47:君と俺の過去
午前中に仕込みをした鍋が、目の前でグツグツと音をたてて煮えている。
香料のカモミールの甘い香りが部室に漂う。
そんな中、ポーションの素材に絡み合う魔力を、少しずつ増やしていく。
「ルルカ頑張れ! お前は、俺様の一番弟子だから出来るはずだ」
アンドリューは、持って来たタロットカードを机の上に広げていた。その斜め前で、エルウィンがノートに書き物をしている。
「うちは、なんの同好会になってしまったのかしらね?」
そう言って嘆くセロティーが、その手に赤みがかったオレンジの液体が並々と入ったビーカーを持ちやって来て、アンドリューの隣に座る
「うーん、それよりあたしが、故郷に帰っているまに、随分まともそうな先生が赴任してきてたんですね」
そう言って、鍋を眺めていたミルティーは、エルドラを見た。
彼は微笑みたたえ「いえ、先生ではありませんよ」と穏やかに言ったが、笑いを誤魔化しているようにも見える。
午後になってやって来た彼は、アンドリューからルルカの事を引き継ぎ、鍋の中の様子を見てくれていた。
「いいです! その調子ですよ」
「はい……」
鍋の中から生まれ出た、光の粒が空中に拡散されていく。
「わぁー綺麗」
「部長! もしこの光の粒がずっと流れてでていれば、爆売れですよ! 爆売れ!」
「計画通りだわ!!」
そうわーい、わーいと喜んでいる。
とても微笑ましく、彼らの元気さがポーションへ封じ込められたなら、きっともっと元気になれるはず。
「できました」
そう言うと彼女は、料理用のお玉でアツアツのポーションをすくい出し、ビーカーに注ぐ。
エルドアを見ると、アンドリューのタロットカードの空いてる場所へ、やや、無理やりってかたちで、両手を広げたほどの革製のアタッシュケースを置く。
そこからコルクの付いた試験管を一本取り出し、ルルカのポーションを、熟練された感じの器用さで入れていく。
それをお玉を両手でもっているルルカが、緊張した面持ちで見つめていた。
「王室の工房でポーションであるかどうか、確認してまいります。その前にアンドリュー君、魔力量を見て貰えるかな」
「うーん、魔力量はこんなものかな? 普段のルルカの魔力の限界までに至らないが、そこへ至るまでは努力の積み重ねだからな」
試験管を受け取り、光りに透かすようにして、そう結果を告げる。
次は手を差し出していた、エルウィンに手渡す。
それをエルウィンは易々と蓋を開けて、自分のティーカップに注ぎ、ごくりと飲んだ。
「あぁぁーー……」
ルルカは悲鳴と共に、彼のもとへと向かった。
「エルウィン様、王国錬金術師の方々の検査が終わっていないのに、飲んではだめですわ!?」
彼女は、彼の顔色を見て、「なんともありませんか?」と声をかけ、そして脈をはかろうと手を取った。
「ごめん、ごめん、大丈夫だよ。ほらこの通り」
ルルカの握った手に、彼の手をのせてそう言った。
仲の良い恋人同士であるので……。
「で、エルウィン様どんな感じですか?」
エルドアは注意を忘れて、こらえきれないように彼に問い掛けた。
「そうですね。俺はヘイゼル領地の上級ポーションしか使った事はないですが、体力の回復という面ではいい線はいっていると思いますが、それを越える事はないって感想ですね」
「おお、そうなのですか!」
懐から手帳を取り出し、書き留めていく。
それを胸に納めると、アタッシュケースを手に持ち。
「では、君たちの意見をもとに、判断してもらうとしよう。引き続きポーション作りを頼むよ!」
そう言って足早に、同好会の部室の扉に手を掛け、扉を開けて出て行った。
◇◇
夕闇が深まるなか、ほとんどの部員が帰宅した後の部室で、ルルカは年輪が刻まれたまな板の上で、根っこの様なものを切り刻んでいく。
トントントンと、小気味の良い音が響く。
その時、ロッカールームの扉が開き、エルウィンが汗をタオルで拭きながら入ってくる。
「あっ、エルウィン様お帰りなさい。今、ちょっと手を離せないのですが、冷蔵庫に冷たい紅茶が入ってますのでどうぞ」
「一緒に飲もうか、君に話したい事があるんだ」
「あっ、はい」
彼は棚を開けて、青い目盛りのビーカーを取り出し、それを机の上に用意した。
そして机の前に座り、頬杖をつきながらルルカを見ている。
そんな彼の視線を途中で忘れてしまい、ルルカは一心不乱に切り刻み続けていた。
それから10分位しただろうか? 彼女は額の汗を、手の甲で拭いながら彼を見た。
「やっと切れましたわ。すぐに片付けますね」
「あぁ、了解」
冷蔵庫を開けて、冷たい紅茶を注いでいく。
「そのビーカー、街の雑貨屋で売っているらしいので、今の状況が落ち着いたら一緒に買いに行きませんか?」
「行こうか、いつでもいいよ」
そう言いながら、ビーカーを彼の隣りの席へと置いた。
それを彼女は、機材を片付けながら見ている。
そして彼と、彼女は隣に座る。
いつも向かい合わせの、ランチの時とは違う雰囲気が流れ、静かに紅茶の味を楽しんだ。
「あのお話って……」
――貴族の結婚については、いろいろな仕来たりがある。改めて、話すこともあるのかも?
静かに、エルウィン様の方を見れば……。
エルウィンが髪を解き、ルルカを見ていた。
金色に茶色の混ざる髪は、結ばれていたためか、緩くカーブを描いている。
思わず、その艶やかさに彼の事をマジマジと眺めて、目が離せない。
彼女の手は、柔らかな彼女の膝の上に置かれてはいたが……。
少し浮いて、膝へ置かれてを、繰り返していた。
心にも浮き上がって来ない、気持ちにもならない気持ちで、彼に触れたいと思っていたが、その気持ちをまだ彼女は知ることはない。
「ルルカ、俺は昔、君にルーと呼ばれて居たんだ」
「ルーちゃんですか?…………」
彼女の瞳は瞬き、彼はそんな彼女の知るべき時を待った。
「でも……ルーちゃんは女の子で……えーっ、そんな……」
「俺はライミュー病を煩い、引きこもる日々が続いていた。
父も母も様々な雑草から、薬草を探そうと山を歩き回っていた。
そして効果があるものを栽培し、商売相手の錬金術師の工房へ無償で提供していた。
その結果がなんとか実った。君の祖父であるウイルド様がなんとかかたちにしてくれた。
父と母は、それを聞くとすぐに、ウイルド様の錬金術工房の近くの別荘を借り、俺はその地へ療養へ向かった。
だが、暇だった。そんな治療と暇をもて余す日々の中で。
ある日、俺の部屋の前で、大きな木にもたれ掛かりながら、お菓子を食べている君が現れて、俺は窓を開けた。
妹たちと会えない毎日は、寂しかったからね。
気付くと毎日、門の前を通って行く君は、お花やおやつを持って、俺は紅茶やジュースののったガーデニングテーブルの前で、お互いを待ってた」
「雨の日は行きませんでしたわ……。疲れてしまっては駄目ですから」
「だから、雨の日はとても、とても待ち遠しかったよ。もちろん、君が俺を女の子だと勘違いしてるのは知ってたけどね。寂しかったんだ」
「寂しさ……私のそれと似た、貴方の寂しさについては知ってました。だから、受け入れられる事も知ってました」
そう言うと、いたずら者を発見したように彼は笑う。
そして視線を外し、透明度の高い静かな湖面の奥深くを眺めるような眼差しをした。
「それはお互い様かな。
ライミュー病は喘息によく似ていて、俺の場合、夜眠りにつくと咳によって起きるんだ。
膝を抱えて座れば止まるけど、そのまま眠れず、朝はなかなか明けてくれない。
夜が怖い様に、夜が来るのが怖い、というか憂鬱だった」
そう語るエルウィンの眼差しは、今も深く、過去の夜を眺めているのか、瞳に光が消えてしまったようにみえる。
その彼の頬に、手を伸ばしその温かさに触れると、彼はルルカの手を包み込む。
そして……。
――思い出した。
――ルーちゃん、彼女の寂しさを利用して、部屋にあがり込む事のできた。
けれど、時折見せる彼女の寂しげな瞳、きっと大丈夫ではなく、すぐ治ることもないことは、なんとなくはその頃でも理解できた。
かけるべき言葉が見つからない時、こうして彼女の頬に手を伸ばし、彼女はその手を包みこむようにして、とても愛おし気にこちらを見てくれた。
胸の奥が痛み、そして単純に嬉しかった。
そしていつしか、ヘイゼルの家に育ってきたなら、誰もが思うように、錬金術で病を治してあげたいと、息をするのと同じくらいに、自然にそう思うようになっていた。
しかし……、病に苦しむルーちゃん、そんな彼女だから一人占めできると気づいていたかもしれない。
治ってしまったら、ルーちゃんは帰ってしまう。そんな悲しさに気づいていたかもしれない。
「でも、お祖父様のライミュー病のお薬でも、完治までしないのでは?」
「そうだね。お祖父様の薬はそうらしい。だけど、君の薬は違ったんだ……」
「私の薬ですか?」
ルルカは、エルウィンの言葉を聞き返した。
続く
「困ったな……、過去を話すと、君への思いが溢れて止まらなくなる……。
ここは話しに集中すべきなのだけどね。ルルカ……、あっ、ごめん、ごめん。そんなに困った顔をしないで欲しい。
この話しは聞かなかった事に…………でも、これだけ」
「ははは……、ごめん。そんなに驚いた顔はしないで」




