第1章 初めての会話
時に西暦1971年。昭和なら46年。ボクは名護屋市の東のベッドタウン、東豪町の田園の真ん中を歩いていた。時刻は正午より少し前。小学校1年生の一学期の終業式を済ませての下校中のことである。
ちょうどその時は一人きりだった。さっきまで悪ガキ友だち3名と一緒だったのだが。
「お久しぶり。元気だった?」
だしぬけに後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返ると、そこにセーラー服を着た知らない女の人が笑顔で立って居た。
中学生、いや高校生かな。などと疑問に思いつつ、なにより他に逃げ場のない田んぼの中の一本道に、突然彼女が現れたことに少なからず怖くなっていた。
「お姉さんは誰?」
「それは秘密。そのうちわかるわよ。少なくともキミの味方よ。それより手にぶら下げているソレは何かな?」
「ああ、コレは…」
ボクは右手に小さな細いヘビをぶら下げていた。いや、正確に言うと、先ほどまでソレを振り回して遊んでいたのだった。
弁明させてもらうなら、ボクはヘビを殺してない。さっきまで一緒にいた3名の中のいわゆるガキ大将が、道端で見つけたヘビの尻尾をつかんで何度も地面にたたきつけたのだった。
そしてそれをボクに手渡すと、他の二人とともに一目散に走って逃げて行ったのだった。
アレ?あの当時のボクって薄っすらイジメにあっていたのかな?
「ねえキミ、ヤマカガシって知ってる?」
そう言いながらお姉さんはゆっくりとボクの方に近づいて来た。
何だかコワイ目をしている。
「そのヘビは本当に死んでいるのかしら?」
彼女の最後の一歩は、50mを走る駆けっこのスタートよりも素早かった。
ボクの手の下の方から、蘇生したヘビが舌をチラつかせながら鎌首を持ち上げるのと同時に、彼女はボクからヘビを素早く奪い取り、そしてそのまま両手で丸めて…光らせた!
お姉さんが両手を広げると、ヘビの姿は無くなっていた。
「はい、今日の仕事はおしまい。」
「今…何をしたんですか?」
ボクは恐る恐る尋ねた。
「毒蛇の駆除よ。」
彼女は当然のように答えた。
「でも安心して。殺してないから。ちょっとアッチへ跳ばしただけ。」と、西側の里山を指さした。
あっけにとられるボクに向かってお姉さんは話し続ける。
「でね、キミは今後の人生で無駄な殺生をしないようにしなさい。でないと今みたいに危ない目に合うわよ。」
「いや、ボクは殺してなくて…」
「言い訳無用。振り回してたでしょ。」
彼女は眉をひそめながら、ちょっと可愛く頬を膨らませた。
「お姉さんは手品師?それとも魔法使いなの?」
ボクは話をそらした。
「違うわよ。まあでも、十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とは言うわね。」
「…あと、思い出したけど、キミは二年後に小学校を転校したら、クラスのお楽しみ会で手品を披露してはダメよ。」
「なんでですか?」
「とにかくダメ。別に命の危険が及ぶことはないけれど…後でとてもイヤな目にあうわよ。」
「え~。」
「まあでもコレはオーダー外の事象だから好きにしたら。」
「???」
お姉さんは所々ボクにはよく分からない難しい言葉を使う。
「それからキミ」
お姉さんは話し続ける。
「少しは読書しなさい。暇さえあれば空き地で草野球とか。一人の時は自転車に乗ってどこまでも遠くに行くとか。テストで0点取っても知らないわよ…ドラえもんののび太じゃあるまいし。」
「ドラ…なんて?」
「2年前から連載中でしょ。マンガも読まないのねキミは。」
彼女はすっかりあきれ顔だった。
「まるでお母さんみたいだ」
ボクはうっかりつぶやいた。
「まあ、当たらずとも遠からずかな。」
お姉さんもうっかり口を滑らせた。
「え?」
「とにかく、SFとか推理小説とか、ジャンルはそれでいいから本を読みなさい。無理だったらせめてマンガでも…」
「S…M?」
「SFよ!間違えちゃダメ!」
なぜかお姉さんは顔を真っ赤にしていた。
「あとできるだけ算数と理科をしっかり勉強して!高校生になったら物理をやるのよ。大学では量子物理学を!」
「りょうし?魚釣りの?」
「もういいわ。やっと言葉を交わせるようになったからつい興奮してしまった。我ながら大人気無かったわ。」
「そう言えばお姉さん、さっき、お久しぶりって言ったけど、前にも会ったけ?」
「今回で三度目よ。でも話をするのは初めて。キミが今まで意思の疎通がはかれない状況や年齢だったからね。」
「いしの…そつう?」
「ほらね。わからないでしょ。だからこれからは本をたくさん読みなさい。」
「うん、そうするよ。」
彼女の言うことにはなぜか反抗できなかった。
「素直でよろしい。ちなみに1度目の出会いはキミが1才になるころ。自宅の階段から落ちたところをキャッチしてあげたの。次はキミが4才のころ。庄内川で溺れていた時に上から手を引いてあげたのよ。」
…どちらの話も言われてみればうっすら記憶があるような。
階段の一番下に転がっていたボクを発見した母親は、キズ一つ無かったのを後に不思議がっていたし、川からはどうやって脱出できたのか自分でも不思議ではある。
「じゃあ、今日はこれで。」
「あ、ありがとうございます。助けてくれて。」
「なあに礼には及ばぬよ。」
色白の美人なお姉さんなのに、武士みたいな言葉遣いで答えた。
「また必ず逢いに来るから。それまでその物理的なボディを大切に使いなさいよ。」
「うん、わかった、お姉さん。」
ボディはクルマ用語だから知っていた。
ボクは勉強は苦手だけどクルマのことには詳しいのだ。
「雪子よ。」
「は?」
「私の名前。冬に空から降る雪に子どもの子!あっちこっちで言いふらしたりしないように。キミとワタシだけの秘密ってことで。」
「ボクは雪村、真田雪村。えっと、漢字は…。」
「知ってる。」
満足げな笑顔の雪子お姉さんは、ボクの前から三歩離れると振り返って手を振った。
「じゃあね。」
次の瞬間、彼女はボクの目の前で煙のように消え失せた。それは大いに妖怪じみた振る舞いだったのに、今はちっとも怖くなかった。
「次はいつ逢えるのかな。」
太ももピチピチ短パンに、ウルトラマンの白いTシャツをインしてランドセルを背負ったボクは、田んぼの真ん中で独り言つのだった。