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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
木染月に君を知りて

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55/58

55:魔法使いは来ないけれど

 公爵家であるノア家主催のパーティーがあるその日、数多くのゲストが招待された。


 その会場が公爵家の敷地ではなく、郊外の王室の庭園で行われることで、その規模の大きさがわかるだろう。


 だから……、多くの貴族は何か予感めいたものを感じつつ、そのガーデニングパーティへと足を向けるのだった。


 昼食の時間をとうに過ぎた時間、馬車に乗るエルウィンは悩ましげに馬車の外の景色を眺めていた。


 長い脚を投げだす様に座る彼。


 今は港で空飛ぶ大蛇【ヤクルス】の討伐に際し、功績を称える目的として。


 不穏な今を照らす、王国の勇者の象徴の役目として。


 従騎士としての身分を得ていた。


 望めば、それ以上の立場を得る事だ出来ただろうが、旧貴族派と新鋭貴族派の因縁が落ち着いた今、新しい仮想敵となってはたまらんと、ノア家現当主、彼の父が、断固反対を貫き、エルウィン自身もそれに同調した事から、その地位に落ちつく事のなった。


 その為、彼の現在の装束は、剣術部の白かった制服は貴金属品を一度全て取り外し、黒く染めあげられ、正式な騎士の制服となっている。


 騎士の漆黒の制服は、エルウィンの細身ながら、引き締まった体形の筋肉の発達や、たくましさを引き立たせる効果をもたらしていた。


 黒の手袋をはめ、編み込まれた髪をまとめるために、白いコサージュが巻かれている。


 手袋はルルカから、一番よく出来たというポーションと共に従騎士となった祝いに、コサージュは妹たちにお揃いのものを、とせがまれ身に付けている。


 そして彼が、ため息を一つ、つく。


 ――ルルカのパートナーとして、初めてのパーティーへの出席。

 彼女のドレス姿は見たいが、その姿を独り占めしてしまいたい。


 そんな小さい自分が腹ただしく、そしてそれが正しい感情の使い方だろう。


 彼は少しだけ口もとが緩み、まだ見ぬ彼女の姿を思った。


 ◇◇


 しばらくして、ルーフェンのカサブランカ近くの郊外側へ行き着く。

 この街にしては自然が多く、平民の住宅街にほど近い。


 一族で農園を営みながら、ノア家の当主は代々、王国内で要職を務めて来た。


 そんなノア家のルーフェンの別邸が、人々の様子を目に入れやすい様、街の中心近くに建てたいるように、錬金術師の仕事に代々携わるヘイゼル家がここを選んだ理由がアッシュと、ルルカを思い浮かべればわかる気がした。


 そして馬車が止まると、彼は御者の登場を待たず、扉の取っ手を掴む。


 エルウィンが、その家の玄関のドアノッカーを叩くまでには、それほど時間は必要なかった。


 ◇◇


 ――エルウィンは、わざわざ別邸まで訪れてくれる。


 そんなワクワクとした気持ちで眠れなかったルルカに、メイド達はポーションを勧め、彼女は首を振った。


(わたくし)、王室内の工房へ就職しますもの、要人の方々とすれ違う事は日常茶飯事でしょうし、エルウィン様との事で、眠れぬ日ごとにポーションを飲んで居れば、彼が魔物を討伐へ行く際などは、いくらあっても足りませんわ」


 そう言った時、ルルカの部屋にノックの音が響き渡った。


 続いて、「ルルカ様公爵家、御嫡男エルウィン ノア様がお目見えになりました」と声が続いた。


 ポーションを一瞬眺めはしたが、「はい」と言って扉の方に向かおうとした矢先、次々侍女に止められる。


「ルルカ様、ドレスの着用がまだです!?」 

「ペチコートままでは……!?」


「普段より着こんでいたので、うっかりしてましたわ……」


 彼女は自分の体を覆っているコルセットと、ペチコートを鏡越しで眺める。


 ――白い下着が積み重なって、これでは可愛いとも、美しいとも思っていただけませんわよね……。


 そう考えている時に、外から声が聞こえてきた。


「お客様、応接室でお待ちになるそうです」

「ありがと、ルルカが謝っていたと伝えて」

「承知いたしました」


 その声と共に足音は去って行き、ルルカは安堵の息を漏らす。

「どうやら、私たちの声が聞こえてしまったようですね」

「あ……、そう言えば、(わたくし)たらこんな日に限って……」


 ――けれど、エルウィン様は来てくれましわ。


 彼女の頬は、ほんのり赤く染まっていた。


「では、お嬢様、コルセットを締め上げますよ!」

「えっ、はい!?」と言った途端に、後ろへ引っ張る力が加わり、思わず「うっッ」息が止まりそうになり、思わずベッドの柱を掴んでいた。


 そしてたくさんの手に助けられ、彼女は挿絵で見た美しい南国の、淡い海の色のドレスを着ることができた。


 銀の色の刺繍が刺されていて、思わず海のさざ波を思い浮かべる。


「素敵ね……」

「きっとノア様も褒めてくださいますわ」


 フレイの言葉を聞いて、ルルカは彼女を見つめた。


 こんな時、少し前までは彼女は家族の名前は口にしていた。


 それでもルルカが許婚のフレットを思いだし、悲しげな顔をしていたからか、いつか『褒めてくださいますわ』とは言わない様になっていた。


 ――だから、今の状況が素直に嬉しい。


「フレイありがとう……」


 今回、従騎士となったエルウィンの祝いを大々的には行わることはないが、誰かの思惑であるように、明るい話題として勇者の末柄の彼の快挙を印象付けたいそうで、漆黒騎士の制服を着用することになった。


 そのために、サラマンドラの店で、製作していた揃いのドレスは今回、身に付ける事はできなかった。


 けれど、サラマンドラの店の既製品の一点のドレス、アクセサリーとが招待状と一緒に送られて来ていた。

いろいろ発覚した師匠のペンダントは、公の場では……人々の噂の種となりそう、防犯のために必要って事でチェーンを少しだけ長くして今もこっそりつけている。


 エルウィンのその一つ一つの気遣いが、臆病になりがちな、彼女の恋する気持ちを後押ししていた。


 そして仕上げのお化粧だったり、つばの長い帽子をかぶらされ、緩く編み込まれた黒髪の見える場所には、カモミールの花が髪に飾りつけられる。


 朝摘みの柔らかな花の香りが、ルルカを包み込んでいた。


「カモミールは、やはり良い匂いね……」


「ルルカ様、このカモミールはノア家とって婚姻を意味しています」


「へぇー……、えっ?」

 鏡の中のルルカは目を真ん丸にして、鏡の中のフレイを見ていた。


「家令の話では、ノア家の方々は、カモミールに結婚の暗示を忍ばせ送る習慣があるそうなのです。ですので、決してパーティー会場で、粗末に扱いませようお気をつけください」


「……フレイ……、女の子がノア家の男の子に……、カモミールを送った場合はどうなるの?」


 少しの沈黙の後、ルルカはフレイに鏡越しに聞いてみた。


「可愛く絵になる話でありますが、今回のカモミールついても儀式的な効果が大きいという話でした。


 カモミールについても、知らなければそれまで。


 けれど、知っていれば、それだけの情報網を持っている事がわかります。


 王、貴族、平民問わず、情報網は必要なものですから……。


 そして男の子がエルウィン ノア様といたしますと、あの方にも立場がございますし、そしてあの美丈夫なお姿です。


 カモミールに意味を持たせるのは、手渡した女の子が特別な方だからだと思いますよ。


 普通に考えて、全てのカモミールを断ったり、送り返す作業は骨が折れますからね。


 プレゼントなさりたいですか?」


 そう侍女のフレイは、笑顔でルルカに答える。


「そうではないけど……、大丈夫聞いてみたかっただけよ」


「そうですか? 私は別の馬車で参りますから、今から調達しても間に合いますよ?」


「大丈夫よ。送る時は、(わたくし)が選ぶ事にするわ。……完成?」

「はい! その美しいお姿でパーティーの花になってくださいまし、私たちのお姫様……」


 そう言うとフレイを筆頭に、侍女たちは頭を下げた。


「わかりましたわ。貴女方の働きに恥じない、働きをしてまいります!」


 そう彼女は熱い意気込みを伝え、スカートを手袋をつけた手でつまみ、少しだけ裾を広げると、大きな鏡で右、左とワルツのステップを踏む様に、全体の動きを確かめる。


 そして次は背中側を鏡に向けると、同じ様に裾を広げて背中の生地の様子を確かめ、貴族の格式に関わるワルツに万全に備えた。


 そして侍女一同の前に立ち、彼女たちの顔を一人ひとり見つめると、背筋を伸ばしカーテシーを優雅にしてみせた。


 侍女たちの感嘆のため息と、声の中を、ルルカは少しだけ足早になりエルウィンの待つ応接室へと向かっていったのだった。


 続く


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