は、手を前に出して「寝て! 寝て!」と、慌てたように彼に言う。
そして、しぶしぶといった感じの横になったルーのベッドのふちに、ルルカは腰を掛けた。
「あのね、ばあやが病気の人に無理はさせてはいけませんて」
彼女の足は、左右忙しそうに揺れていた。
「うん……」
「だめ、病気の人は寝てなきゃ……」
そう、ルルカは彼の顔を見て少しだけ、強い口調で言っていた。
「だから、思うの私がお母様の様に寝かせてさしあげれば、居てもいいのじゃないかしらと?」
ルーの顔は驚いていた。呆然としてるって言った方がいいかも?
しかし一緒に居たい、ルルカは話を続けた。
「さぁー寝ますよ。ルーちゃん」
そう言って、彼女はベッドに乗り込んで来る。
だが、不意に動きが止まり、たすき掛けに下げていた大きな白いバックに手を突っ込み始めた。
そして次々、出て来るお気にいりの本が枕元に積み重なり、そして丈夫な白い木の箱を取り出す。
彼女はその蓋をまるで、お弁当の蓋を開けるようにパカッと開ける。
そしてその中へ手を突っ込むと、白い花、カモミールの雨を降らせる。
しかしその雨はすぐに尽きたようで、彼女は箱をひっくり返し、横に寝かされたルーの上に出の悪い花吹雪の様にふらせた。
「凄い、いい感じ。絵本の挿絵みたい。見せてあげるね。これ」
そう言って、横になっているルー彼女は可愛い挿絵のページを開いて見せる。
「きれいだね」
ルーは言う。挿絵の中のヒロインの様に優しい笑顔で……。
「話しちゃだめなのに……」
けれど、明らかにルルカは不機嫌になる。
「寝言だよ。寝てても寝言くらい言う。いいよね」
凄く、眉間に皺をわざわざ作ったような顔に、彼女はなった。
そしてベッドの上のカモミールを幾つかどかして、ベッドの頭の所へ置くと、代わりに彼女が横になった。
「それじゃ、良くならないでしょう。私は心配よ。ちゃんといい子で寝るのよ」
そう大人ぶって彼女は話す。
「じゃ、絵本を読みますよー」
そう言って絵本を読み出す。
絵本は、時々つっかえて、「これなんて読むの?」と、聞いて来るが目が合うと、ゆぅーっくり本を目の前に戻すと、飛ばして読み始めた。
でも……、気付くと眠っていたようだった。暗い部屋のベッドの中で、自分のベッドに一人で眠っていた。
そして、フレット父に呼び出され、その後、何回か会えただけで、ルルカは家に帰る事になり。あの時の事は、時々思い出すだけの思い出となっていた。
今まで……。
◇◇◇
『君が花を持って、俺のいるベットへ来た日のことを……』
そう彼は言った。
「覚えてますわ。侍女に初めてノア家とカモミールの話を聞いた時、真っ先に思い浮かびましたわ」
「カモミールの話を、俺はあの頃には、すでに知っていた」
「えっ……」
思わず、顔が赤くなる。その時はなく、彼も求婚だと思わなくても、子どものエルウィンにそんな意味合いのある花をプレゼントしただけではなく、そのお花をベッドの上にまいたり、病人である彼のベッドでそのまま寝てしまったり。
考えれば、キャパオーバーになってしまう様な事ばかり思い浮かぶ。
「ルーって愛称だけ伝えて、素性を明かさない俺……、当時の君の中のルーは、ただのルーで、ただの友だちの俺だった。
そんな俺に良くするルルカ、君が俺にとっては不思議だった。
月日が経てばわかることもある。あの山奥に建ち並ぶ別荘。君は俺と同じように寂しかったのだろう。
けれど、実家にいる時と、状況はかわらなかったのに、あの優しい花の香りに埋もれたなかで、俺が幸せだったのは、そばに君が居たから……。
治った事はとても嬉しい事だけど、俺が、君を好きになったのは、そのせいだけではないと、……君に知って貰い買った。
俺の遠い先祖の勇者が、ここで好きな女性にこの花を贈ったように。
子どもの頃から好きな君に、この白い花を贈るよ。
何があっても永遠にいられますように……と」
そう言って、彼が集めた白い愛らしい花たちを花束にし、袋から取り出したリボンをかけ手渡す。
「ルー、ありがとう……凄く嬉しい……物語の中のお姫様になったみたい」
そんな素直に喜ぶ、彼女を大切な宝石の様にエルウィンは眺める。
そして鼻と鼻が触れそうなほどに、彼らが顔を近づけた時、ルルカは髪から一輪、白い花を取り、彼の前に差し出した。
彼の恋人は化粧を施され、淡いピンクの口紅をさしている。
いつもと違い、艶やかなエメラルドグリーンの瞳は、熱っぽさを増して恋人を見つめている。
「あの……エルウィン様、今日の午前中、今までにないほどのポーションが出来たのです。
だから……私は少しだけ今までと変わり、新たな力を手に入れたような気がします。
貴方といれば私は変われる。
より良い方に貴方と歩みたいのです。
だから……
私と……結婚してくださいませんか?
今まで、私の気持ちを伝えていなかったから、……ここへ来る馬車で言おうと思っては、いたのですが……ふふふ」
彼女は馬車の中で、子犬の様にちぢこまっていた、彼女の師匠の大魔術師を思い出し笑う
その時、彼の手が貴重な宝石に触れるように、両手をその柔らかな頬にそえていく。
片手の親指で彼女の唇をそっと撫で、彼女とひたいとひたいを合わせた。
鼻先がぶつかり、彼はそれをかまわぬように愛しい彼女を見る。
二人の唇が重なる前に、花畑に風が吹き、愛し合う二人を白い花の花びらが覆い隠すのだった。
◇◇
「アッシュ、あの二人はどうしたのよ?」
セロッティーが、少し不機嫌そうに話す。
彼女は、ルルカの前に侯爵令嬢が現れた特、自分が出ることをフロートに止められ、アッシュを呼びに行った事への不満がまだ残っているようだ。
何故か、居ない妹の代わりに錬金術同好会の連中につかまり、お茶をしながら途方にくれながらも、「実質、これはエルウィンとルルカの婚約お披露目会なのだから、公私とも忙しんだろう? いろいろとな」と、彼は面倒見良く、相手をしていた。
「アッシュ、貴方の鞄、なんだかとってもうるさいのだけど」
その時、サリアはアッシュにそう呼びかける。
彼は腕を組んだまま、彼の鞄を眺める。
そして、妹の胸にさげるペンダントのペアーの装置が、脈拍を測る機能までそのままに。入れられている事を思い出した。
彼は腕を解いて、机に両肘を置きそのまま前髪をかきあげた。ふぅ……と、息を漏らす。
「どうしたのアッシュ?」
心優しき妖精は、顔を寄せそう聞いた。
「アレ……を入れぱなしだった」
「……あぁ…………そういう事? ほんと、貴方たち兄弟は本当に似ているわね」
「まだ、エルウィンと僕は兄弟じゃないよ」
「でも、すぐよ。それに……今の言葉はのろけに近いものなのよ」
そう彼女は、珍しく妖精の様な笑顔でいうので……。
「また、惚れそうだ」とアッシュはつぶやいたのだった。
終わり
見てくださり、ありがとうございました。
私の予想を大きく上回り、見てくださり毎日驚いていました。ありがとうございます。
また、いつかよろしくお願いします!




