<閑話> ある公爵の後悔
リッチモンド公爵は、公爵にあるまじき姿で机に突っ伏していた。書斎の明かりもつけず、シャツはよれよれ、目の下に隈をつくり疲れ果てていた。一昨日からの騒動で、すべての気力を使い果たし、うわ言のように「・・・ローゼリア、ローゼ、・・・ローゼリア」と呟いていた。そこへ音もなく誰かが忍び込んできて、机の上の明かりが灯った。
「ああ、お前か・・・・・・・・ローゼリアはどこだい?」
公爵は、椅子から飛び起きて、まわりをキョロキョロと見渡した。そして、アレク一人であることに気づくと、また机に突っ伏して、顔だけ持ち上げた。
「公爵様とは思えない格好ですね。情けないですよ?」
「誰も見とらんからいいんだ。それより、ローゼリアが家出をしたんだよ?この父を置いて、行ってしまうなんて悲しい・・・・・」
公爵は公爵としての体裁を取ろうともせず、顎を机につけたまま喋った。アレクは、書斎の入り口に立っている。真夜中すぎということもあり、廊下からは物音一つ聞こえない。二人は静かに話し始めた。
「ことの顛末をお聞きしても?」
「ああ、セバスは氷漬けだ。イメルダに書類を渡したのをローゼにもわしにも伝えなかったからな。使えん奴はいらん」
公爵は、不機嫌そうに答えた。アレクは肩をすくめると、先を続けるよう促した。
「ローゼリアは、薬草にかぶれて顔にひどい腫物ができて熱を出しているので、家で療養中だと元老院には説明してある。家出しても2、3日したらごめんなさいと帰ってくるかと思っとった。そうしたら、イメルダから指輪を取り上げて、ローゼリアに渡そうと思っておったぞ。しかし、今お前しかいないということは、ローゼリアはもう戻ってこないと考えるべきだな。
しかしなぁ、ローゼリアは責任感が強い子だ。皇太子妃候補も一生懸命取り組んでいたから、逃げ出すとは思わなかった。わしも見誤った。例の精霊のかぎ針もイメルダにねだられてあっさりあげてしまったから、それほど編むことに執着していないと思っていた。
・・・・・しかし本当の気持ちを分かっておれば皇太子妃候補にはしなかった。
はあ・・・・わしもローゼリアの心を知らずにいたと後悔しとる」
「イメルダ様のおねだりに対して、ローゼリア様はいつも仕方がないと諦めていらっしゃいました。誰も本当の気持ちはわからないものです」
「そうだな。ローゼリアはみんなに好かれるいい子でいようと努力していたからな。逆にイメルダは、いつもローゼリアと比較されて癇癪ばかり起こしていたな。だからあんな感情を押さえられない子供に育ってしまったんだろうか。それも後悔しとるよ。・・・・それで、ローゼリアはどこだい?」
「ローゼリア様はアンと一緒に竜王国へ向かわれました」
「はああ・・・?竜王国?・・・・・・・・途中、竜にでもあったのか?」
「はい」とアレクは、花畑でクロッシェを編んだこと、空竜に出会ったこと、騎士団に見つかりそうになり空竜に助けてもらったことを話した。
「竜に会ったのは偶然とはいえ仕方ない。・・・・・・竜王国にもそれなりに伝手があるから、なんとななるだろう。
それにしても騎士団にあっただと?元老院のやつらめ、予想外に早く行動しよったな。わしの言うことを疑りよって・・・・また、・・・調整せねばならんな。・・・・指輪は屋敷の中にあるし、大丈夫だろう」
公爵は、気落ちした気持ちから立ち直ったのか、公爵らしく椅子に腰掛けなおすと机の上で手を組んで考え込んだ。公爵から今までのだらけた態度はなくなったので、アレクは気を引き締めなおした。
「指輪がお屋敷にあるということは、イメルダ様はお屋敷にいらっしゃるのですか?」
「ああ、・・・・・イメルダは、声を奪う呪具を首につけて白の部屋で謹慎中だ。だいたい、指輪をねだるなどもってのほか。ありえん。何もわかっとらん。少し反省させる。これは決定事項だ。
・・・・しかし、ローゼリアが竜王国に行ったとなると、ローゼリアを皇太子妃候補から外さねばならん。まあ、指輪はイメルダを認めたから、そのうち公爵家としてローゼリアの代わりに皇太子妃候補として出そう。元老院は・・・・まあなんとかなるだろう。
それに、皇太子妃候補にするならば、あいつと離して例の家庭教師をつけねばならんな。元老院出で厳しいと評判の家庭教師なら、そうそう甘えたこともいえず、性根を叩きなおされているはずだ。ちゃんと教育すれば・・・・まあなんとかなるだろう」
「イメルダ様も大変ですね」
「当然だろう。なにが、恋だ?・・・はっ・・・皇太子殿下が優しくしてくれた?私のために微笑んでくれる?ばかなことを言うな。そんなもので皇太子妃になれるわけがなかろう。公爵令嬢という立場にありながら夢みたいなことを言うな。まず、皇太子妃としての資質があってその上での愛だ」
「イメルダ様にはかなり手厳しいのですね?」
「今まで、あいつがさんざんに甘やかしてきたから、わがままばかり言うようになった。少しは厳しく育てねばならん」
「そういえば、奥様は?」
「あいつか?あいつは領地に静養に行かせた。・・・・・わしも頭に血が上ってしまい、あいつを攻撃してしまって、顔を傷つけてしまった。・・・・後悔している。少し落ち着いたら、ご機嫌伺いにいかねばならんなぁ」
公爵がしょぼんとした顔にもどって言い訳をするように小さな声でぼそぼそっと話をした。公爵は愛妻家で有名だ。喧嘩して、領地へ追いやったことを反省しているのだろうとアレクは思った。
「わしは、ローゼリアが家出をしてしまって、いろいろ後悔ばかりしておる。それで、ローゼリアは竜王国へなぜ行った?」
「クロッシェの勉強をし、その後、宵の杜に向かうとのことです。」
「宵の杜か。・・・わかった。お前も宵の杜に行くのだろう? 話は通しておく」
公爵はそう言うと、立ち上がり机の明かりを消すと書斎から出て行ってしまった。その後ろ姿は、先ほどまでの疲れた雰囲気はなくいつもの冷たく近寄りがたいものに戻っていた。残されたアレクはその後ろ姿に向かって一礼すると、書斎の窓から外に出て行くことにした。




