58:波乱のガーデニングパーティー
午後の王室の庭園でのガーデニングパーティーで、各方面への婚約前の挨拶をしてまわる二人。
「ルルカ、喉が乾かないか?」
「そういえば……」
ワルツを踊ってはいたが、それよりも立て続けの 挨拶まわりで、喉を使っていたので、喉を潤す飲み物が飲みたいどころだった。
しかし見かけるベレー帽をかぶった、白いユニホームのウェーイターの多くは、お酒やワイン、コーヒーなどを運んでいる。
そんな彼らが行き着く先は、広場の北側に設置された白いテントのようだった。
「貰ってくる」
「私も行きますわ」
「いや、中は混んでいるかもしれない。ドレスでは大変だし行ってくるよ」
そう言って私兵の隣へ彼女を置いて、テントの中へ入っていく。
「まぁ……」
彼女の耳には、先ほどから、女性たちの二人の事についての囁く声が聞こえていたが、『まぁ……』と言う言葉と共にその声は途切れた。
ルルカと同じ色のドレスを身に付けた、煌びやかな美女を中心として、脇に一人ずつ女性が、ルルカの目の前に現れたのはそのすぐ後だった。
「不敬でなくって? 許婚のいる方が、エルウィン様に飲み物を取りに行かせて?」
「あら、フリージア様、その男性は違う方と婚約をされましたわ」
「ですが、その方も伯爵の地位を剥奪されたとこか……良かったですわね。ヘイゼル様」
フリージア スズエラ様は侯爵の令嬢で、彼女の父は広大な領地を治め、王室で政治を司る者として高い地位を持っている。
彼女自身も艶やかなブロンドの髪を豊かになびかせ、その美貌を誇示するように微笑む。
そして彼女に寄り添う二人の令嬢は、いずれもスズエラ領の近くの土地を治めている伯爵家の令嬢だった。ある程度の武力を確保したスズエラ伯爵の、庇護にある伯爵家と言っていいと思う。
そんな二人は、フリージアに寄り添いクスクスと笑っている。
「そうですね。ですが……、フレット様自体に罪はありませんわ。彼も騎士です。悪い風評を広める事は、止めていただけませんか?」
「まぁ、彼の事まだお好きですの? 捨てられたんですものね? 好きって気持ちに決着が付けられないのもわかりますわ。ですが……、そんな気持ちで、エルウィン様のまわりをうろうろなさらないで? 伯爵風情が……」
フリージアは前に乗り出すようにして、扇子でルルカの顎をクイっとあげた。
ルルカは冷たい目で彼女を見つめ、唇を噛み締め、彼女を見下ろす。
「レディ、御止めください」
そう言って止めるが、彼も私兵の立場で、侯爵令嬢の彼女へ触れる事もはばかられるようだ。
その時、侯爵令嬢フリージアの扇子が、芝生の上へと勢いよく落ちる。
「何なさるの?!」
フリージアがさっきの姿勢のまま、ルルカをキッっと睨み、噛みつくように吠える。
「フリージア様、今の私の立場はわかります。
そして貴女様は、未来の私の立場をわかってらっしゃいますか?
私はエルウィン、彼と並び立ち、まだまだ未熟でありますが、彼を支える立場に立つと心に決めました。
今はしがない伯爵令嬢ではありますが、その名誉とプライドを持って、彼への私の愛に偽りも、一つの迷いもない事を断言しますわ!」
ルルカは、ドレスの奥のペンダントに触れ、そう断言した。
しかしその手は、小刻みに震えている。
正解はわからない。けれど、このまま未来の公爵であるエルウィンの妻が、侮られる事だけは避けなければいけない事態だった。
彼女の必死な抵抗は、目の前のフリージアの心に怒りの炎をそそいだ様で、美しいその顔を歪めこちらを見ている。
それに反し、後ろの令嬢たちはまだ冷静なようだが、言葉に詰まったように、「フリージア様、大丈夫ですか?」「フリージア様」と彼女の名前を連呼していた。
「まぁ、楽しそうなお話ですわね」
可愛らしい薄いピンクのドレスを身に付けたアイシアが、人混みから現れた。
きれいに結われた金色の髪と、金色の瞳、人形の様に愛らしいが、彼女は辺境令嬢で……凄く迫力がある。
その後ろで、黒いスーツのイドルドが、二つのジュースを手に持ち、物見遊山な雰囲気を出しながら、右手に持つアイスティーを飲んでいる。
「何故、貴女が出て来るの?」
「ルルカと、私は親友なのよ。参加しない手はないじゃない」
「だからって!?」
そう言った彼女は、その右側に立つ令嬢から左の令嬢まで、アイシアに視線を向けらてたのちに、フッ、と鼻で笑われている。
最北の地ネリアス領を治める辺境令嬢のアイシアの父と、魔物の住む深い森を挟んで、隣り合う領土を持つスズエラ領のフリージアの父は仲が良くない。
理由はスズエラ側の領主が、魔物の森の魔物を放任し過ぎるせいだと聞いた事があるが……。
南の地のへイゼル領、首都ルーフェンにまで詳しい話は流れて来ないので真相はやぶの中であった。
「それに……、伯爵崩れのソイツ? うちの辺境騎士団に加入したのよね……。
失礼な奴だけれど、うちの飯を食う事になった。
北の地へ死ぬ覚悟でうちへ来たのなら、ネリアスは働き相応の態度を示すわ。
だからソイツについて、何か文句がネリアスへ、うちが責任を持っているわ」
「まぁ……飯ですって……」
エルオラの取り巻きの伯爵令嬢が、不用意な言葉を投げかける。
その途端、会場の空気が凍る事になった。
北からの魔物たち進軍を止めているのは、ネリアス家。
政治に疎いとか、そういう問題ではなく、貴族であっても魔物の進行については、生命にも関わる問題だった。
だから……、口をすべらせた彼女の口の前に、フリージアの手袋の付けられた手が塞ぐ。
「ごめんあそばせ。もう行くわ。けれど……、エルウィン様は将来有望な方で、伯爵令嬢如きの覚悟やプライドでどうなる方ではないのよ?」
そう言い捨てて、逃げ去るように彼女は、その場所を後にしようとしていた。
けれど、前を見て居なかったせいで、女性にぶつかりそうになる。
そして……その彼女を庇った人物は、兄のアッシュだった。
――ン、ンン? サリア様……?
そして庇われた人物こそ、妖精のうつしみ様だと名高い公爵令嬢サリア様だった。
旧貴族派と新鋭貴族派の仲を取り持つべく、新鋭貴族派とまでは、歴史の浅くなく、首都ルーフェンに向かう際の要の土地に領地を構え、均等を欠くとどちらの貴族にも不利なるだろう貴族だった。
フレット アルセスの一族を仲介として、旧貴族派のルルカと兄、新鋭貴族派のリスレイを弟と婚姻を結ばせ、今の対立関係を終わらせようと画策しなければいけない損な役回りを名門故に引き受けざる終えなかったジョフ ハルバード様の孫娘。
子どもに恵まれなかった長男が、若くして亡くなったのちに、ハルバート家のあとを継ぐべく、養子縁組をし、ハルバート姓になったお孫さんの一人の彼女が……。
――何故、兄と一緒に……?
よく見ると、その斜め後ろに正装姿のフロートが立っている。
「君は……、フリージア スズエラ、スズエラ家の御令嬢が僕の妹に何か用かな? もしかしてお友だち?」
兄は思ってもいない事をフリージアに聞くが、もっと怖いのはアッシュの隣に立つサリアだった。
彼女はその美しい容姿で、アッシュの腕にしがみつき、射る様な目でフリージアを見つめていた。
一目で只ならぬ関係だと、周囲には理解できる。
なら、ここで失礼があれば、彼女を溺愛していると言われる彼女の実家は出て来る。
ハルバードの名前を継いだ孫同士の結束が固ければ、そちらも出て来る可能性は十分ある。
アッシュ的になんとも、かっこ悪い事になるが仕方がない。
実際、アリサは妖精みたいに可愛いし。
「いえ、そんな……」
あれだけ、威勢が良かったフリージアが目を背け、体を小さくしている姿は滑稽だったと言って良かった。そんな視線を感じ取るのには十分で……。
「ごめんあそばせ!」
そう声をあげて、スカートを手でつまみあげ、彼女はその場から退場した。
サリア様は逃げ去った彼女をしばらく見つめたのち――。
「アッシュ、どうなさったの? 駄目よ。女の子をいじめては……」
「いや、俺は何もしてない」
「そうかしら? 貴方、昔から妹さんの事になれば人が変わるから……」
ルルカの兄は、妖精の様なサリア様に怒られている。
その様子を見ていたルルカの隣に、エルウィンが随分汗をかいたアイスティーを持ってたっていた。
「ごめん。見ていた」
そう言って、アイスティーを差し出す。
「……そうね。そうい事も必要かもしれないわね……」
そう言い、過去を思い出したルルカは、少し反省していた。
社交界へ入れば、女性同士の争いは学園内でよりは多くなる事だろう。
「で、どうでしたか?」
グラスを受け取り、彼の瞳の奥の考えを探る様に見つめる。
「それが、女性関係の関わり方についてはあまりわからなくて……、それでも話せる事言えば、酷な事を言うと、やはり君が守られるだけの人でなかった事は嬉しかった。
社交界は政治の世界で、嫌な面もあるが、良さもある。
その舞台をこうやって、共に歩きたいから……。
ただ、気になったのは、俺も支えられるだけの人間じゃない。
だから、君の背中をあずけて欲しい。
全てではないが、君の窮地や、君が望めば必ず助ける。それだけは忘れないで欲しい」
そう言った後、彼は照れたように前を見つめた。
アイスティーを手に持つ、彼女の唇に笑みがこぼれる。
頬を少しだけ赤く染め、景色の遠くを眺めるエルウィン、そんな彼女は袖を引っ張り「ふふふ」と笑う。
そしてルルカは、アイスティーのコップを彼に取られる。
そのまま、ふたつのコップを隣の私兵へと手渡す。
私兵とルルカの頭の上に、多くの????が浮かび出す。
次の瞬間、頬を両手で支えられ、唇にチュッとされる。
「あら、兄弟でそっくり」
「僕は、エルウィンとは血を分けた兄妹じゃない」
「「まぁ――」」
「わぁ!? わぁ!?」と、聞こえた。
最初はサリア様で、最後はフロート様だった。
そしてイドルドから、グラスを受け取ったアイシアがやって来る。
「エルウィン、そのキスもパーティーの余興なの?」
「いや、人は幸せ過ぎると歯止めが効かない事を今、経験している……」
「あら、そう?」
アイシアの質問に、彼は至極真面目に答えている。
ルルカはやはり目を見開いて見て居るが、イドルドはクックックッと笑いながら「わかるよ」と答えた。
「エルウィン、そういうのは俺にもわかるが……」
そう言ったところで、淡い色合いであるが、森林を思わせる色の細身のマーメイドドレス姿のサリア様が、落ち着いた声で「そうでしわね……」とういうので、「そう、あるにはあるんだ」とうなずき「行こうサリア」と言って照れ隠しなのか、アッシュ人混みの中へ向かっていく。
ルルカはサリートを兄が連れている手前、声をかけるにかけれず見ているだけ。
しかし、いきなり兄は振り向き――。
「ルルカ、サリアは僕の妻だ」
「…………」
一瞬、ルルカが不意を突かれ内に、兄たちは人混みの中へと消えて行く。
「ルルカのお兄様は、やはり面白い人よね……」
そういう、アイシアの言葉はルルカの耳には聞こえないようだった。
続く




