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異世界で魔犬な生活  作者: fumia
第一章
6/7

第五話:俺とコーギー

>>カイト

「じゃあね、カイト。わたしが戻って来るまで、そこで良い子に待っているのよ。」

「解っていますよ。御主人!」

「いい?絶対に逃げようだなんて事を考えちゃ駄目よ?」

 百も承知、二百も合点!そんな怖い顔で睨まないでよ。……とたじろぎつつ、俺は去って行く美久の後ろ姿を見送った。


 休日の午後のショッピングモール。多くの主婦や家族連れで賑わう巨大な建物の正面口の傍、布ベルトや鎖を付ける為のステンレス製のポールに青いリードを結ばれて繋がれた俺は、少し橙色が混じった明るいベージュ色の煉瓦が敷かれた敷地内の道路の上に、四つん這いになって伏せた。

 やる事も無いのでぼんやりと前を眺めると、両側に店が連なるショッピングモールの屋外通路を、まるで建物が一つの大きな生物だと錯覚させるかの様に、右に左に群集が往来し、俺から向かって左手にある入り口へと吸い込まれたり、逆にそとへと吐き出されたりしている。


 最も、地下や上層部に立体駐車場を設けているものの、ショッピングモールといえど郊外や田舎にある広大な物ではなく、スーパーマーケットにデパート的な要素が付加した、所謂近郊型のそれであるから、建物や敷地自体がそこまで巨大である訳ではない。

 それでも、食料品や日用品、工具や日曜大工の材料、ガーデニング用品、果ては各種服飾ブランド品までここ一箇所で全て賄える所為か、この辺り一円の住民がわらわらと集って来るのだから、行き来する人の数も尋常ではない。なのに、然程大きそうに見えない、精々500m四方もない上に実質2階分程しか店舗スペースを確保していないこの建物が、一日に何百人も食べたり吐いたりしている。そんな事を考えると、何とも不思議な事に思えてくる。

 果たしてこの建物は、毎日何百人も丸呑みして金という栄養を搾り出し、消化し終えた絞り粕を排出する事に満足しているのか?それとも、自分が餌を独占する事で他の小さな生き物が絶滅の危機に瀕している事を少しでも申し訳ない、と案外良心の呵責に苛まれたりしているのだろうか?もしこの怪物に喋るという特殊技能があったなら、是非とも聞きたいものである。


 6月が近付いている事もあり、その分日々気温が上昇して段々と暑苦しくなりつつある。だが、それでも陽気というのはまだ其処彼処に漂っているもので、俺は時折欠伸をしながらウトウトと瞼を下げて鼻提灯を膨らましていた。

  警戒心など何処へやら……。ただでさえ愛くるしいと評判を得易い小型犬なのにほんわかとした雰囲気を撒き散らしていると見ている者に安心感を与えるのか、時々通りすがりの通行人、特に女子供やお年寄り、が足を止めて俺の姿をじっと見下ろしていく。


「あ、お母さん。見て!ワンちゃん!」

「あら、本当。でも、ばっちいからあんまり触っちゃ駄目よ。マヤちゃん。」

「え――っ!?」

「え――っ、じゃないの。さ、行くわよ。」

 不潔だなんてとんでもない。ちゃんと毎日お湯を浴びて清潔さを保っているぞ!と内心おばさんの方へ抗議しつつ、店の中に吸い込まれていく水色の幼稚園の制服を着た女の子とその母親らしき女性の親子連れを俺は見送った。


「あ――ッ!ちょっとこれ見てよ。子犬がいる!」

「うわあ、ホントだ!ガチで可愛い!」

「マジで有り得ないんですけれど――……。」

 21世紀も早数十年過ぎようとしている現在に、茶髪に顔黒メイクにルーズソックスという、絵に描いたようなヤマンバギャルがこんな都会の真ん中に3匹も生存している事に驚愕しつつ、俺は自分を見下ろす女子高生らしき少女達を呆然と見上げた。


 そんなこんなで、時々立ち止まる人間を観察しつつ人の往来を眺めていると、薄紫色のワンピースを着て鶯色の帽子を被った、眼鏡を掛けて髪を紫色に染めた上品な老婦人と、彼女の左手に握られた赤いリードによって引き連られた俺と同い年位の子犬のウェルシュ・コーギー・ペンブロークのフォーン毛が俺の目の前を通り掛かった。

 老婦人は俺の繋がれたポールの更に建物に近い方の隣のポールに手にしていたリードをグルグルと巻きつけてコーギー犬を繋ぐと、去り際に彼女の犬に向かってこう言った。

「じゃあね、カミーユ。戻って来るまで、ここで少し待っていてね。」

「アイサー、行ってらっしゃい!」

 コーギーの方も心得ているのか、舌を出してはあはあと荒く息を吐きつつ、断尾されて無くなったのか尻尾など無いのに、まるでそれをブンブンと振っているかのように体を震わせている。


 風が頬を撫ぜる。相変わらず目と鼻の先を多くの人が通り過ぎて行く。

 隣に俺と同じ様に主人を待つ犬が来た。ただそれだけの事。それだけの赤の他犬だから、お互いに特に何も話し掛ける事が無い。


 かのイギリスの故事成語に、

『もしも見知らぬ誰かと話す機会があったなら、天気の話をせよ。』

というような格言がある。皆が一様に興味を示す話題、一致する意見など目の前の天候くらいしかない、という若干皮肉めいた言葉だ。

 しかし、そのお天気の話題すら、今は何の意味も無いように俺には感じられた。何故なら俺達の頭上には、雲ひとつ無い黄金色に輝く青空が何処までも広がっているのだから。

「いい天気ですね。」

「ですね。」

で会話が終了して余計に気不味くなるのが目に見えている。


 人並みの間を縫うように吹き込む微風が心地良いので、俺は何時の間にか地面に頭を落とすと、そのまま瞼を瞑ってウトウトと眠りに就いてしまった。


「おい!」

 声がする。

「む――――……。」

 暗闇の中、俺は生返事をしてゴロリと寝返りを打った。

「おいったら!」

「…………。」

「お――――い!」

「…………。」

 五月蠅いなあ。見れば判るだろ。寝ているのだよ。耳元でキャンキャン喚くな。

 そう、イライラとしつつ頑として目を開けてやるかと瞼を閉じていると、今度はカプリとかなり強めに首筋の後ろを甘噛みされた。血は出ていないみたいだが痛いのには変わらない。俺は堪忍袋の緒が軽く切れた。

「おい、お前!何しているんだよ?痛いじゃないか!」

「五月蠅い!お前こそ、さっきから俺をシカトすんな!」

 文句を言ったら、顔を真赤にして逆切れしやがった。だからコーギーは嫌いだ。賢いか何か知らんが文武両道の自信家で社交家の外面を引っ提げている癖に、神経質で喧嘩早くて気性が荒い。その上どんな犬と交配してもその血を色濃く残しやがる。あまり親交は持ちたくない犬種だ。


「いや、シカトって……。で、何だよ?」

 俺は面倒臭いな、と思いながらも見ず知らずのコーギー種の相手をしてやる事にした。俺達犬の世界には、ハスキーは話が解る、ドーベルマンには逆らうな、といった犬種犬種毎にどう交流すれば適切かという常識がある。因みにコーギーは、相手の気が済むまでとことん付き合え、だ。

 俺がぶつくさ言いつつ顔を向けると、余程嬉しかったのかそのコーギーはピョンっとその場で飛び上がり、ハアハアと荒く息を吐いる。そして、唐突にこんな事を持ち掛けた。

「勝負しようぜ!」

「何を?」

 そう、透かさず訊き返した俺に向かって続けられた奴の言葉に、俺は思わず我が耳を疑った。

「どっちが人間に可愛がれるか勝負だ!」


 唖然として立ち尽くす俺を尻目に、コーギーは飛んだり跳ねたりして己をアピールさせながら盛んに通行人へ声を掛け始めた。

「ねえねえ、そこのお姉さん。俺と遊んでいってよ!ねえったら。」

 お前はしつこいナンパ男か、と突っ込みたくなる程しつこく女子高生らしき人間の清楚で可憐な少女3人組に向かって、コーギーは言い寄って飛び付こうとしている。言うまでもなく、どんなに犬の俺達が何かを訴えようと言葉を発してみた所で、犬語を解せる超能力者でもない限り人間の耳には『ワン』とか『キャン』とか『ワオ――ン』といった鳴き声にしか聞こえない。特に気性の荒いコーギー種の場合、あまりに捲くし立てると犬の苦手な人種からは余裕で敬遠される程の音量と吠え声に聞こえるだろう。ましてやあんな風にジャンプすれば、襲われると咄嗟に誤解されても致し方ない。

「ちょっと!何?この犬!怖い!」

「行こう、行こう!近寄らない方が良いよ。」

と、慌ててコーギーから距離を取って避ける少女達を観察して、俺はそんな感慨に耽っていた。


 すると、俺も居る事に気付いたのだろう、女子高生達は俺の方へ接近してきた。

「あら?ここにもワンちゃんがいる!」

「この子、さっきの子と違って大人しそうね。」

「モフモフしていて可愛い!」

 染髪していない黒くサラサラした髪をなびかせた何処かお淑やかな少女達が、屈んで俺の顔を覗き込む。その瞬間、俺の中で出来心が芽生えた。そうだ、そこのコーギーに可愛がられると云う事はどういう事なのか、この身を以って実践してやろう。


 俺は態と後退りをし、少女達の顔を怯えたような表情で上目遣いに仰視するという芝居に打って出た。絶対に相手を怖がらせてはいけない。あくまで向こうより弱い存在と見せかけて下手に出て、彼らの母性や父性本能へ訴えなければならない。これが肝要だ。

「あら、この子。怯えてない?」

「大丈夫よ。怖くないからね。」

「ほ――ら、よしよし……。良い子、良い子。」

 相手が気兼ねなく己の身体に触れてきたら、そこで初めて時期を見定め、此方からもアプローチを仕掛ける。

「お姉ちゃん、遊ぼ!遊ぼ!」

 ここで、気を付けなければならないのは、普通に大声で吠えては全てが泡沫に化してしまうという事である。話す時はクンクンと鼻声で、頬や鼻先をスリスリと擦り寄せて子犬らしく愛嬌を振舞わなければならない。

 その上で、始終大人しくしておく事。態と少々馬鹿犬っぽくポケ――っとする事が可能なら、尚吉である。


 こういう時、そこで指を咥えて俺を口惜しそうに睨むコーギーのように、悪意を以って睨んだり、吠え声を上げて威嚇したりしてはならない。

「ちょっと、あの犬。まだこっちを見てあんなに吠えているわ。」

「怖い……。」

「行きましょう。……それじゃあね、ワンちゃん!」

……と、こんな感じで逃げられてしまう。短気は損気とはよく言ったものである。


「なあ、あんまりそうした感じで吠え捲らない方が良いんじゃない?」

 俺はコーギーの方へ向き直って彼に声を掛けた。

「俺達の言葉は人間には理解出来ないんだ。そんな風に大きな声を上げていたら、威嚇していると誤解されて却って逆効果だよ。避けられるのが落ちだぜ。現に逃げられたし……。」

「五月蠅い!」

 折角善意から助言してやったのに、コーギー犬は俺に向かって烈火の如く顔を紅潮させて咆哮した。

「五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!あ~~~~~~~~~~~~もう!うるさ――い!」

 そして、仰向けになって四肢でバタバタと宙を思いきり掻きながら一通りジタバタと喚き散らすと、今度は、

「うわ――――――――――――――――――――ん!」

と物凄い大声で号泣した。どうやら冗談抜きに本気で悔しがっていたらしい。負けず嫌いというのも、往々にして難儀するものと見える。これに負ければ確実に死んでしまう程の犬生一大の大勝負ならいざ知らず、所詮上なんて見上げたところで切りが無いのだから、こんなしょうもない所で1度や2度位負けたって別に構わないではないか……。俺はそう思う。

 しかし勝利への強迫観念とか抜きに、こういう奴って自分が上に立てないと我慢出来ないというか、自我が保てないのだろうな。そんな風に憐れに思いつつ、俺は自分とは違った意味で幼いコーギー犬をやや冷ややかに観察した。

 そして、押して駄目ならば引いてみるという、初歩的な交渉力すら発揮出来ない彼をもどかしく感じた。


 次はポケットの中に御摘みでも突っ込んでいそうな、黒いトレーナーの上から黄味掛かったカーキ色のナイロン生地のジャンパーを羽織り、青い長袖のジーンズと赤いスニーカーを履いた、小太りで年配な薄汚れた男性が俺達の傍を通り掛かり、建物の中へは入らずに傍まで近付いてきた。

 コーギーも俺と同じ事を考えていたのだろう、そのおっさんの風貌に怪しい物を感じた俺は内心警戒しつつ、彼と共に黙ってその人を見上げていた。

 逆光による陰になって窺い知れなかったが、おっさんはどうやら俺達を見下ろして笑っているようで、

「おう、ワン公か!」

と、不自然に思う程気さくな感じで俺達に話し掛けてきた。


「何だあ?留守番でもしとるのか?」

「…………。」

「おう、そうかそうか……。偉いなあ。」

 おっさんは、俺達が一言も喋っていないのにも関わらず、一人で納得したようにそう呟くと、

「ほれ、ご褒美だ!」

と、ジャンパーの左のポケットの中へ手を突っ込んでまさぐり、何か白っぽい拳大の塊を俺達のすぐ傍の地面の上へホイッと放り投げた。

 それは、ビニールの包装にすら包まれていない、ぐちゃぐちゃに潰れて半分溶けかけたチーズ蒲鉾の丸まった物だった。そんな物を直に衣服へ突っ込んでいたおっさんにも吃驚だが、何よりもそれから漂ってくる胸が重くなるような異臭と、妙に笑顔な男の顔に怪訝を覚えた俺は、思わずコーギーと目を見合わせた。


 おっさんがショッピングモールの建物の中へ消え去るのを見計らっていたのか、コーギーが口を開いた。

「どうするよ?これ。」

 どうすると言われても、こんな怪しい物は間違っても口に入れない方が無難だろう。知らない人から貰った物は食べてはいけません、と美久も言っていた。

「食っちゃおうか。」

と、チーズ蒲鉾に差し迫るコーギーの黒い鼻と白い鼻先が見えたので、

「止めとけ。」

と、俺は即座に制止した。

「何か変な匂いがする。こんな物食べたら腹を壊すか、最悪死ぬぞ。」

「やっぱりそうかなあ……。」

「そうだって。あそこ、見てみろよ。」

 俺はそう言って、コーギーにショッピングモールの建物の中へ目を向けるように促した。そこには、ステンレスの冊子の鏡のように綺麗な硝子戸の両開き式の自動ドアの陰から、そっと此方の様子をニタニタと不気味にせせら笑いつつ窺うおっさんの姿が、朧気ながらもしっかりと確認する事が出来た。


 食べる事も捨てる事も出来ず呆然と蒲鉾の塊を2匹揃って見つめていると、突然バサッ……バサッ……と大きく轟く羽音と共に1匹の大きな灰色の土鳩が舞い降りて来た。

 鳩は、エメラルドグリーンと紫水晶のような色を煌めかせる頭を前後にフリフリしつつ、鑑定士が見定めるような目でチーズ蒲鉾の周りをグルグルと回ると、

「クルッツ――!」

と軽妙な鳴き声を上げてからそれを足で掴んで何処へと飛び去ってしまった。おっさんの姿も何時の間にか見えなくなった。


 しばらくすると、運動部の部活の帰りらしい、ナイロン製の青いのと白いのと、スポーツバッグをそれぞれ肩に掛けた中学生らしい少年2人組が、建物の方に向かって俺達の前を通り過ぎようとし、気が付いたのか俺達の前で立ち止まって顔を向けた。

 だが、単に犬が2匹居る事に目が留まっただけであったのか、何も反応を示さずにそのまま立ち去ってしまった。


 結局それから10分間、誰も俺達の前で留まる人は居らず、1:0のまま時間だけが無駄に過ぎていった。

 コーギーは喧嘩っ早い割に飽きるのも人一倍早いのか、自分から勝負をふっかけて来た事も忘れて俺と同じように地面に寝そべって鼻提灯を垂らしている。別に望んで受けた挑戦では決して無いので有耶無耶になって結構なのだが、何だかなあ、と俺は溜飲下げぬ思いを感じつつコーギーの寝姿を見つめていた。

 しかしながら、流石はコーギー。チワワとかトイプードルには負けるかもしれないが巷の人気犬。寝ている姿が可愛い所為か、時折親に連れられた小さな子供達や若い女性が興味本位で彼の背中を掌で撫ぜていく。

 だが悲しいかな。皮肉な事に、折角夢が叶っているというのに肝心の彼は夢の中。自分が結構な数の人々に可愛がられている、という事実を知り得ようがない。それを思うと、やっぱり俺は何とも言えない気持ちになってしまった。


 一眠りしてコーギーも俺も頭が覚醒してきた頃、ショッピングモールの建物の奥から、両手にポリエチレンの白い買い物袋を手にした美久が現れた。

「あ、マスターだ!」

と、嬉しさの余りそう叫んで尻尾をバタバタと振っていると、

「え?あれがお前の御主人なの?」

と、コーギーが訊ねてきた。


「うん、そうだよ。」

と、俺が何気なく答えると、

「え――――――――――っ!」

と仰天したように叫び、コーギーはまたしても背中を地面に押し付けるように引っ繰り返り、手足をバタバタと激しくばたつかせて騒ぎ出した。

「わあああああああああああん!!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!いいな!」


 何がそんなに羨ましがられる要素があるのか今一つ理解出来ず、俺はポカンと口を半開きに開けて暴れまわるコーギーを生暖かく見つめていた。

 そりゃあ、確かに美久は若いし、器量だって贔屓目ながら良い方だとは思うが、だからどうした!とも思うのである。

 はっきり言って、魔犬……特に俺達のような子犬にとっては、寝食を共にする御主人様は母親や父親とも言っても過言ではない存在である。だからコーギーが騒いでいる事は、

「お前の母ちゃん、若くて美人で羨ましい!」

と、地団駄を踏んでいる事と同義な訳で……。自分の母親を褒められるなら素直に喜べるが、母親を羨ましいと嫉妬されたって反応に困るだけだろう。さもなければ、そんな相手をみっともない、と憐れむかの何れかだ。


 やはり、人間から見ても異様に見えるのか、

「あら、何?この犬……。」

と、コーギーに顰め面しながら美久はステンレスのポールから青い色のリードを解いて手に取った。


「さあ、カイト。行くわよ!」

「了解です。マスター。」

 美久の掛け声に元気よく応えると、未だに悔しそうに負け惜しみな言葉を吐いて騒いでいるコーギー犬を尻目に、俺は自分のマスターと共にその場を後にした。


 その後コーギーがどうしていたのか、俺は知らない。

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