45:アッシュのおしゃべりが止まらない
荷馬車へ僕が乗り込めば、エルウィンの警戒が伝わって来る。
一番後ろの場所へ俺が座れば、彼は腰をあげ、隣りへと座った。
「エルウィン、お前は父親の後を継いで、公爵の地位を継ぐ事になるだろう?
お前なら王国騎士団の何処かの騎士団長と、家業の農園、最適解な人材を配置し公爵殿以上の実績をを残す事になりそうだな。
だから言うんだが……、僕は今年の冬、亡くなったジョフ ハルバードの孫娘と結婚している」
エルウィンは僕は見た。しかしすぐに視線を落とし、彼の膝辺りを見ている。
たぶん、僕の結婚によって、自分と妹の結婚がどう姿を変えるか計算してるのだろう。
――正解か?
「あぁ……その情報は、手にしてませんでした……」
――もっと驚けよ、可愛くない奴だな。門限さえなければ、アンドリューがもっと驚いてくれたのに……。まぁ、話が進まないか……。
「サリアと結婚した事で、俺は由緒ある【ハルバード】の名前を継ぐ事になった。
名実の内、実質的な権限を行使させられる結果になった僕は、じっ様が行き着いたように、【旧貴族派と新鋭貴族派の確執】の現況はやはり【ドスカレッド】という男が原因ではないか? という考えに行き着いた。
だからルーフェンにいるじっ様、御用達の情報屋を使い、【ドスカレッド】についても調べさせた。
言っとくが、【蜘蛛の網目】の様な甘い連中とは違い、もっと歴史が古く、抜け目のないギルドだからな」
「妹さんはその事を?」
「知るわけはない。危ない事を、自分の為にやめてほしいと、絶対に止めるはずだ。
結婚、特に、サリアについては、憧れているようだから、知らない内に結婚式を挙げたと知られると、たぶんまずい。
長く拗ねるかもしれない。
『なんで、私に内緒にしてたの? そんなに信用できませんか?』ってね。まぁ、その時は、頼む」
そう言うと、穏やかに口角をあげ笑うんだ。あのエルウィンが――。
今の話しをルルカに聞かせても、拗ねそうだ。
どっちについて、より拗ねるか、事と次第によって僕が拗ねる事になるかもしれない。
「まぁ、話しはそれたが、ドスカレッドが当主をしている、ペイジ家はやはり、金で爵位、男爵を買った家系だという報告は貰う。
まぁ、そんな家系が多い、そしてそれは周知の事実だ。【旧貴族派と新鋭貴族派の確執】って、馬鹿げた事態になっているしな。
だが……、ペイジ家自体はそんな浅い家系ではない。少なくとも、貴族として許可が下りる程、家系図も商売実績もしっかりしている。だから男爵の爵位を買った金の出どころも、男爵後の商売の動きも問題ない。
だが、情報屋は、それがおかしいと言うんだ。じっ様の依頼していた当時の報告書と照らし合わせ、『闇の置き方が上品過ぎる』そう言った。
これは心底計算高いか、そう教え込まれた奴の手口だってね。
ドスカレッドの登場は、あの世界ではよくある事かもしれないが、妾に産ませた子どもを、跡取りの居ない本家の嫁が、引っ張って来た形で世に現れた。
まぁ、本家の嫁の身元は確かで、彼女の隠し子、関係者って線はない。
代々家に仕える弁護士が彼の後押しをしている状態で、少なからず嫁と、弁護士を通して契約みたいなものはあっただろうが……。って、憶測だった様だ。
そこからだ、今までの当たり障りなく行っていた事業が、トントン拍子で拡大していく。
そしてリスレイ、彼女は幼い頃に母を亡くしたと言う話で、ドスカレッドと一緒に現れた。
今いるのは彼女の継母で、そちらとも政略結婚ではあるが当たり障りはないようだ。
その結婚をきっかけに、事業を拡大させ、輸送業を本格的に行いだす」
彼は腕を組み、考えていたようだが……。
「では、何がきっかけに、アッシュ先輩はアンドルまで? 父が集めていた情報との相違が【蜘蛛の網目】の頭目が思い当たったキーワードでしかないのなら、それを確かめに言ったのでしょう?」
そう言うエルウィンの顔を見つめ、明らかにアッシュは眉間に皺を寄せ、顔をしかめっ面をする。
「エルウィン……、お前は少し可愛げというものを学んだ方がいい」
アッシュは一を聞いて十を知るって感じのエルウィンに対し、未来の義理兄として軽くジャブを打っておいた。
「まぁ、話しはそれたが、蜘蛛の網目の頭目が行きついたキーワードというのは、ドスカレッドのアンドルの訛りについてだ。
彼はほんの少しだけ、言葉に訛りがあった。
アンドルの言葉を母国語にしてる連中には、どおって事ないかもしてない。
聞き取れてしまうからな。
だが、習いたての連中には、稀に出て来る言葉では、気に障る程度でしかなかった。
だが、こっちも、情報ギルドの連中も、アイツの言動には聞き耳をたてている。
暗号かもしれない? とね。
だが訛りだった。まぁ、よくある話だ。教師がその地方に住んでいたのかもしれない。
だが――。
俺は気に障った。とてもね」
エルウィンが目を見開き、「だから、アンドルへ行ったのですか?」と、そう言った。
うん。さすが顔がいい。目を見開いても様になる。
次を話してもいいかな? って気になるな。
ルルカはああ見えて知りたがりだが、あの顔を見るためにいろいろの事を披露するのかも?
そしてエルウィン自身もそう思うようになるだろう。
ルルカの驚く顔が見ていたいと…。
もう、兄は不必要なのか……?
「いや、まだだ。こっちもアンドルの軍人の使う言葉、スパイの暗号については調べてはいるが、一地方の訛りなんて、わかりようもない。これは愚痴だ。
だが、妙な所でわかる事になった、医者だ。僕の使っている主治医は優秀過ぎて、国際協力って名目でいろいろ行っている。
患者としてはその間不安なんだが、彼は天国には行けるだろう。
是非、その時は、話し相手として呼んで貰いたいのだが、その医者が言うにはその訛りを使う国はもうないらしい。
まぁ、あそこら辺、いつでも小競り合いをしては、難民が新しい国を作ってはいるが、その国は歴史の古い国だったらしいが、たぶん……それが元で滅ぼされた。
まぁ、お前もいろいろ思い当たる事あるだろう?
歴史の授業なので、そして敗戦国の子どもたち、どうなるか……、まぁドスカレッドについてはそういう事なんだろうという予想は立てた。
そう思い俺は得ていた地位を使い、当初、アンドルに人を送り込むべく計画していた。
だが、この国の情報屋に話しを持ち掛け、『アンドルのその地に行き、調べてくれ』と言っても断られた。
『そういうのは、国の諜報員を使ってくれ』ってね。
だから、俺の当時のボスであるじっ様に、『人を送り込めないか?』と相談に行った。
そしたら、『僕もその道に知り合いがいないわけではないけどね。
諜報員ってのはまず、場を用意するのが厄介だかね……。
彼の動きを見ている君ならわかるだろうが、それをやっていれば間に合わないよ』
そう言われはした。ペイジ家とアルセル家は、ずぶずぶの関係で、旧貴族派にアルセル領の通行料を、重く掛けるぐらいの気配はあった。
だから、じっ様の話はそこへ行き着くと思われた。
そしたら、じっ様は言ったよ。
もっと後の計画だった、『サリアと結婚式を挙げて欲しい』と、『可愛い孫と、孫の様なお前の結婚式を見なければ逝くに逝けない』と……。
多分、御自分の死期を、わかっておられたのかもしれない……。
その時は、そう考えてなかった。御元気そうだったからね。
結婚自体は望む所だった。大事にされている娘に下手に手を出せば、今後、どんな事を言われるかわからない。
だが、心に熱い思いは溢れる。お前もわかるだろうそんな気持ち」
そう言うと、後輩は「えっ、ええ、そうですね」と、言ってにこりと笑った。
――うん? 余計な事を、話し過ぎたか?
「ごほん!」
アッシュを一つ咳をして、仕切り直した。
「そんなわけで、『わかった。内々なるが、結婚式を挙げるべく取り仕切るから一年ほど待って欲しい』
そう僕は言ったが、じっ様は――。
『お前がアンドルへ行くのだから、式は早い方がいいね。お前は忙しいだろうから、諜報員関係はもちろん、結婚会場ぐらいは僕が面倒みよう。大丈夫、サリアの衣装や、肝心な部分のすり合わせは、僕も君も気にかけるからね』
本当に勝手を言う、じっ様だったよ。
そして、僕が……諜報機関の訓練を受けながら、結婚式の準備を執り行い、サリアに当分の間、頭の上がらない日程をこなし、結婚へと行き着いた。
こっちの家族は呼ぶのは控え、じっ様と、殺されない様にサリアの親族だけを呼び寄せ、式を挙げたには挙げた。
しかし親父さんにはこんな山奥の式場で!? って、殺されそうな勢いの目で見られたが……、じっ様の娘である義理母が、男前な素振りで、親父さんをいなして今も生きてる。
そしてアンドルへ渡り、自国の諜報員と接触した結果。
今は、ドスカレッドという人物が、敗戦国の孤児を諜報員として、仕立てられた内の一人という仮説の痕跡の様なものは見つけた。
しかし時間をかけて、様々な政府関係者らしい者たちが出入りし、子どもの出入りが激しく、義務教育施設にも出てこない。
それらしい施設はもう、廃棄されていたが、彼の子ども時代をみたという人物はいた。
そしてそれ以外の証拠を探すべく、よし! やるぞ! ってところで、この地に呼び戻され、アンドルまでその過去を探しに行った人物は今日死んだ。
なんだったんだろうな? 諜報活動ってバレてはだめじゃないかー?
証拠を使う時は、ここぞって時だけ、そうしなければ現地の諜報員が死ぬ恐れがある。
だから、見せつける相手が死亡した今、俺の情報屋を使った活動や、諜報機関での訓練、みんな無し、無に帰した。
はぁ……早く、サリアの胸で眠りたい……」
そう、アッシュは長く語り、けしからん結果へと辿り着く事になった。
そして荷馬車にもたれ、頭の後ろに腕をおく。
「では、ドスカレッドと名乗った人物は、我が国の経済の破壊を目論んだという事ですか?」
「だろうね。フレットとリスレイを結婚させ、我が国の交通網を握り、輸入によって錬金術師と、薬草や、その他の農業の力を長期的に削いでいく。もしかした、それに乗じ戦争を仕掛けていたかもしれない」
「だが、海外で反発にあい、アンドルにルルカを手土産に逃げかえる事を阻止された……。我が国は危険な橋を、渡り切ったと言うわけですね」
「そうだね。まさか、剣術一筋の公爵の令息が、フレットと別れたばかりの大きな工房を持つ、ヘイゼルの娘に言い寄るとは思ってなかったはずだ。
そんな事をされたら、いずれ、多大な財力を誇る公爵家の農園と、特殊な力を持つ錬金術師の居る工房が手を組んで、輸入による薬産業の破壊に対し、打開策を必ず編み出すだろう。
だから、賭けるしかなかった。我が国に大きな薬草の産業革命が起こる前に、無謀な経営で我が国の輸入の大きな道を作り、我が国の薬とその材料の産業を潰し、そして輸入もブラックな働き方で暴動を起こさせ、残りも海賊の手で沈める。
正直、ここまで上手く言っている。我が国の薬草産業は今、悲鳴をあげている。
残された時間は、残り少ない。
それまでに、誰から見ても、薬や、その材料の供給は変わりありません。
そう思わせなければならない。
しかし……君の今回の働きは大きい、ルルカをあの錬金術同好会へ送り込んだ事、おかげで、見つけられなかった新たな情報屋ギルドの尻尾を掴め、ルルカを錬金の道へと引き込む事が出来た。
そして……ルルカのペンダント、魔法使いの塔の連中を大慌てさせたあのペンダントはよくやってくてたよ。
だからハルバードの次期当主として、ヘイゼル家の次期の当主の親として、君とルルカの結婚を認めよう。
そしてこれからもよろしく。ノアの次期当主のエルウィン君」
「アッシュ先輩、結婚おめでとうございます。ですが、認められなくても結婚します。そこは譲れません」
「わかった。わかった。お前は、それでルルカの前で、甘い言葉の一つでも囁けるのか?」
「もちろん」
そう、エルウィンは余裕ありげな笑顔を見せた。
――なるほど、お前はその笑顔で、ちょっときつめな性格の妹をたらし込んだのか……。
そう、アッシュは納得した。
――……俺は、ルルカとの事認めてるのか? まだ駄目だ。
だが、雪が降る頃には……。
そんな、自身の先見の力に苛立った。
続く




