26「キス十七回目、後の超売れっ子メイド看板娘爆誕その一」
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雄大な山々に囲まれた静かな田園風景。
心地よい川のせせらぎ。
風に煽られ哭いている木々。
たわわに実っている自然の恵み。
のんびり牧草を食べている牛、ミミズを食べている放し飼いのニワトリ。
『ナンドタイケンシテモナレナイナ……』
どうやら俺はデジャヴか夢をリフレインしているらしい。
ここは山深い集落にある神無月家の別邸。
俺のババ様が余生を過ごした場所だ。
古い屋敷だけど清掃が行き届いている。
おもてなし精神をこよなく愛しているババ様の人柄が出ていた。
懐かしい光景。
ババ様は金持ちなのに使用人は一切つけず、菜園を管理しながら悠々自適に暮らす。
元ヨーロッパ貴族のお嬢様だったが、日本の伝統文化と古民家が大好きな変わり者。
伝統芸能研究家で村民にも先生と呼ばれ慕われていた。
このババ様と神無月本家当主であり日本人のくそじじい、その血を受け継いだハーフの母親、インディオ日系二世の父が婿養子に入り俺が生まれる。
だから金髪と褐色の肌は我が誇りなり。
両親と世界中を渡り歩いていたガキの時分、暫くババ様の元へ預かってもらうことになる俺。
一つに定住せず各国を渡り歩く為、友達作りしない俺を案じての判断だった。
しかしクオーターとはいえ、外人には変わりないから村でも浮いた存在。
ボッチはこの頃から既に極まっている。
更に俺はまだ生意気なクソチビで、ジャックと豆の木みたいな成長期に入ったのはその後だ。
あの頃は海外に長くいたせいで上手く雪之丞と発音するのが無理だから、自分のことをカンナヅキと呼称している。しかもろれつがあまり回らないからババ様に地獄の矯正されるまではカタコトだった。
この日もボッチで森に入り、友達代わりの虫やカエルや花へ名前を命名したり話しかけたり山菜採りも没頭。
野いちごなど山の恵みを頂戴して堪能した。
しかし、この頃からトラブルに愛されている俺は、『死ねぇぇぇぇ!』とある少女に命を狙われていた。
『ウワ! マタオマエカ⁉』
『かんなづきお前を殺す!』
『シツコイ』
『おじいちゃんおばあちゃんの仇を討つんだ!』
『ストップ! ダカラソンナノシラナイ!』
転校した小学校の同じクラスメイト。
しかし、その少女は目が死んでいる。
ボサボサの髪、ヨレヨレの服、馬小屋で暮らしているような藁の香り、現世に全く興味を持たないようなのか全体的に薄汚れていた。
ただ憎悪にまみれたそれは俺を目の敵にして、何度も流れがきつい滝へ突き落としたり、殺気だっているスズメバチの巣を投げつけたり、俺の秘密基地へ熊を誘導したり、毎日こんな命懸けのやり取りが続いていた。
「ー—なんて悪夢をまた体験した。俺って呪われている?」
「雪ちゃん相変わらず中々ヘビーな過去持っているね……」
「起きたらにゃん太郎が顔に覆い被さっていた。強制ネコ吸い……あれは苦しかったわ」
「何で女の子に殺されそうになる? ホラーじゃん」
「知らんよ。俺も昔の事故で頭を打って以来、当時のことそんなに覚えてないんだ」
「まー雪ちゃんの場合、十中八九相手の勘違いなんだろうな」
何で俺はこんなにいわれもない罪で憎まれるのだろうか?
俺は勘違いの女神に愛されている。
八月一日
取り引き十七回目。
今日から八月だ。
予想外の延長戦がスタート。
主旨は変わったがやること同じなので、軟派を嫌う硬派の俺は溜息しか出ない。
夕刻、ランチメニュー終了に従い閑散となった腐ったりんご亭。
夜の仕込みをしながらカウンター越しに流星とくだらない与太話をしていた。
普段は来ないこいつがいる目的はもちろん別にある。
それは……
「お客様、水のおかわりいかがでしょうか?」
「あ、もらいます生徒会長」
「流星、顔が真っ赤だぞ。お竜一筋じゃなかったのかよ?」
ニコリと微笑む会長はグラスに水を注ぐ。
こんな可愛いメイドさん意識しないほうが無理っすと、会長に聞こえないように耳打ち。
流星は素直に白状する。
「神無月どうだろうか? この制服僕に合っているか? こんなフリル付きの可愛い系着るの初めてで戸惑うよ」
「ほら雪ちゃんご指名だ」
「…………」
なんて返していいか分からず無言。
乗り気で腐ったりんご亭のウエイトレス用制服に袖を通した会長だったが、前半を難なく乗り切っても未だに戸惑う。
マスターの趣味丸出しまんまメイド服だからだ。
「おい神無月、何故沈黙している?」
「ほらほら生徒会長が不安になるよ」
「すまん。綺麗過ぎてなんて答えていいか分からなかった」
「ははは……君でもお世辞は言うのだな」
「おおお、なんか良さげなムード」
「うるさいな流星」
会長の困っているような照れた顔は初めて見た気がする。
新鮮でよい。
まさか俺が女帝に教える時がこようとは……。
マスターに頼み込んで会長も腐ったりんご亭で働くことになった。
風貌はおっかないが人情の男、話がわかる。
長野のせいで学生が稼ぐ限界超える大金が必要となり、校則違反を犯し深夜接客業で働いていた会長。心配になり余計なお世話だったがここで働けとマスターへ口を利く。
事前に簡単な研修をしていたので、初日は難なく接客をこなす。
真面目で飲み込みが早いからマスターは次々と作業をレクチャー。
数日でホールのマニュアルを我がものにする。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「またきます、生徒会長」
手を振って帰った流星を会長は丁寧に頭を下げて応対した。
後に売り上げが五倍へと膨れ上がる超人気看板娘がこうして爆誕。
こうなることをマスター以外誰も予想してなかった……。




