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損のない取引

 ウェルテとガスコンが大手門をくぐった頃、アグレッサ城の談話室では領主フランツ・ド・ゾロッソが荷車ギルドの有力者三人を招き会談の場を設けていた。南方の良質な木材に細かな意匠をほどこした長テーブルを挟んで領主とギルドの商人達が座り、上座の安楽椅子にはぶどう酒の杯を手にした教会の祭務官ドミニク・ホルヘがついていた。騎乗の騎士を描いた壁一面のタペストリーの前には皮のベストを羽織った青騎士隊のガイヤールが控えている。

「やはり武具はメタルの物が一番だ。いかにグレープスの騎士達が勇敢であろうと、上級クロコダイル鋼で武装したわが軍の敵ではない。なぁ?ガイヤール」

 アグレッサ公フランツは満足そうに言って配下の騎士隊長を見る。ガイヤールは御意と答え深くうなずいた。

「ただ残りの荷の到着が遅いようだな。グレープスの収穫祭までもう日が無い。残りの武器を早く届けよ」

フランツはそう言って薄っすらとはやした自分の口髭を撫でた。真向かいに座っていた商人の一人、アドリアーノ・オストリッチは申し訳なさそうに頭を下げた。

「まことに申し訳なく思います。アーロンの街で急ぎ調達させておりますが、教主様による異端討伐の聖戦の布告が近いという噂がある為、武器全体が極めて品薄になっており、また値段も非常に上がっております。砦や関所を避けよとおおせなので、それなりに準備も必要となります。ただ今週中に第二便を必ずお届け致します」

オストリッチは上座でふんぞりかえる祭務官を一瞥しながらそう弁解した。

 各関所や砦には青騎士隊の駐留兵以外に徴税役場から派遣された役人が常に詰めていて、課税対象となる輸入される物品の目録を作っている。今回に限って領主は、秘密保持の為敢えて砦や関所を通さずに武器を届けるようオストリッチに命じていた。領主であれば徴税代官に一言命じれば良さそうなものだとオストリッチは思ったが、フランツは飽くまで秘密主義にこだわった。

「致し方ないな。我が領内のこととはいえ極力内密に事を運ばねばならん。事前に計画が何者かに勘付かれればおしまいだからな」

「いかにも、万事に細心の注意を払わなければならん」

フランツの言葉に杯を手にした祭務官もうなずく。

「そういえば例の旅芸人の一座はもうこっちへ着いたのか?」

「はっ。昨日街に着きました。収穫祭の期間広場で見世物をやった後、エルベ荘園にて我が本隊と合流することになっております」

ガイヤールは早口にそう答えた。

 すると、オストリッチの左隣に座っていた白髪の青白い顔をした商人が思い出したように頭を下げる。

「忘れておりました。領主様と騎士隊長殿にお礼を申し上げねばなりません。目下のうっとうしい障害を取り除いて頂き、これまで以上に安心してご協力できるようになりました。ご依頼の品の半分はすでにエルベ荘園へ運び込んでおります。残りの半分も四日のうちには荘園へお届けできるかと思います」

その初老の商人、アグレッサ第二の運送業者であるヴィアーズ荷車の会頭ラルフ・ヴィアーズは領主へ慇懃に礼を述べた。

「おおそうか! それは何よりだ。武器に兵糧、あとは万が一グレープスと長期戦になった時の場合の保険だが……」

フランツはそう言って三人目の商人へと顔を向ける。

「御心配は無用ですアグレッサ公。ご命令があれば八時間以内に四輪馬車三十台分の糧食と十台分の攻城兵器をポート・フォリオの港からアグレッサへと運び込めます。もっとも、私めの馬車や物資の出番など無いかと存じますが」

その禿げ頭の小男、アグレッサで三番目に大きい業者であるアグレッサ快速物流の店主ジュリオ・ピアットは依頼人である領主へそう説明した。

「無論、そうでなくてはならん。ガイヤール、遠征用の攻城兵器の準備は?」

「破城槌二本、連結式長ハシゴ五本。偽装を施したうえで既にエルベのマナーハウスに準備できております」

「よろしい。あとは我々の荷馬車を襲った不届きな盗賊達を討伐せねばな。些細なことでも心配の種は取り除かねばならん。頼むぞガイヤール」

「はっ! 必ずや」

騎士隊長は姿勢を正して叫んだ。

「あとはグレープス城内の図面だが、まだ手に入らんのか?」

フランツはオストリッチへと視線を戻してたずねた。

「それは今しばらくお待ちを…… なにぶん古くて由緒ある城ですから城内に詳しい大工や石工を探すのは無理でしょう。暇を出された女中や召使を探して情報を集めている最中ですが、こればかりはなかなか苦労しております」

「それでは困るぞ……」

愛想笑いを浮かべてしどろもどろに弁解するオストリッチにフランツは顔を曇らせた。そこへもう新しいデキャンタを空にしてしまった祭務官が口を挟んだ。

「忘れてはならんぞ。城主のグレープス公だけは取り逃がしてはならん。もし奴が生きて脱出すれば、我々は苦境に立たされる。必ず捕えよ、そして亡き者とするのだ。城内の通路、抜け道、井戸…… 全て調べあげてあの男の逃げ道を塞げ。よいな!」

かなりぶどう酒がまわっているらしく、ホルヘは椅子のひじ掛けに不格好に寄りかかりながら大声で怒鳴った。とても聖職者の言葉とは思えないホルヘの言葉に、荷車ギルドの面々は深く頭を下げてうなずく事しかできなかった。

「では我々は準備がありますので、これにて……」

 オストリッチの言葉で商人達は立ち上がり、その場でひざまずく。酔いどれの祭務官が酷く雑に印を結び三人を祝福して会合はお開きとなった。


 家令に見送られ四頭立ての四輪馬車に乗り込むまでギルドの商人達は誰も口を開かなかった。三人が向い合せの座席につくとその高級四輪馬車はゆっくりとピロティを抜けて走り出す。

 南門へと通じるファブリック・ロードに面して建つギルド会館までは馬車で五分とかからない。馬車が大手門の跳ね橋を渡ったところでオストリッチは外の御者に街中を周回するよう命じた。しばらく間、車内には馬の蹄の足音と車輪が石畳を転がるゴトゴトという音だけが聞こえていた。

「さてと……」

 口火をきったのはピアットだった。

「ひとまずあの老いぼれアカバスの心配は無くなったようだな。さすがは野蛮人どもだ、ガイヤールの奴あっさり片づけてくれた。だが例の小娘の始末に限っては青騎士隊には任せられない。聞くに失敗したそうじゃないか?」

オストリッチはため息をつきながら言った。

「ああ、少々甘かった。ならず者を大勢雇ってみたが荷が重かったらしい。それに妙な邪魔者も乱入したとか…… 実際、頭の痛い問題だよ。少し金がかかっても確かな仕事をする者に処理を頼まなければならん」

「早まったな…… 乗る船を決めるには少し早すぎたのではないか? なぜ上手くあしらっておかなかったんだ?」

ピアットの隣に座るヴィアーズも渋い顔をして詰問する。

「まさか! こっちが決めたんじゃない。あの小娘がしびれを切らしてうちの積荷を襲ったんだ。選択したのはあの小娘達だよ」

オストリッチはそう吐き捨てて座席の背もたれに深く寄りかかった。

「我々の道も自ずと決まった。決まったからにはフランツにはなんとしてもグレープス公の首を取ってもらわなければならん。我々は既にあの男に相当の投資をしている。それに見合った配当を得るのが我々の至上命題だ」

もしフランツ達の企みが失敗し相手の領主に逃げられるような事にでもなればアグレッサとグレープスの間で全面戦争に発展する可能性もあった。オストリッチ達のような交易で利益を得ている大商人にとって、それは悪夢のようなシナリオだ。

 走る馬車の中なので誰にも聞かれる心配はなかったが、オストリッチの言葉にヴィアーズは眉間に皺を寄せたまま身を乗り出してささやく。

「実はその配当で色々と気がかりになってきたんだが、今年の市場の麦の価格動向は把握してるか? 今年は凶作で価格は右肩上がり。特に私は今回の仕事で農村部の様子を調べさせたんだが、今年は間違いなくアグレッサでも餓死者が出るだろう。コムギやライムギはもちろん一部の集落ではオートムギのパンすら不足している。だから必要量を集めるのに思わぬ時間と手間を要した。それに追い打ちをかけるようなこの重税だ。このままじゃ農村はもたんぞ」

事実、領内で採れる穀物の価格は上昇しつつありインフレの気配が強くなってきていたが、重く課せられた税が見直されることはない。一度だけ、徴税代官ルイス・アカバスがフランツへ直訴したという噂が荷車ギルドの面々にも伝わってきたが、けんもほろろに御前から追い返されたという。

「農村だけで済めばいいがな……」

ピアットが腕を組んだままうなずいた。

「無論だ。農民は痛めつけられる事に慣れている。だが、その災禍は間違いなくこの街へも来るだろう。この収穫期の品薄と価格高騰だけでも我々にとって痛手なのに、もし伝染病の流行なんて事態になったら我々は大損失を被る」

ヴィアーズの言葉にオストリッチもうなずいた。

「アグレッサ自体が修羅場になる事は避けたいが、あの強欲なフランツには止められまい……」

止める気すらないさとピアットは肩をすくめる。

「実際、そうなった場合の損失を補えるだけの利益を確保しなければならん。そもそもグレープスがそっくりフランツの手に落ちたら、我々はそのままグレープスの商業全てを掌握しなければならない」

グレープスは農業で潤う街だったので、そこには有力な穀物仲買人やエールの卸商が多く存在する。ヴィアーズの言葉にピアットはうなずく。

「確かにグレープス陥落の暁には今そこいる大商人達、特に我々と競合してしまう物流商人達はグレープス公ともども消えてもらわねばな。それも最初の混乱に乗じて速やかに」

それにはオストリッチも同意した。血と暴力による収奪は、浮足立った人々が落ち着きを取り戻す前に全て終わらせておかなければ、後々に禍根を残す事となる。

「よし、その件はしっかりとフランツに話すとしよう。我々には名産品にあふれた大穀倉地帯と市場が丸々手に入る。アグレッサの混乱による損失を差し引いても十分な配当といえよう。フランツのような金払いの悪い男にはこういう形で返済してもらわねばな。ガイヤールの青騎士隊なら上手くやってのけるだろう」

 馬車は街の北から西側へと進んでいた。

「ところで、問題の小娘へ話を戻すが、私の懇意にしているエスカルの高利貸がその手の仕事を専門にやる男達を知っている。良ければ紹介しよう」

ピアットの言葉にオストリッチは嬉しそうに手を叩いて承諾した。

「すぐに呼んでくれ。収穫祭が終わる前に必ずやあの娘を始末するよ」

ピアットはすぐに手配すると言ってうなずいた。

 話が一段落したところで、オストリッチはヴィアーズへ顔を向けた。

「ところでヴィアーズ、今でもグライトのタピア祭務官様とは親しいのか?」

「タピア? あのフルヘンシオ・タピアか?」

ヴィアーズとピアットは怪訝な顔をした。それは、以前このアグレッサを含むこの一帯の教区を統括する担当祭務官の名前だった。今その座には先ほど会ったドミニク・ホルヘがついている。

「一応繋がりはある。持病のリウマチが酷くなっているそうだが、次期祭務長への意欲は衰えていないようだ。半年前も個人的な「浄財」の催促を受けた。さっき会った酔っ払い坊主といい勝負だな」

グライトの教会内部の事情に詳しい者には、ホルヘとタピアが昇進を巡って犬猿の仲であることはよく知られていた。その事を知っているヴィアーズとピアットには、なぜオストリッチが急にホルヘの宿敵の名を出してきたのか判らなかった。

「そうか…… なら是非ともタピア様との『聖なる友好』は大切にしてほしい。この事が済んだ後、いずれそのツテが必要になるやもしれん」

オストリッチの言わんとするところが今一つ理解できなかったが、ヴィアーズは黙ってうなずいた。

「さて、それでは各々の仕事に戻るとしよう。今日は西からまた別の新しい荷物が届く事になっているんだ」

オストリッチはそう締めくくると、ギルド会館へと戻るよう御者に命じた。

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