44:帰宅
空飛ぶ大蛇ヤクルスとの戦いを終え、エルウィンと血の香りと大蛇の匂い。
そして何より氷結されたヤクルスが胸を騒めかすが、戦艦は帰港し、今は、遠くに走る小船を見つける程度で、ルルカ達が家路につけば、磯の香り漂う静かな海にすぐに戻ってしまうだろう。
人工の高台に大砲を持ち込む際に使っただろう、荷馬車の荷台に彼らは乗り込む。
――お兄様たら、エルウィン様と、アンドリュー様をこんな馬車に乗せて、後でお咎めなど受けないかしら?
そんな妹の心配をよそに、兄は御者席に乗り込み発車した今では、何やら海軍の兵士と楽し気におしゃべりをしていた。
港の倉庫街、狭く、暗い道を行く。
時折、ちらりと青と夕日の赤の混じる海が、見える程度の街並みを潮風を受けて、庶民にとってはありふれた馬車でいく。
それはもちろんルルカにとっては初めての事で、その横に体触れる程近くに、眠る恋人と手をつなぎ、足元に猫の様に眠る魔法使いの師匠を見るのもまた、初めての体験だった。
「ルルカの誘拐事件と、ヤクルスの事件は、被疑者死亡のまま片が付くだろうな」
そう、遠くに上がる黒い煙を眺めながら、アッシュはあの時呟いた。
そんな時、自分はどんな顔をしていたのだろう?
兄のこちらを見つめる瞳が、優しく瞬くのを見ていた。
「だが、それは表向きだけだ。僕が見た限りではアルセルの家は大きく関わっている。
そして先ほどのお前の話通り、リスレイがどこからか用立てられた子どもだであっても、いやあのなら、彼女の後ろ盾になる者も、便宜を図るものも居なけば、彼女もお前が考えるようただの可哀そうな子どもではいられない。
力を尽くすが、それはわかって欲しい……」
視線を外し、海を見つめて優しい兄はそう言った。
「お兄様、それはどう言う意味でしょうか?」
違う答えが欲しかった。誰の為でもなく、ルルカ自身の中で遺恨を残さないように、納得できる返答を求め、甘えからそう言ってしまった。
「言いたくない。お前は錬金術師を目指すのだろう? お前にそんな知識は無用だ」
そう言って兄は、ルルカの肩を引き寄せる。
「僕は、お前の為には何でもしてやりたい。だから家族以外には自分を賭けられない。お前にも、もう……わかるだろう……」
そう言って、海水の中にザブザブ入っていく師匠と、それを止める彼の親友が見える様に、ルルカの体の方角を兄は修正してみせる。
その時、清潔感の中に、僅かな甘さの匂いが漂う兄。
そんな兄の手は離れ、「しばらく用意がかかる。遊んでおいで」
そう言って送り出された。
そして今、エルウィン様は庇ってくれたが、解き放たれた犬のようになったアンドリューにかけられた海水の香りに包まれかれルルカも、重い瞼を閉じる。
◇◇◇
そして四半時程過ぎた頃、ヘイゼル家の別邸に辿り着く。
珍しく寝ぼけ眼の妹は、騎士の卵から手を引かれ荷馬車から地上へと降りたった。
その時、ルルカの手は後ろへ隠され、エルウィンの腕がそこへと伸びていた。
エルウィンを睨め付けても、優しく、はにかむ様な顔で見つめ返してくる。
顔に振り、軽くため息がこぼれるが……。
「馬車に乗り込んでいるぞ」
「あっ、はい、すぐに行きます」
そして僕は荷台の横にならび、行く先を見つめた。
魔法の街灯は、ほんのり街を照らし出していた。
「はぁ……、うらやましい。……はぁ……アッシュ、俺はそろそろ門限だから行くわ」
「あぁ、今回は助かっ……」
そう言い終わる前に、荷台に重さが加わり少々傾くと、馬たちはいなな、きざわめきだす。
そこへ走って、エルウィンが帰って来た。
「変わりはないですか?!」
「ない。御令嬢が門限で帰っただけ」
「あぁ……、なるほど」
そう言うと、すかさず玄関を振り返り手を振っている。
――こんな奴だったのか? 恋は人を変えると言うし、それはわかる……。
続く




