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子どもの頃から好きなあなたと  作者: もち雪
木染月に君を知りて

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47/54

47:君と俺の過去

 午前中に仕込みをした鍋が、目の前でグツグツと音をたてて煮えている。


 香料のカモミールの甘い香りが部室に漂う。

 そんな中、ポーションの素材に絡み合う魔力を、少しずつ増やしていく。


「ルルカ頑張れ! お前は、俺様の一番弟子だから出来るはずだ」


 アンドリューは、持って来たタロットカードを机の上に広げていた。その斜め前で、エルウィンがノートに書き物をしている。


「うちは、なんの同好会になってしまったのかしらね?」


 そう言って嘆くセロティーが、その手に赤みがかったオレンジの液体が並々と入ったビーカーを持ちやって来て、アンドリューの隣に座る


「うーん、それよりあたしが、故郷に帰っているまに、随分まともそうな先生が赴任してきてたんですね」


 そう言って、鍋を眺めていたミルティーは、エルドラを見た。


 彼は微笑みたたえ「いえ、先生ではありませんよ」と穏やかに言ったが、笑いを誤魔化しているようにも見える。


 午後になってやって来た彼は、アンドリューからルルカの事を引き継ぎ、鍋の中の様子を見てくれていた。


「いいです! その調子ですよ」

「はい……」


 鍋の中から生まれ出た、光の粒が空中に拡散されていく。


「わぁー綺麗」

「部長! もしこの光の粒がずっと流れてでていれば、爆売れですよ! 爆売れ!」


「計画通りだわ!!」


 そうわーい、わーいと喜んでいる。


 とても微笑ましく、彼らの元気さがポーションへ封じ込められたなら、きっともっと元気になれるはず。


「できました」


 そう言うと彼女は、料理用のお玉でアツアツのポーションをすくい出し、ビーカーに注ぐ。


 エルドアを見ると、アンドリューのタロットカードの空いてる場所へ、やや、無理やりってかたちで、両手を広げたほどの革製のアタッシュケースを置く。


 そこからコルクの付いた試験管を一本取り出し、ルルカのポーションを、熟練された感じの器用さで入れていく。


 それをお玉を両手でもっているルルカが、緊張した面持ちで見つめていた。


「王室の工房でポーションであるかどうか、確認してまいります。その前にアンドリュー君、魔力量を見て貰えるかな」


「うーん、魔力量はこんなものかな? 普段のルルカの魔力の限界までに至らないが、そこへ至るまでは努力の積み重ねだからな」


 試験管を受け取り、光りに透かすようにして、そう結果を告げる。


 次は手を差し出していた、エルウィンに手渡す。


 それをエルウィンは易々と蓋を開けて、自分のティーカップに注ぎ、ごくりと飲んだ。


「あぁぁーー……」

 ルルカは悲鳴と共に、彼のもとへと向かった。


「エルウィン様、王国錬金術師の方々の検査が終わっていないのに、飲んではだめですわ!?」


 彼女は、彼の顔色を見て、「なんともありませんか?」と声をかけ、そして脈をはかろうと手を取った。


「ごめん、ごめん、大丈夫だよ。ほらこの通り」


 ルルカの握った手に、彼の手をのせてそう言った。

 仲の良い恋人同士であるので……。


「で、エルウィン様どんな感じですか?」


 エルドアは注意を忘れて、こらえきれないように彼に問い掛けた。


「そうですね。俺はヘイゼル領地の上級ポーションしか使った事はないですが、体力の回復という面ではいい線はいっていると思いますが、それを越える事はないって感想ですね」


「おお、そうなのですか!」


 懐から手帳を取り出し、書き留めていく。

 それを胸に納めると、アタッシュケースを手に持ち。


「では、君たちの意見をもとに、判断してもらうとしよう。引き続きポーション作りを頼むよ!」


 そう言って足早に、同好会の部室の扉に手を掛け、扉を開けて出て行った。


 ◇◇


 夕闇が深まるなか、ほとんどの部員が帰宅した後の部室で、ルルカは年輪が刻まれたまな板の上で、根っこの様なものを切り刻んでいく。


 トントントンと、小気味の良い音が響く。


 その時、ロッカールームの扉が開き、エルウィンが汗をタオルで拭きながら入ってくる。


「あっ、エルウィン様お帰りなさい。今、ちょっと手を離せないのですが、冷蔵庫に冷たい紅茶が入ってますのでどうぞ」


「一緒に飲もうか、君に話したい事があるんだ」

「あっ、はい」


 彼は棚を開けて、青い目盛りのビーカーを取り出し、それを机の上に用意した。

 そして机の前に座り、頬杖をつきながらルルカを見ている。


 そんな彼の視線を途中で忘れてしまい、ルルカは一心不乱に切り刻み続けていた。


 それから10分位しただろうか? 彼女は額の汗を、手の甲で拭いながら彼を見た。


「やっと切れましたわ。すぐに片付けますね」


「あぁ、了解」


 冷蔵庫を開けて、冷たい紅茶を注いでいく。


「そのビーカー、街の雑貨屋で売っているらしいので、今の状況が落ち着いたら一緒に買いに行きませんか?」


「行こうか、いつでもいいよ」


 そう言いながら、ビーカーを彼の隣りの席へと置いた。

 それを彼女は、機材を片付けながら見ている。


  そして彼と、彼女は隣に座る。


 いつも向かい合わせの、ランチの時とは違う雰囲気が流れ、静かに紅茶の味を楽しんだ。


「あのお話って……」


 ――貴族の結婚については、いろいろな仕来たりがある。改めて、話すこともあるのかも?


 静かに、エルウィン様の方を見れば……。


 エルウィンが髪を解き、ルルカを見ていた。


 金色に茶色の混ざる髪は、結ばれていたためか、緩くカーブを描いている。


 思わず、その艶やかさに彼の事をマジマジと眺めて、目が離せない。


 彼女の手は、柔らかな彼女の膝の上に置かれてはいたが……。

 少し浮いて、膝へ置かれてを、繰り返していた。


 心にも浮き上がって来ない、気持ちにもならない気持ちで、彼に触れたいと思っていたが、その気持ちをまだ彼女は知ることはない。


「ルルカ、俺は昔、君にルーと呼ばれて居たんだ」

「ルーちゃんですか?…………」


 彼女の瞳は瞬き、彼はそんな彼女の知るべき時を待った。


「でも……ルーちゃんは女の子で……えーっ、そんな……」


「俺はライミュー病を煩い、引きこもる日々が続いていた。


 父も母も様々な雑草から、薬草を探そうと山を歩き回っていた。


 そして効果があるものを栽培し、商売相手の錬金術師の工房へ無償で提供していた。


 その結果がなんとか実った。君の祖父であるウイルド様がなんとかかたちにしてくれた。


 父と母は、それを聞くとすぐに、ウイルド様の錬金術工房の近くの別荘を借り、俺はその地へ療養へ向かった。


 だが、暇だった。そんな治療と暇をもて余す日々の中で。


 ある日、俺の部屋の前で、大きな木にもたれ掛かりながら、お菓子を食べている君が現れて、俺は窓を開けた。


 妹たちと会えない毎日は、寂しかったからね。


 気付くと毎日、門の前を通って行く君は、お花やおやつを持って、俺は紅茶やジュースののったガーデニングテーブルの前で、お互いを待ってた」


「雨の日は行きませんでしたわ……。疲れてしまっては駄目ですから」


「だから、雨の日はとても、とても待ち遠しかったよ。もちろん、君が俺を女の子だと勘違いしてるのは知ってたけどね。寂しかったんだ」


「寂しさ……(わたくし)のそれと似た、貴方の寂しさについては知ってました。だから、受け入れられる事も知ってました」


 そう言うと、いたずら者を発見したように彼は笑う。


 そして視線を外し、透明度の高い静かな湖面の奥深くを眺めるような眼差しをした。


「それはお互い様かな。


 ライミュー病は喘息によく似ていて、俺の場合、夜眠りにつくと咳によって起きるんだ。


 膝を抱えて座れば止まるけど、そのまま眠れず、朝はなかなか明けてくれない。


 夜が怖い様に、夜が来るのが怖い、というか憂鬱だった」


 そう語るエルウィンの眼差しは、今も深く、過去の夜を眺めているのか、瞳に光が消えてしまったようにみえる。


 その彼の頬に、手を伸ばしその温かさに触れると、彼はルルカの手を包み込む。


 そして……。


 ――思い出した。


 ――ルーちゃん、彼女の寂しさを利用して、部屋にあがり込む事のできた。


 けれど、時折見せる彼女の寂しげな瞳、きっと大丈夫ではなく、すぐ治ることもないことは、なんとなくはその頃でも理解できた。


 かけるべき言葉が見つからない時、こうして彼女の頬に手を伸ばし、彼女はその手を包みこむようにして、とても愛おし気にこちらを見てくれた。


 胸の奥が痛み、そして単純に嬉しかった。


 そしていつしか、ヘイゼルの家に育ってきたなら、誰もが思うように、錬金術で病を治してあげたいと、息をするのと同じくらいに、自然にそう思うようになっていた。


 しかし……、病に苦しむルーちゃん、そんな彼女だから一人占めできると気づいていたかもしれない。


 治ってしまったら、ルーちゃんは帰ってしまう。そんな悲しさに気づいていたかもしれない。


「でも、お祖父様のライミュー病のお薬でも、完治までしないのでは?」


「そうだね。お祖父様の薬はそうらしい。だけど、君の薬は違ったんだ……」


(わたくし)の薬ですか?」


 ルルカは、エルウィンの言葉を聞き返した。


 続く



「困ったな……、過去を話すと、君への思いが溢れて止まらなくなる……。


 ここは話しに集中すべきなのだけどね。ルルカ……、あっ、ごめん、ごめん。そんなに困った顔をしないで欲しい。


 この話しは聞かなかった事に…………でも、これだけ」



「ははは……、ごめん。そんなに驚いた顔はしないで」


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