敵地潜入
森の繁みから城門が見える位置に集まり、ゆっくりと進む馬車の列を見ていた。
二人の門番は特に参加者をチェックすることなく、槍を片手に持って静かに見守っているように見える。
「門を通る時、二人いる御者の片方が降りて馬の横に付いているな」
「参加者は人や亜人、後は見慣れない種族もいるね。馬車さえあれば何とかなる……か」
「交渉出来るなら良いよね」
「交渉なら私の……。って、何でジッと見てるの?」
ガオールは少し落ち着いたようにも見えるけど、ユーリッドが何か発言する度に注視している。
獣人にとって獅子族のカリスマは、抗いがたいものがあるようだ。
僕たちは来た道を少し戻ると、あと少しの距離だというのに脱輪している馬車を見つけた。
周りの馬車は我関せずで、「ガオールはチャンスじゃね?」と言っている。
みんな猫系の顔になってしまったので、誰が行っても同じと全員で助けに向かう事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
脱輪で困っていたのは、辺境にある兎人族の貴族の令嬢でエミールという名前だった。
最初ローズが話しかけ、御者をしている山羊族の老執事がヨボヨボとエミールの前で護衛の真似事をしている。
そこに登場したガオール――の後ろにいるユーリッドを見た瞬間、二人して急に跪こうとした。
僕とローズが慌てて二人を止め、事情を聞いてガオールと一緒に修理を行った。
「何で俺の顔を知らねぇんだよ……」
「無理言わないの。ガオールくんだって、大国の王子さまの顔は見た事ないんでしょ?」
「あぁ? お前はあるのかよ」
「ふふーん、こう見えても……」
ユーリッドの『こう見えても』が、ガオールにとってどう見えているのか?
僕たちのような地位だと、著名な芝居小屋のスターには憧れない。
それはガオールも一緒で、家格と利敵関係により純粋な『好き』という感情は持てないでいた。
自由奔放なローズでさえ同じなんだから、ガオールのユーリッドに対する情熱は特別すぎるものだろう。
ユーリッドは『商人の国』だけあって、大国へも商売に出掛けるようだ。
ただ商工会という立場上、誰が上で誰が下という扱いはない。
合議制の形で運営されているので、他国も『他の国の商人』と同様に危険視していないだけかもしれない。
そんなユーリッドは各所の祭事に顔を出し、キーマンになる上層部と積極的に友誼を結んでいるようだ。
「あの、ユーリッドさま」
「どうしました? エミール」
「詳しい事情はお聞きしません。ここにいると言う事は?」
「そうですね……」
「では、ご一緒できませんか?」
少しトントン拍子に進みすぎてるみたいだけど、この場面を切り抜けるには事態を打開するしかない。
これだけ大きな城ならアタリだと思うし、早くあの赤いフードを被った魔女に逢うべきだと思う。
ガオールの尊大な言動が心配だけど、相手が魔女だと分かっていればそう無茶はしない筈だ。
前回会ったリンダは、基本的に優しい性格をしている。
僕は物語の中でしか存在しないと思っていた魔女について、少し考えを改めるべきではないかと考え始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に乗り、再び城門の前まで来る。
服装的にガオールを御者にすることが出来ない為、僕が老執事と一緒に御者の真似事をする。
順番に受付をしているようで、老執事は門番に挨拶をして、エミールがカーテンをスッと開けて会釈する。
後は入場口と馬車の待機場所の指示を受けて、女性三人は先に会場へ向かった。
周りを見回すと、僕の恰好はセーフらしい。
問題はガオールで、ラフな衣装のまま会場へ向かう事は出来なかった。
ただ衣裳部屋があるようで、特別に貸し出してくれるらしい。
この城に入れた時点でお客様扱いになったので、僕はガオールに付き添うことにした。
「ガオールくん、分かってるよね」
「あぁ、無茶はしねぇ!」
「そうじゃなくて、礼儀正しく魔女の機嫌を損なわないように」
「お前達は何を損なったんだ?」
そう言われると少しだけ胸が痛い。
よくよく考えれば、魔法で姿を変えられたのは僕たち三人だ。
もし今すぐに帰られたとして、困るのは……。
ある物語では魔法に時間制限があり、ある話では百年単位で続く魔法があるという。
短い期間なら僕たちはガオールに匿ってもらう事も出来るけど、ユーリッドはそうはいかないだろう。
あの姿で獣人の国に連れ帰ったが最後、年齢の近いガオールとすぐに婚約から成婚になるに違いない。
ガオールは自分の体格に合う、なるべくフォーマルそうな服装をペラペラと探している。
「少し前に会った魔女は、『嘘』を極端に嫌う人だったよ」
「ふーん。で、お前たちはどんな嘘をついたんだ?」
「お兄さまの誕生日のサプライズパーティーかな?」
「あぁ? なんだそれ」
自分の身体を晒す事を美徳と考える獣人族は、フォーマルには程遠い種族だ。
『何故こんな衣装が?』というような、黒い短パンにホワイトシャツ・赤い蝶ネクタイを前にガオールは考えこんでいる。
「それって、何か違うと思う……」
「あぁ? ここにあるって事はフォーマルだろ? 何だって同じだと思うぞ」
「うーん。ガオールくんが良いならいいけど、ユーリッド……さんと並べるかな?」
「なぬっ?」
ここは気候的に暑くもなく寒くもない地域だ。
そして客層を見る限り、高位貴族の身内の集まり程度のパーティーだった。
ウチは小国でも、それなりに出席しなければならない催し事は多い。
もし他国まで行くようなら、寝ながら食事をとる獣人の国のマナーまで学ぶ必要があった。
そう考えるとガオールのマナーは、きちんとした余所行き仕様になっていると思う。
問題はユーリッドみたいに、全ての国に対応できる知識を備えているかだった。
「それで、ここの魔女は何で怒ったんだと思う?」
「あっ……。そう言えば、最後に何か言ってたね」
「俺的には助けようとしたんだけどな。確か、……何だっけ?」
「『真実の愛でも見つけられれば、その性格も治るかもね』だったと思う」
要するに『淑女の扱いを身につけろ』という事だと思う。
ユーリッドに恋心を抱くのが目的じゃなく、ガオール自身が優しさや気遣いを出来るかだった。
もう少しだけ作戦会議が必要なのかもしれない。