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6.クロッシェの秘密と私のしたいこと(2)

「お嬢。まずいことになった」


 御者台にいるアレクの言葉に、はっとして私も荷馬車の中から前方をみた。少し先で砂ぼこりをあげてこちらに向かってくる馬が5頭ほどいる。黄色に獅子の旗印は皇国第一騎士団だ。どんどん近づいてきて、私達の荷馬車の前で止まり、アレクに荷馬車を止めるよう叫んだ。私とアンは慌てて、箱の陰に隠れた。


「元老院からの通達で、人を探している。荷馬車を検めたい。協力を願いたい」


 先頭にいた騎士が馬から降りて、ガチャガチャと剣や靴の音をたててこちらに向かってくる。皇国第一騎士団の中には私の顔を知っている騎士も多くいる。まずい。このままでは、見つかって連れ戻されてしまう。何かいい方法を考えなくてはと必死に考えるけれど、何も思い浮かばない。アンが私をかばうように立ち、私は箱の陰に隠れた。


「ローゼ。困っているようだね。あいつらから逃げたいんだね? 」


 ガルデオン様が小さな声で聞いたので、私とアンは小さく頷いた。


「美味しかったクロッシェのお礼だよ!」


 そう言うと、ガルデオン様は、ぽんっ!と小さな音をたてて、10歳くらいの小さな男の子の姿を変えた。それから、手に持っていたクロッシェに息を吹きかけて、小さな杖にかえ、杖を一振りした。そこへ、騎士が1人荷馬車の荷台に上がってきた。


「ここにあるのは、薬草だけだよ。ねえ、にいちゃん」


 ガルデオン様は杖をくるくる回しながら、御者台のアレクに言った。


「あ? あああ、そうだな。ガル」

「確かにそのようだ」


 上がってきた騎士は荷台を見回してそう言うと降りていった。ふう。よかった。私達のことには気づかなかったみたい。今まで止めていた息をふうっと小さく吐いた。


「引き留めて悪かったな。」


 そう言うと、騎士団はあっさりと荷馬車への興味をなくしたようだった。馬から降りていた騎士も馬に飛び乗り、荷馬車の検めも終わったとばかりに、馬を走らせて私達が来た方向へと走り去っていった。

 よかった。なんとか騎士団をやり過ごすことができた。

 ぎゅうっと握りしめていた手を見ると、手のひらに爪の跡が残っていた。怖かったし、もう戻りたくなかった。


「ガル様。ありがとうございました。騎士団を無事にやり過ごすことができました。どのような魔法をかけてくださったのですか?」

「うん。ちょっとばかし暗示をね!生真面目っていうか、いい人だったから、あっさりかかっちゃったね。ふっふっふ」


 悪戯っ子の顔をしてガルデオン様が言った。ああ、よく見ると、人の姿のガルデオン様も可愛い。水色の髪、肌は透けるように白くて、濃い群青のちょっと吊り目気味の目は意思が強そうだし、八重歯がチャームポイントね。今でも十分人を引き付ける魅力を振りまいているのだから、きっと、大きくなったら美少年と呼ばれ、恋焦がれて涙する女性が後を絶たないだろうなあ。私が見惚れていると、アンも同じだったのか、ほおっとため息をついている。


「そうそう、ローゼ。ローゼはこれからどうするの?さっきの騎士に会いたくないってことは、何かあったの?」

「ええっと。私には妹がいまして・・・、妹がおねだりするので指輪をあげてしまいました。その代わり、この“精霊のかぎ針”を返してもらいましたの。しかし、指輪は人にあげてもいいものではなかったので、私は家を出ることにしました。だから、さっきの騎士達に家に連れ戻されてしまうかと思いましたの。助けていただき本当にありがとうございました」

「今家出中なんだぁ。じゃあさあ、これからどうするつもりなの?」

「カシュール共和国へ行こうと思いますわ」

「そこへ行く理由は?」

「特にあるわけではないのですが、私のおばあさまがかつて住んでいたと話をしてくださっていたので、行ってみようかと」

「それって、ローゼが行かなきゃいけないの?」

「それしか選択肢がなかったというくらいの理由です」

「じゃあさ、ボクと一緒に宵の杜へ行かない?」

「ダメです!宵の杜といえば、魔物がいっぱいいてそこへ行ったものは帰ってこれない恐ろしい場所だというもっぱらの噂です。そんな危ない場所へお嬢様を連れて行こうなんて、お前は何を企んでいるのです?」


 今まで黙っていたアンが声をあげた。確かに宵の杜のいい話は聞かない。騎士団が派遣されたけど、帰ってこなかっただとか、魔物が村を襲って全滅しただとか、そんな話ばかりだ。でも、それは噂だ。


「うーーん。ボクが美味しいクロッシェを食べたいからというのはだめかな?でも、君たちにも利点があると思うよ。主思いの侍女?」

「確かに、ガル様と一緒にいれば、小うるさい爺から逃げおおせるかもしれません。ですが、宵の杜は危険すぎます。私とアレクだけでは、お嬢様をお守りできません。もし、貴方がクロッシェだけが目当てならば、お嬢様に頼んで数多く編んでいただいて、持っていけばいいではありませんか。」


 アンとガルデオン様の間で不穏な空気が流れている。アンにとっては、私が安全であることは一番優先したいことだと思う。今まで、公爵家と王城くらいしが生活圏だった私だ。いきなり魔物がいるという噂の場所に行くのは、かなり勇気がいるし危険だ。私だって、いきなり魔物と遭遇して、撃退できる自信はない。アンも戦闘能力はない。アレクの剣はそこそこだが、魔法は使えない。魔物相手ではかなり不利だ。


「アン、アンの言う通りだわ。今、宵の杜に行くのは無謀だわ。」


私はアンに頷くと、ガルデオン様の方をむいて、失礼のないように話すことを心掛けた。


「ガル様、私は今まで守られて暮らしてきました。魔物と対峙する術を持っておりません。宵の杜へご一緒するのは無謀かと存じます。」

「そうかなあ。じゃあさあ、ローゼはこれからどうしたいんだい?」

「私は、これからは、ただ守られるだけの存在ではなくて、私自身、何か出来ることを見つけていきたいですわ。

 先ほど、ガル様に私が編んだクロッシェが美味しいって褒めて頂いてとても嬉しゅうございました。できれば、クロッシェについて学びたいと思います。ですが、どうすればいいのかいい案が浮かびません。」

「じゃあさああ、じゃあさあ、・・・竜王国へ来るっていうのはどう?

 クロッシェを教えてあげるよっと言いたいところだけど、実はボクは編めないんだ。だからね、竜王国の図書館に行けばいい。竜王国にはクロッシェをよく知っている竜がいるんだ。ただ、理屈はよく知っているんだけどひどく不器用で、ちょっと話下手だけどいいやつだよ。だからさ、一度竜王国に行って、勉強するっていうのはどうかな?

・・・それから宵の杜に行くっていうのはどう?」

「とても魅力的なお話ですわ。しかし、私のような人間が竜王国へ行くことが出来るものでしょうか?

 私は竜王国と皇国は100年前に戦争をして交流がなくなったと聞いています」

「その100年前の戦争って、人間が竜王国の魔石に目がくらんで攻めてきた時のいざこざのことかな?大勢の人間がやってきて、魔法を使ったり、剣を使ったりして騒ぎを起こしていたんだけど、竜王国からしたら大したことなかったんだ。でも、いろいろあって、レヴィーつまり竜王が皇国と表立って関わるはやめようと決めたんだ。別にボクは人間を嫌っていない」

 「そうでしたの?・・全く知りませんでした。皇国側の史実だけを学んできたので、私は皇国のいいように捻じ曲げられてしまった史実を真実だと思っていたのですね。」

「そういうことになるかなぁ??

 ま、ローゼが竜王国に来ても問題ないよ。ローゼのいた国の人の目を気にすることもないし、きっとローゼにとっては安全だよ?

・・・・逆に、ローゼが編むクロッシェが美味しいとわかったら、大勢の竜が殺到して大変なことになるかもね?」

「それならば、一度、竜王国へ行かせていただきたく存じます。

 アン、アレク、貴方たちはどうする?」

「私はお嬢様について行きます!たとえ地の果てでもついていくって言ったではありませんか!」


アンは、即答だった。


「ありがとう。アン。貴方がいてくれたら、私は寂しくないわ。」


アレクは、しばらく考えていたけれど、難しい顔をしてガルデオン様を見た。


「お嬢。俺は、お嬢が宵の杜へ行ったときのことを考えて、先に宵の杜へ行くことにするぜ。宵の杜周辺で冒険者になって、情報を得ておこうと思う。」

「わかったわ。アレク。確かに、宵の杜の情報も欲しいところだわ。

 でも、もう、貴方は自由なのよ。私から離れて暮らしても構わないのよ?」

「俺もお嬢が嫌というまでついていくって言ったぜ。それにさ、冒険者になって、魔物とかを相手に暴れていりゃ、それはそれで俺のやりたいようにやっているのと変わらないから、心配しなさんな。

それより、竜王国っていうのは本当に安全なんだろうな? ガルちび」

「ローゼは、ボクが守る。こう見えても、ボクは竜王国でもそれなりの地位にあるから問題ない」

「じゃあ、お前を信じてお嬢を任せた。しかし、連絡が取れないつーのもなんだな。なんかいい方法ないのか?」

「あるある!ローゼ、ちょっと、耳かして」


 そういうとガル様は、さっきの杖で私の耳を触った。ちょっとちくっとした。棘があった?


「ちょっと、血をもらうよ。」


 ふふふんと言いながら、ガル様は杖の先に私の血をほんのわずかつけると、クロッシェ3つを床に置いて、その周りに杖についた血を使って魔法陣を描いた。私の知らない魔方陣だ。そして、杖を振りながら、呪文を唱え始めた。すると、魔方陣がぼおっと青白く光ったかと思うと、クロッシェの花は小さな青いピアスに変わった。よくよく見ると、それは小さな青い花びら5枚と赤い花芯がある小さな花だった。ガル様はそれを持つと、ぶすっとアレクの左の耳たぶにさした。


「いた。いきなりなにすんだ?ガルちび」

「ふん。その魔石で、お前が何処にいてもローゼには判るようにしてやったぞ。感謝しろよな!おまけに、茉莉花の魔力で作ったから、もれなくあまーい夢がみられるよ。

 ちなみに、その魔石は耳をそぎ落とさない限り、外れないから安心しな。ボクのことをガルちびと呼んだ罰さ。ふふふん。ざまーみろ。」


 なぜか、顔を押さえているアレクと、妙に勝ち誇った顔のガル様がいた。


 ---------そして、私はアレクと離れ、アンと一緒にガルデオン様の案内で竜王国へ行くことを決めた。


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