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■おまけ■婚約後のあるパーティにて

二人がイチャイチャする話です。


 マルネリッタは内心苛々しながら顔に笑顔を張り付け、オルディアク殿下の隣に並んでいた。

 賑やかなパーティにマルネリッタは今夜も殿下とともに貴族屋敷に招かれている。

 王宮で女性から殿下へ求婚した今話題のカップルということで、二人への招待が殺到しているらしい。殿下が選りすぐり、数を減らしているというが、それでも婚約した後、二日に一度はどこかへと出かけている。

 マルネリッタは毎晩のように殿下とともに過ごせる時間ができたので嬉しいと言えば嬉しいのだが。すでに一カ月が経ち、疲れや不満が溜まり、その苛々を隠せなくなってきていた。

 その不満の大半は、この状況にあった。

 今夜も殿下を独身娘達が取り囲み、隣にいるマルネリッタの頭上で視線が交わされている。殿下は婚約しているというのに、殿下の隣に婚約者がいるというのに、状況は以前とさほど変わらなかったのだ。

 殿下はと見上げれば、娘達へにこやかな笑顔で言葉を返していて。婚約以前よりも非常に対応が爽やかである。

 もちろん、そのやり取りは相手への好意を示すものではない。婚約おめでとうございますとか、結婚の日取りは決まりましたかなど祝福の言葉が告げられ、殿下が機嫌良さそうに返すのは当然といえば当然なのだけれど。マルネリッタにはこの状況が実に不満だった。

 一見、殿下へのアプローチではなさそうに見える娘達の言葉。だが、彼女達がマルネリッタを見る時間はごくわずか。ほぼ殿下のみを見つめているのである。

 仕方なく、マルネリッタは殿下の腕を抱えこみ横にベッタベタにくっついて娘達に牽制の視線を送る。のだが、毎度、娘達への効果はない。何せ彼女達は上ばかり見て、下には視線を向けないのだから。

 でも、腕を掴んだせいか嬉しそうに微笑んだ殿下が見下ろしてくる。

 それを目にした彼女達が顔を引き攣らせるので、マルネリッタの気が少しだけ晴れる。けれど。

 殿下のこの笑顔は何度見ても見飽きないほど好きで、他の人には、できることなら誰にも見せたくない。

 殿下を勝手に見ないで! 殿下に近寄らないで!

 そんな思いに駆られる。

 マルネリッタは無言で殿下の腕にぎゅっとしがみついた。


「あぁ、ごめんよ、マルネリッタ。疲れたんだね? 少し休もうか」


 殿下の抑えた声には、どうしたんだ?という問いかけが滲んでいた。だが、マルネリッタは顔を上げず、ただ頷いた。

 そのまま殿下に手を引かれて人混みを抜け、やや暗い廊下へと向かう。

 そうして喧騒から離れたところで、殿下は足を止めた。


「どうしたんだ、マルネリッタ? 今夜は元気がないな。具合が悪いのか?」


 殿下が心配そうに声を落して尋ねてくる。その声はマルネリッタのすぐ頭の上で。殿下がすぐそばで腰を屈めていることを感じていた、けれど、顔が上げられずに唇を噛んだ。


「……殿下」


 マルネリッタは何とか口を開いたものの、言いたい、言いたくない、言って呆れられたら……、そんな気持ちで揺れていた。

 他の女性と楽しそうに話しをしないで。

 他の娘達に笑顔を向けないで。

 そんな事は、我が儘で愚かな要求だとマルネリッタも思う。彼女達は祝ってくれているのだから、喜んでお礼を告げるのはとても正しいこと。

 そう思うけれど。そう言い聞かせているけれど。

 以前の殿下だったら少し愛想の足りない笑みを張り付けて、表面上は穏やかな口調で返していた。それが、今では柔らかな笑みで優しそうに嬉しそうに言葉を返す。それを、彼女達が恥ずかしそうに受けるのを見ていると、マルネリッタはとても不安になるのだ。

 殿下を好きにならないで。

 殿下の目に映らないで。

 そんなことを思う自分の顔が醜く歪んでいくようで、苦しくなる。

 以前の殿下の対応だったなら、こんな風じゃなかったはずなのにとマルネリッタは殿下への不満も募らせていた。

 自分との婚約が一因だとしても、どうして殿下は他の女性に爽やかな笑顔を振り撒いているのか。殿下の笑顔のせいで、殿下へ声をかけようとする娘達は増えているというのに。

 リリティナの手紙から得た情報によると、庶民で見た目も今ひとつな娘が殿下へ結婚を申し込み承諾してもらったと知られたことで、自分にもチャンスがあるのではと貴族位の低い家の娘達が俄然積極的になっているらしいのだ。殿下はお高く澄ました娘より、明るい庶民的な娘で行動的な女性が好みだとの情報が流れているのだとか。

 今までオルディアク殿下は恋人を連れて社交場に出たことがなかったので、清楚な貴族娘が好みだとの噂が有力視されていた。そこへマルネリッタの登場で、噂は激変した。王族の血を引く娘で金髪が好みなのだ、と。


 マルネリッタはリリティナに教えてもらった通り、母が王族の血を僅かに引いていることがわかった。が、血筋としては、とても遠いらしい。

 今、殿下に近づいているのは、マルネリッタ同様に王族の血を引く金髪の女性が多い。以前、殿下を取り巻いていた貴族娘達とはガラリと変わっていた。彼女達はマルネリッタほど背が低くはないが、マルネリッタよりは可憐な愛敬のある娘達ばかり。しかも、みな積極的に話しかける明るい娘達だ。

 マルネリッタは婚約者がいる男性にアプローチするなんて信じられないと思うけれど。リリティナが言うには、婚約中なら結婚しているわけでなし、婚約中の男女にアプローチするのは普通のことらしい。

 積極的な娘達と楽しそうに言葉を交わす殿下を見ているのは、心配で、不安でたまらない。

 殿下が婚約を受けてくれたのは子供の頃の約束があったからで、殿下に特別な感情はないとしたら。この女性達の中の誰かに心惹かれたりしたら。……どうしよう。


「マルネリッタ?」


 ぐるぐると悩むマルネリッタの頭を、殿下の大きな手が躊躇いがちに触れてきた。

 恐る恐る撫でるその手は、マルネリッタを心配していて、泣きそうになる。この手は、このまま自分にずっと優しいままでいてくれるだろうか。とても嫌な事を考えていると、知っても……。

 マルネリッタは殿下の右腕を両手で掴んだまま、顔を上げた。


「殿下」


 頭を撫でていた左手が、顎を上げたマルネリッタの片頬をそっと包んだ。その手は優しいようでいて、俯かないようにと促してもいて。すぐそばに暗く陰った殿下の顔が迫っていた。

 廊下の灯りでは、あまり見えないけれど、明るい表情ではない。


「マルネリッタ」


 自分を呼ぶ殿下の小さな声は教えて欲しいと告げている。悩んでいることは殿下にもわかっていて、それを教えろと迫りはしない。でも、悩みがあるなら知りたいと思っていると、心配しているのだとその声から伝わってくる。

 マルネリッタは、口を開いた。


「……他の女性に、笑顔を向けないで、欲しいの」

「気をつけるよ。他には?」

「他の女性ばかり見ないで。私……私、だけ……」

「マルネリッタ」


 殿下の唇がゆっくり降りてきて、重なる。やわらかな唇が触れ、言葉は重ねられた唇に途切れた。

 マルネリッタの視界は暗くなり、目を閉じた。触れる感覚に神経を集中する。息が触れ、鼻が触れ、体温が触れる。唇は二度、三度と軽く触れた後、遠ざかりそうになり、離れたくなくて、両腕を伸ばした。殿下の首へ縋るように。


 殿下の腕が背中に回り、ふわりと両足が宙に浮いた。と、軽く触れるだけだったキスが、深く絡むキスに変わる。抱き締められ、その腕に包まれて、開いた唇を殿下に深く弄られる。

 優しいキスではない、身体の奥に興奮を掻き立てられ、息が乱れ。殿下のそれに翻弄されてしまう。吐息が絡みあい、胸は苦しくなる。

 自分の身体を抱き締める腕の強さに、腰を支える大きな手に、自分の感覚を翻弄する殿下に、頼もしく逞しく、でも僅かな恐れを覚えた。

 自分ではどうにもできないほど強くて大きい力がそこにはある。でも、それは自分を求めていると感じられるから、恐いだけではない。

 ずっと抱き締めていて欲しくて、このキスを終わらせたくなくて、マルネリッタは殿下の首に回した腕に力を込めた。より欲深くなっていく自分を感じながら。




 長いキスの後、殿下の腕に抱き上げられた状態のまま、ぐったりと首元に頭を持たせかけた。


「……ごめん」


 マルネリッタの耳に殿下の擦れた声が吹き込まれた。まだ熱い息がマルネリッタをゾクリとさせる。その揺れた身体を殿下の手があやすように撫でた。耳にキスを落とす。それらすべてがマルネリッタには甘く感じられた。

 マルネリッタはまだ乱れた息のまま、囁く。


「謝らないでください……私も、キスを、したかったから」

「それについて謝ったのではないよ。他の女性と会話していたことだ」


 殿下がマルネリッタの額にかかった前髪を指で直してくれる。その拍子に額を毛先が掠め、くすぐったい。

 クスッと笑いが漏れ、身を捩って顔を上げると、殿下が熱っぽい瞳で見つめていた。殿下の口元がゆるやかに笑みを形作る。

 それを眺めながらマルネリッタはぼんやりと考える。他の女性と……キスをする前には思い悩んで、勝手に苛々して言ってしまった。殿下は怒っても呆れてもいないけれど、落ち着いた今では恥ずかしく思える。

 殿下を取り囲む女性達に嫉妬して、他の女性を見ないで自分だけ見て、だなんて。


「ごめんなさい、殿下。我が儘を言って困らせて。皆さん、婚約を祝ってくださっているのに、馬鹿なことを言って、ごめんなさい」

「彼女達と話さないわけにはいかないが、遠ざけるべきだった。マルネリッタが不満を伝えてくれて、嬉しいよ」


 廊下の薄灯りを受けた殿下はとても綺麗な笑顔を浮かべていた。その笑みに、殿下の言葉に誤魔化しはないと感じ、ほっとする。

 醜い嫉妬から出た言葉だとわかっているし、殿下に知られたくない嫌な感情だけど。変に歪んだところで、殿下へ不満を溜めたくはなかったから。


 自分はこうして不満をぶつけてしまうけれど、殿下はどうなのだろう。不満があったり、我慢していたりしないのだろうか。

 マルネリッタは殿下に尋ねた。


「殿下は……私に、不満とか……あるでしょう? 我慢していたりとか、あったら、教えてください。私もなおしますから」

「不満……我慢……マルネリッタに?」

「あるでしょう?」

「マルネリッタには……そうだな、俯かないで僕を見て欲しい。上を見上げるのは窮屈かもしれないが、俯かれるとマルネリッタの顔が見えなくて淋しい」

「はい」

「それから、できれば……できれば、だが……」

「何ですか?」

「一緒にいる時は、こんな風に抱き上げてもいいだろうか? マルネリッタが手を離したら、どこかへ行ってしまいそうで、心配なんだ」


 殿下は心配性らしい。どこかへ行ってしまうなんて、子供じゃないんだけど、という言葉をマルネリッタは飲み込んだ。


「はい。私も、殿下の腕に抱き上げられるのは、好きです。今も、昔も」


 遠い昔も、この腕の中に抱き上げられ、間近に殿下の柔らかな笑顔を見るのが好きで。


「大好きです、殿下」

 

 そっと殿下の頬にキスをした。軽く、だったけれど、自分から顔を近付けるのは恥ずかしい。

 それだけでも勇気がいったのに、殿下は鼻をすりつけてくる。

 まさかキスの催促? そんな。まさか、ね。

 マルネリッタが視線をそらし、もう一度戻すと。


「マルネリッタ」


 真剣な眼差しで殿下が見つめてきた。

 綺麗なこういう顔も好き。そんなことを考えながら、震える唇を寄せていく。

 

「好きだよ、マルネリッタ」


 満足そうに告げる殿下の声が、ドクドクと激しい鼓動の音や息の音がうるさくて、近いはずなのになぜか遠くに聞こえる。

 マルネリッタは殿下の腕の中で瞼を閉じた。そして、時間も場所も忘れて、その温もりに包まれ翻弄されていった。


 オルディアク殿下はやっと手に入れた宝物を隠す場所が整ったことを彼女に何時告げようかと悩んでいた。

 結婚の許可は下りたが、手続きはまだ行われていない。だが……。


 その夜、二人を乗せた帰りの馬車は王宮ではなくランスオードの屋敷に向かったのだった。




~The End~

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