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硬く、鋭く、柔軟な

 マルケサル博士の指示で、小姓は作業場の前に藁でつくられたカカシを据えた。大人の男と同じくらいの背丈のそのカカシには鈍い銀色の立派な胸甲が着せられている。研究室のタンスに放り込まれていたあの胸甲だった。

「あの人形が着ているのはこの街で作られた上級ケイマン鋼相当の鎧だ。城の兵士や青騎士どもの鎧と同じ物だ」

そう言ってマルケサルはスティレット・ダガーを勢いよくカカシめがけて放り投げた。ガツッと音がしてダガーは胸甲の横っ腹に浅く突き刺さった。

「この老いぼれが軽く投げても、簡単に鎧を突き通す。上級クロコダイル鋼もしくはもっと丈夫なアリゲーター鋼かもしれん。いずれにしろ、メタルで製鋼されたダガーに違いない」

ウェルテはこの剣が壁にたやすく突き刺さった時の事を思い出した。

「カタギの生活じゃ、まず使わないような剣ですね。やはり盗賊なのかな、あの女……」

ウェルテは突き刺さった短剣を見ながら首をひねる。

「軽く投げてもこの貫通力だ。体重掛けて直接突き刺せばクロコダイル鋼の鎧だって簡単に突きぬけるだろう」

 マルケサルはダガーを鎧から引き抜くと、再び小姓を呼び出した。小姓は作業場から長いポールウェポンを引っ張ってきた。

「でかい方のヴァンペルトの弟子、こいつの扱いは知っとるか?」

マルケサルはガスコンへ尋ねた。棒の先には立派なハルバードの槍頭がはめられていた。

 ハルバード。敵を突き刺す槍と打撃と斬撃をあたえる戦斧、そして馬上の騎士を引き落とす鉤爪を三位一体とした槍頭を持つポールウェポンである。マルケサルの持つハルバードの槍頭は、横から見ると四足のドラゴンが相手に飛びかかる姿勢を模した造形だった。

「どこの物かは知らんがなかなかの仕事だと思う。ひとつ、この武器の出来を確かめてみるぞ。あの人形が着ているのはこの街で作られた上級ケイマン鋼相当の鎧だ。これであの人形を突き倒してみたまえ」

マルケサルが言うと、小姓がガスコンにハルバードを差し出す。ガスコンはそれを手にするも、戸惑うようにウェルテ達を見た。

 腕を組みながら黙っていたアカバスがうなずいて見せたので、ガスコンは虫食いだらけの古いクロークをウェルテへ渡し、準備体操とばかりに腕を回す。武器に体を慣らすため、ガスコンは右手でハルバードの柄を握り頭上へ一回転。そのまま、左手へ持ち替え、重さとリーチをはかるように縦横無尽に振り回す。風切り音がウェルテ達にも聞こえてきた。ガスコンは深呼吸して手を休めると槍頭を見上げた。

――柄のバランスがイマイチだな……

ガスコンはそう思ったが、今ここで勝負をするわけでもないので、ゆっくりとカカシに対し斜めに体を傾けてハルバードを構えた。自分の心拍が落ち着いたところでガスコンは三歩踏み込み、息の一吐きと共に四歩目で手中の柄を突き出した。鋼の割れる小さな音がしたときにはすでに槍先は根元までカカシの腹に潜り込んでいた。

 ウェルテは元々ガスコンの腕前を知っていたのでニヤッと笑うだけだったが、アカバスはその腕に少し驚いたようで、声こそ出さないが目を丸くして感心したようにうなずいた。

「次は斧で斬りつけろ」

マルケサルの指示で、ガスコンはハルバードを引き抜き大きく頭上に振りかぶると、機械時計の振り子のように何の迷いもなくハルバードをカカシへと叩きつける。今度は鎧が潰れて裂ける大きな音がした。カカシの左肩から右腰に至るまでハルバードで引き裂かれた胸甲がぱっくりと口を開いた。ガスコンは一歩退き、ハルバードを構えなおしてから緊張を解いた。

「いい武器だ…… 少なくともクロコダイル鋼の上級、もしくはそれ以上の鋼じゃないか?」

ガスコンはそう言って頭上の槍先を見上げた。マルケサルは裂けた胸甲を眺めながら無言でうなずいた。

「説明しろ、ソニー」

意図を計りかね、アカバスが聞いた。

「思った通り、これほどの物はやはりメタルで打たれた物に違いない…… 昨日、あの無礼な騎士隊長が、たしかガイヤールとか言ったか? あの男が突然押し掛けてきて、この槍頭がどんな物か調べろと命令してきおった。奴はそれ以上何も言わずに行ってしまったから、こっちは何も判らん。まったくでかい面しおって…… とにかく小姓に間に合わせの柄を付けさせたのがそれだ。さっき下っ端の兵士に小遣いをやって聞き出したところでは、このハルバードの槍頭は奴が森の中で拾ってきた物らしい」

――森? どこだろう?

ウェルテはそう思いながら話を聞いていた。

「きっとこんないい武器が森に落ちていることが、どうにも奴等には気がかりなんだろう。見てのとおり、青騎士どもが普段着ているこの量産品の鎧を容易く引き裂いてしまった。確かに連中からすれば賊がこんな物を持っていては脅威に思うのも無理はない」

 マルケサルの言うように、武器や鎧の質は各国の軍事的関心事の一つだった。より丈夫な鋼で作られた鎧や剣とその普及率は兵力を測る重要なファクターであり、各国はより上質な武器の購入し、可能であればそれを自国で生産しようと躍起になっていた。

 アグレッサでもメタルを真似して、金属武具を自力で生産するために街の外にある丘陵地帯にレンガで高い高炉を建てていた。その高炉で鉄鉱石から銑鉄をつくり、それを更に精製炉で溶かして炭素を抜いて鋼を作っていたが、出来上がるのは粘り強いが硬度に欠ける軟鉄や、硬くて脆い高炭素鋼ばかりで、バランスの良い武具の生産には成功していなかった。青騎士隊の兵士達が着ている胸甲など、この街で作られた金属製品のなかでは最良の物だった。

「そもそも、こことメタルでは鉄鉱石から銑鉄を取り出す際の燃料が違う。メタルへは何度か足を運んだが、あそこでは高炉で鉄鉱石を溶かす時に木炭や薪など使わん。石炭、それも一度高温の炉で焼いた特別な石炭しか使わない。一度、こちらへ戻ってきてから真似させてみると少量だがいつもよりも高品位の銑鉄ができた」

「それを鋼にすればクロコダイル鋼やアリゲーター鋼になるんですか?」

ウェルテの質問にマルケサルは首を振った。

「いいや、そう簡単にはいかん。銑鉄の質は上がったが、精製の仕方が上手くいかないと丈夫で粘り強い、そして錆びにくい鉄はできん。一度取り出した銑鉄を溶かす際、メタルの職人たちは炉に燃料だけでなく幾つもの粉末薬を放り込んでおった。そして鋼にした後も何度も熱を加え、ある時は冷水に放り込むなど、厳格に決められた手間を踏んではじめて高品位の鋼ができるようだ」

「そのやり方は判らなかったんですか?」

ウェルテの再度の質問にマルケサルは笑った。

「ハハハ、メタルの職人達も馬鹿じゃないからな。連中は自分達の冶金技術が戦略的に重要なものだと十分に承知しているから、そう簡単に秘伝の技術を漏らしたりせん。仮にもしワシがその技術を突きとめていたら、メタルの街を出る前に間違いなく殺されていただろう」

黙って聞いていたアカバスは腕を組みながらガスコンの持つハルバードの先を見つめていた。

「青騎士どもが拾ったという事は、盗賊もしくは密輸業者の落し物か…… 各関所で輸入品の目録を付けさせているが、いずれにしろこんな高品質のハルバードが入ってきているとは聞いておらんからな」

そう独り言のようにアカバスがつぶやいた。

――森の中か…… もし霞の森だったとしたら、あの女達と関係あるのかな?

ウェルテは鋭利なハルバードを見上げながら思った。

「ついでだから聞くが、一昨日の夜に青騎士どもが床屋を一人連行してきたそうだが、それについて何か知っとるか?」

「ああ、あれか…… あの野蛮人どもめ、一昨日の夜中から昨日の夕方までずっと塔から耳障りな悲鳴が響いておった…… その床屋が何をしでかしたか知らんが、哀れな男だ。結局最後まで何も言わずに昨夜遅くに死んだらしい。うちの小姓が偶然、運び出す遺体を見そうで、聞くと両手首と両膝から下が無かったそうだ」

マルケサルはそう言って首を振ると神と死者に祈るように印を結んだ。ウェルテは顔を真っ青にして唾を飲み込んだ。アンヘルムとすれ違った時の事が鮮やかに脳裏に蘇った。とても他人事とは思えなかった。すぐ目の前にある主塔の地下ではどんな恐ろしい事が行われたのか、具体的に思い描く事はできなかったがアンヘルムの末路の悲惨さはウェルテの想像を超えていた。

「丸一昼夜か…… あの床屋、よく耐えたな」

「ああ、それだけ耐えたところを見るに、多分クロだ。痛ましい話だが、冤罪でないと思えるだけましだな」

三人が怪訝な顔をしたのでマルケサルは続けた。

「想像してみろ。無辜の人間が急に過酷な拷問を受ければ、ほぼ間違いなく嘘を並べ立ててでも苦痛から解放されようとするだろう。耐えるのに一日は長すぎる。その床屋、最初から死んでも吐かない覚悟だったんだろう。覚えているかルイス、昔グライトで火刑台に上がっていった者達を。あれと同じだ」

それにはウェルテもよく理解できた。あの夜のアンヘルムの顔はまさに悲壮な決意を固めた者の顔だった。だが平凡な床屋の男がなぜ妙な盗賊一味を命懸けで守らねばならないのか、ウェルテには想像すらできなかった。一方アカバスは、そんなこともあったなと嫌な事を思い出したように口を歪めた。

「さてお前達はもういいだろう。鳩と短剣を持って先に戻れ。私はまだ用事がある」

 アカバスがそう言うので、ウェルテとガスコンは荷物を持ってマルケサルに頭を下げた。

「ああそうだヴァンペルトの弟子、これを持っていけ。鳩も食わなきゃ飛べんからな」

マルケサルはウェルテに鳩の餌が入った紙袋を投げた。

「ありがとうございます、先生」

ウェルテ達は礼を述べると鍛冶場を後にした。

 ウェルテ達が鳩と短剣を手に城門へ向かって歩いてゆくと、館の前のピロティーに来る時には無かった黒塗りの四輪馬車が一両止まっているのが見えた。馬車のドアには黄金色に輝くアンバランスに脚の長い怪鳥の紋が彫られている。ウェルテとガスコンはお互いに顔を見合わせた。

「またあの野郎か……」

二人が立派な馬車を眺めながら無言で場内の中庭を横切りってゆくと、大手門の横で青騎士隊の歩兵達が乱雑に列をつくって話し込んでいた。十数人ほどの歩兵達は全員、胸甲とモリオン兜という戦闘装備で肩には長いポールウェポンを担いでいた。

――演習か?

 普段、市内を警備する青騎士隊は青いクロークに青い羽毛飾り付きの三角帽という姿で、胸甲や兜を着こむのは、盗賊退治や戦争などの緊急時を除けば城門と市壁を守る当直兵くらいだった。

 二人は無言で青騎士達の横を通り過ぎ、大手門をくぐった。跳ね橋を渡り切ったところでガスコンが口を開いた。

「ウェルテ、気付いたか?」

「青騎士隊のやつらでしょ? あんな完全武装で、これから演習かな? それともあの女の一味を追うのかな?」

「なんだ、気付かなかったのか? 連中の持ってるハルバードを見なかったのかよ?」

ガスコンがちょっと呆れたように言うのでウェルテは困惑した。

「え? なんで? いや、改めて粗暴で憎むべき奴等だなぁと思っただけで、特によく見てなった……」

ガスコンはため息をついた。

「青騎士の連中、同じ形のを持っていやがった。ハルバードだよ。鋼の出来まではわからねーが、博士のじいさんが見せてくれたやつと同じ形だったぜ」

「え、嘘! 全然気付かなかったよ! それ本当?」

ウェルテは目を丸くして大手門の奥へ振り返った。

「飛びかかる竜の形した槍頭だった。形だけ猿真似した模造品じゃないとしたら、きっと同じメタルの物だぜ」

「でも、あいつら下っ端だろ? いくら青騎士隊とはいえ歩兵にまであんな高級品を配ることはありえないんじゃない?」

ウェルテとガスコン、そしてウェルテの手の中に座る伝書鳩は城へ向きかえりながら首を傾げた。

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