4「キス一回目、そして賽が投げられた」
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七月十六日
「——もうすぐ夏休みですが羽目を外さず白川桜華学園の生徒として模範となる行動をしてください。私からは以上です。質問がなければこれで終わりにしたいと思います」
担任である牛若先生の淡々とした感情がない工場勤務のような必要事項を聴くと、チャイムが鳴り響きホームルームから開放。
教室の時計が放課後を告げる。
ちなみに質問したら舌打ちされるので誰もしない。
牛若 八千流、相変わらずやる気を殺しているマニュアル女教師だ。
通常運転をこよなく愛し想定外を憎む。
好きな言葉は定時退社。
生徒より自分の立場とボーナスを第一においているのでトラブルが嫌い。
この教師は学園に何が起きても我関せずのスタンスだ。
だからか外見からしてトラブルメーカーの俺とは相性は最悪。
教室を退出する間際、厄介者として一瞥する視線がまた警察に補導されたら殺すと殺意が篭っているのも頷ける。
手に持った旅行雑誌からしても、間違いなく夏休みをエンジョイする気満々だな。
——で、ついに回ってきた。
第一回目。
昨日起こったトラブルで辟易していた俺は力なく伏せって机の感触を味わっていた。
「憂鬱だ」
「雪ちゃんどうした?」
「悪夢に悩まされて寝れなかった……」
「それは災難ですな」
アクシデントに愛されている俺は、これ以上の悪化を恐れ、忘れたふりして女帝様からボイコットする計画を練っていた。
なので一睡もできず睡魔が俺を襲う。
あと流星のシルバーブロンドがチカチカしてうざい。
寝不足でよろめきながらも逃げる時間が惜しい俺は流星にすまんと断って構わず廊下へダッシュする。
しかし、「やあやあ、そんなに慌ただしくいずこへ旅立つんだい神無月?」入り口に仁王立ちする少女が一人。
艷やかで綺麗な黒髪、目尻が細く切れ込んでいる目、バランスがとれたスレンダーな体付き。
見紛うことなきクール系美少女。
でも常に微笑んでいるのが嘘くさい。
上は白のブラウスに紺のベストとネクタイ、下はそのネクタイと同じ紺のチェック柄で合わせているスカートといった白川桜華学園共通夏制服を身に纏っていた。
生徒会長なので一切手を加えてない標準装備だ。
「これはこれはごきげんよう生徒会長殿」
「ふむ、鞄を抱きかかえているところを鑑みると帰宅かな? しかも急いでいる?」
「御慧眼恐れ入ります。実は急用が入りまして」
「おお、それはご苦労様だね」
全てを見通しているように目を細める女王様。
今日は眼鏡せず普段通り髪をおろしてストレートにしているので、普段はどっちなんだと素朴な疑問が生まれた。
「そういう訳でそこの通行許可をもらいたいのだが」
「そうしてあげたいのも山々なんだが、僕も君に用があるんだ。何が言いたいかわかるだろ?」
トレードマークの営業スマイルを浮かべているが逃してくれるつもりはないようだ。
「許してくれないか? 口外はしない」
「君次第だ。あの場限りのはったりだと見越しても、すでに賽は投げられた。ならば選択肢は僕を受け入れるか、僕を君の慰みものにするかだ」
周囲がざわざわとざわつく。
誤解を招く言い方はしないでくれ。
俺の立場がますます危うくなる。
流星は一人理解していたのか、またかーと爆笑していた。
「逝く……」
「いい子だ」
これ以上騒ぎになるのは御免こうむるから素直に空き教室まで連行される。
ここは春、NTR系不良と勘違いされてお竜に呼び出された因縁深い空き教室。
あの時と何も変わっていない。
ホコリぽくカビ臭い。
光の反射でハウスダストが舞っているのが丸分かりだ。
「なんとか穏便に済ませられないか? 俺が提案してなんだが好きでもない相手にキスするのは抵抗がある」
「君は見た目と違い男のくせに随分と紳士的なんだね。もしくは偽装? てっきりこれを大義名分として襲ってくると覚悟していたが深読みしすぎたようだ」
金髪と褐色の肌とピアスは生まれつきと民族の風習。
たとえクオーターでもこれは誇りなので教師に説得されても変えてこなかった。
「何だったら誓約書をしたためてもいい。これだったら万が一の時は弁護士に相談できるだろう」
「正論だ。だけど公にしたくないのと、もっと深い信用度が欲しいんだ」
「自分が提案してなんだが、だからってなんでキスなんだ?」
「交尾だけが駆け引きの材料になるわけじゃないのさ。人肌というのは生理的に安心ができるだろ? 契約や既成事実という点も含めて。猫とか動物の群れを観察するとなんとなくわかる。生物の心理だろうな」
煙に巻かれている? よく分からん。そんなもんなんだろうか?
だが、どうやら俺の悪あがきもここまでのようだ。
うまく回避するアイデアは浮かばない。
俺は正面突破の覚悟を決める。
「七月までだぞ」
「ふふふ。——というわけで、改めておさらいだ。僕の深夜バイトを見逃してもらう為の取り引きはキス。期限は七月末まで毎日行う。ただし一度した場所は不可。物は駄目。素肌に直が第一条件」
「了解だ。異論はない。手を出せ」
「やっと腹をくくったか」
「嫌なことはとっとと終わらせたほうがいい」
俺は跪きお姫様に接吻をするが如く手の甲に唇を当てた。
「上出来。これでいいだろう」
「屈辱的だ。なんでバイト目撃しただけでここまでしなければならない。硬派としては耐えられないぞ」
「仕方ないだろう。僕が納得できないのだから。親しい友人でも喋ったら学園の掲示板に写真公開するのでよろしく」
いつの間に盗撮したのか俺が跪いてるシーンを見せつける。
相手の方が一枚上手なのは分かってるが抵抗はしたい。
これならば蔑んだ目で踏まれた方がマシだと提案したが、そんなのは君へのご褒美になるだろとやんわり却下される。
いやいや、そんな性癖70パーセント程度しかないぞ。
それよりもだ、俺と生徒会長、立場が逆転しているのは気のせいだろうか……?




