第24話 母さんは見なかった
犬 「桃太郎様、ようやっと鬼退治できましたワン!」
桃太郎 「そうだな。裏を掻いてマネーロンダリングしてやった時の鬼共の顔ときたらなかったよな。きび団子を一つ褒美にあげよう」
犬 「あの、でしたらきび団子より血統書を下さいワン!」
桃太郎 「血統書? お家新設か。思った以上に利口な犬だったんだな君は。……団子やっといてよかったー」
犬 「桃太郎様って何気に物言いがムカつきますワン。けれど昔話だと思って油断してると下剋上に遭いますワン」
桃太郎 「下剋上……だと!?」
ゆめりノートは何だか妙な方向に驀進中だった。
「お前何で桃太郎パロディーがこんなになるんだよ。資金洗浄とか悪党だろこれじゃあ。もっとこう感動ものにするとか、恋愛ものにするとかやりようはあんだろ?」
「他にないような切り口で作ってみたのよ。うちの演劇部って前に地区大会とブロック大会勝ち上がって都道府県大会まで行ったらしいのよね。だから次は全国大会目指したいと思って」
「まあ、目標が高いのはいい事だが……これは、無駄な労力を使ったな」
パタンとノートを閉じた俺からの偽りない評価を賜った奴は、テーブルの上のスナック菓子の袋を素早く取ると一人でボリボリ頬張った。自棄食いかよ……。
七月に入って、天気も晴ればかり。
俺たち二人はまたもや俺の部屋で過ごしている。
奴は傲然とベッドに腰掛けて、俺はやっぱり地べたに座って奴からつむじを凝視されていた。指圧ならぬ視線圧力――視圧! マッサージ効果は、皆無!!
今は面倒な中間テストがようやく終わって一息と言った頃合いだった。
因みにうちの学校は二期制だ。
実の所、俺は感想以外に言おうとした台詞を呑みこんでいた。
――ゆめりは演技者の方が向いてるんじゃないか。
最近と言わず前々から俺はそう思っていた。
だが今までも本人にその気がなさそうだから口にしたためしはない。
「はあ、それも限定ものだったのに……。お前一人で食い過ぎだろ」
「また佐藤君に買って来てもらったら?」
「お前が言うな。それにこれは久保田さんからもらったんだよ」
「……何であんたに?」
「付いてくる武将カード目当てに張り切って買ったものの、菓子が多量にあっても食べ切れないとかで、俺を含めた知人たちに持ってきたんだよ。佐藤なんか兄弟が多いから喜んでいくつももらってたな。ったく全部食うとか、太っても知らねえぞ」
「あたし食べてもあまり太らないのよね。……正直本当はもうちょっといろんな所に肉欲しいんだけど」
奴はどこか悩んだようにそう言って、俺のベッド下を見つめた。
大食いしても太らない体質でいいと思うんだが、何故そこを凝視する。
俺はハタと思い当たった。
「ああやっぱ、身体測定の数値は改竄…」
「あれは実・測・値!!」
ゆめりがもう口を噤めとばかりに、目にも止まらぬ速さで俺の口に蓋付きペットボトルを突っ込んで来た。
お乳出ないでちゅ、ばぶー……ってちげえ!
さっさとお口を救済した俺は、根こそぎ菓子を取られ口寂しいので緑茶のペットボトルに口を付ける。
「別に今のままで十分だろ。うちのクラスの女子はいつもダイエットの話ばっかしてるぞ」
「――でもあんたはもうちょっと肉感的な方が好みでしょ」
あっぶねえー……危うく噴く所だった。
「お前いちいち際どいんだよ」
窘めれば、奴はちょっと唇をすぼめた。
「でも胸とかお尻とか太腿がしっとりむっちりしてる方が、普通男はそそるんでしょ?」
「いやまあ、そこは人それぞれ……って、ななな何だよ?」
奴はわざわざ俺の手を取り、半袖から伸びる自身の二の腕を触らせてきた。
「あたし、細すぎる?」
「へ!? いやっ全然柔らか……って、はっ放せよ!」
何でそんなに無防備に触らせてくんだこいつは。いくら気心知れた幼馴染みでも俺は男なんだ。妙な気分になるだろ。
乱暴に手を引っ込めた俺に腹を立てたのか、奴は意地になって再度俺の手を握ってくる。
「だからやめろって!」
「何で拒否るのよ。あんたの意見を聞きたいの! それにこんな美少女の二の腕触れてラッキーでしょ!」
「自分で美少女とか言ってて恥ずかしくねえのかよ!」
「この際気にしないわ。……二の腕の柔らかさって、胸と同じって言うわよね」
「――っ! おまっ、マジでいい加減放せっ!」
意図はどこにあるのかまるで試すような声に、焦った心が奴から離れろと訴える。だが一度目よりも力を入れたせいで俺を放さない奴ごと引っ張ってしまった。
向こうも予期せぬ反撃だったのか目を見開いた。息を呑む音さえ聞こえそうだった。
バランスを崩しベッドからこっちに落ちる奴へと咄嗟に手を伸ばす。
口を開けたペットボトルを放り出すようにして。
え、またこのパターンなのか?
そうなのか?
「……あっぶね」
様々な想いが去来したものの、今度は何とか受け止められた。
ペットボトルが床に転がって口から中身を零しているが後回しだ。
「お前大丈…ぶ……」
――むにっ。
むにっ?
気付けば、片方の掌が二の腕の柔らかさと同じ感触を布越しに伝えている。
「ほ……あ……?」
近い位置にある顔が金魚のように口をパク付かせ、見る間に赤くなっていく。
それは全てを解した俺も同様で……。
天の悪戯か、無意識に手指がピクピクと動いた。
「ぁ、……ッ」
小さいが聞いた事のない艶かしい声が上がって、――問答無用で制裁が下った。
二分後。
俺は床、奴はベッドの位置関係に戻っていた。
母さんの登場もなく内心大いに安堵もした。
「マジでごめんなさいゆめり様不可抗力なんです」
俺は現在鼻の穴にティッシュを詰めている。無論鼻血を止めるためだ。
この鼻血、ラッキースケベでなのか幻とまで言われた伝説の女傑の鉄拳でなのかはわからない。
正座の俺が凝りそうなくらいに恐怖で肩を竦めていると、ゆめりは溜め息をつくとまだ頬を赤くしたまま創作ノートを閉じた。やったあ終わりだぁい!
「ねえ、ところであんたは球技大会何に出るの?」
「ん、卓球」
「何だバスケとかじゃないのね。まあインドア人間だから仕方がないわよね」
「仕方がないとは失礼な奴だな。言っとくが卓球だって結構ハードだぞ」
「高レベルな試合できる人がやればでしょ。あんたの場合温泉卓球じゃない。近所の卓球愛好会のおじいちゃんたちの方が動きもキレッキレよ」
「素敵なお言葉をどうも! そういうそっちは?」
「水泳」
他校とかだと五月辺りに開催される体育大会だが、俺たちの学校は水泳も競技に含めた水泳・球技大会を七月に開催する。そういう方針なのか陸上競技はないんだよな。
だがまあ水泳大会とは実にすばらしいではないか。
話題が変わったおかげか、奴の怒りもほとんど治まってくれたようで何よりだ。
「まあお互い頑張りましょ? 一組には負けないわよ」
「こっちだって………………いや、んーどうだろうな」
「やる気なッ……!」
珍しく、奴がツッコミ担当だった。




