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異世界で魔犬な生活  作者: fumia
第一章
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第六話:保留

>>カイト

 6月に入ったある日の放課後。風紀委員会室。


 いつものようにマスター達が話し合いをする傍で、いつものように特定の面子で集合して雑談をしていると、これまたいつもの如く部屋の扉が開けられてアイリーンとその飼い主が……。おや?今日はもう1組、生徒会の一員らしい少女と彼女の飼い犬らしい小型の魔犬1匹が後ろから続いて入ってきた。

 俺やアイリーンのマスター、そしてこの場にいる美少女と分類できそうな他の人間の少女達と比べると、お世辞にも可愛いとは言い難い、少しぽっちゃりとし過ぎた貫禄のある御方である。

 そして、そんな彼女のがっしりとした太い腕に抱かれ、

「ねえ、アイリーンちゃんったら……!ねえ、ってばあ!」

と、無視され続けているのに盛んにアイリーンの気を引こうといる犬は、何と先日会ったコーギー犬だった!

 どうやらあの時見掛けたあの御婦人は彼の真の主人ではなかったらしい。先日は何故自分のマスターを羨ましがられたのか理解に苦しんだが、今の俺は少しだけコーギー犬に同情した。


 ふと誰かの鼻先が左の頬に触れたような気がして振り向くと、案の定文字通り目と鼻の先にアイリーンの不機嫌な顔があった。

 ん?怒っている?その彼女らしくない表情を訝しく思った俺は確認の為にアイリーンの顔を二度見してしまった。だが、その顔は確かに機嫌が良いと言える物でなかったが、俺を見つめつつもその視線は俺を避けて上方で力士のような女子高生の胸に抱かれているコーギーに注がれている。

「ねえ!ねえ!ダーリン、聞いてよ!あいつ、さっきからしつこいのよ!わたしにはダーリンがいる、って何度も言っても誘ってくるの。本当、鬱陶しいわ!ダーリンからも何か言ってやってよ。」

 もう彼女の中で俺は恋人と言う事は確定事項なのか、というのは心ならずも不本意に感じたが、俺は敢えて突っ込まなかった。気もない男に言い寄られて乙女が困っている。そういうのを黙認して助け舟を出さないなど、それこそ男が廃るというものである。


 俺は首を曲げて上を見上げると、コーギー犬に声を掛けた。

「おい、そこのお前!」

 コーギーも俺の方を見下ろした。

「そうだ。お前だよ、お前。なに人の女にちょっかいを出しているんだ?しばくぞ、コラ!」

 俺なりに出来る限り凄んでみると、案の定コーギーも歯を剥き出してワンワンと吠え声を上げ始めた。

「あ?いきなり現れて彼氏面するんじゃねえ!お前誰だよ?」

「嗚呼?彼氏が彼氏面したら悪いのか?ゴラァ!ちょっと此方に降りて来い!一発かましてやる!」

 本当は半ば冗談で引き受けた心算だったが、不貞腐れた態度で悪態をつかれて、俺は脳を走る細かい血管の何本かが、ブチッと音を立てて千切れるような感覚を覚えて、無意識の内に本気でコーギーを威嚇していた。


 威勢の良い奴に限って、逆に自分が脅されると途端に萎縮するのはこの世の常なのか……。俺に吠えられるや否や、コーギーは苦々しい表情をして沈黙した。

 その代わり間髪を入れずして、

「まあ、何この犬!他人に向かっていきなり吠え立てるなんて!何て躾がなってないのかしら!」

とコーギーを抱いているデブスが騒ぎ出し、

「わたしの使い魔ですが、何か?」

と、美久も応戦して、人間同士一触即発な事態に陥り掛けたみたいだが、そんなの俺の知った事ではない。


「ふうっ……。」

と、一息吐いてゴロリと床に伏せる。すると、まるで労うかのようにアイリーンが彼女の腹を俺の背中の右側に擦り寄せて来た。暖かく柔らかい毛と肌、そして成長途上の乳房がそっと俺の地肌に触れる。何だか、案外悪くない。


 頭上から意味不明瞭な罵倒語らしき単語の欠片を滅茶苦茶に喚き散らすコーギーの口惜しそうな吠え声と、

「何、この犬。躾がなってらっしゃらないのね!」

と、奴の主人のデブスが場違いにも俺への文句を飼い主の美久へとなすりつけたクレームが聞こえてきて耳に障るが、横から掻っ攫えそうになった物を一先ず守りきれた安息から、俺にはそれが何処か遠く、己とは那由多の距離にある彼方から辛うじて届いた空虚な物に思え、心底どうでも良いように感じて毛頭にも気にならなかった。

 まあ、全く無かったと言えば嘘になるか……。それでも、顔の周りで飛び回る小蝿程度のウザさだったが……。

 それよりも不思議な事に、コーギーを外野へと追いやった途端、さっきまであんなに良い雌に見えていたアイリーンの姿が急に霞んでしまった。勿論、一般的な犬的基準なら若くて可愛い彼女の様子が突如劣化した、という訳ではない。単に、俺の興味が唐突に失われたまでである。


 しかし、どう云う訳かそれ以来、一時しのぎの狂言の筈が、まるで俺が本当にアイリーンの恋人であるかのような扱いを受ける羽目になってしまっていた。

 どうやらアイリーンがそれとなく吹聴しているらしい。どうも彼女は、俺が茶番を承知して雄避けの為の彼氏役を買ってでたとは考えず、そういう事だと思い違いをしているらしい。

 鬱陶しくない、と言えば嘘になる。が、正直なところ強いて否定する理由も要素もない。溜飲が下がらないけれども、別にいいのかなあ。と思う俺なのである。


 そうして一先ず一区切り。

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