第5話 勝手に失恋リサイタル
コンサートは曲編成が大事だわ。
デビュー曲で惹きつけて、盛り上がる曲、バラードなんかも挟んで、ラストはファンと別れを惜しむ名曲で締めたいわね。
著作権フリーの弊害は、名曲が多すぎるってことね。
最近は、歌のことばかり考えている。
前世の十八番だったあの曲は入れたいわね。
アタシは、そんな軽い気持ちで選曲していた。
◇
そして、第二回コンサート。
今回は新曲6曲構成。
一曲目は、この前披露したデビュー曲。大切なものを失ったことで、取り残された心の孤独と喪失を歌う。
嬉しいことに、サビを覚えている人がいた。アタシの振り付けを真似て手の平を動かす。
そして、二曲目――。
レオたんにメロディを伝えた時は語りかけるようなメロディだと絶賛していたのに、歌詞を伝えると顔が青ざめていた。
極端な独占欲と危うい愛情表現を、美しく退廃的に歌う。聞いた者は「愛」と「破滅」が結びついている感覚になった。
強すぎる執着と別れを受け入れられない心理、永遠を求める欲望をジェーンは歌いきった。
歌い終えた後、観客は誰一人立ち上がれなかった。誰も拍手を忘れていた。
やがて、一人。また一人。
拍手が始まる。
そして、大喝采となった。
「凄い……。」
「愛の怖さと同時に深さを知った。」
「胸が苦しい。この気持ちが分かる。」
「背筋が凍るような歌なのに、でも美しい。」
観客達は絶賛する。
愛する人を永遠に閉じ込めたいという願望。
別離を拒絶する執着――。
愛と破滅の境界線――。
そして、そのまま三曲目へ移る。
この曲のメロディをレオたんに伝えた時は、前向きな曲調に明らかに安堵していた。
「良かった……。」
だが、歌詞を伝えた途端、レオたんは頭を抱えた。
「ジェーン。君、どこか行く気?」
「行かないわよ?」
胸を焦がす情熱と、明日へのかすかな不安。
届くかも分からない想いを抱きながら、それでも空へ羽ばたこうとする歌。
切なさと希望が同居するその歌に、観客達は再び息を呑んだ。
そして、四曲目に移る――。
曲を作っている時、この頃にはレオたんも覚悟を決めた男の顔をしていた。
悲しいイントロメロディに「ぐぬっ」と変な声は出ていたけど……。
歌詞を聞いた途端、同情するような哀れみの顔をするレオたん。
「行ったけど、ダメだったんだな……。」
その一言しか、言わなかった。
別れを受け入れようと強がりながらも、その孤独に耐えられず心が沈んでいく。失った愛の残骸にしがみつくような絶望を歌う。
その時、連続で歌っていた事もあり、額にかいた汗が垂れた。
(やだ!お化粧が落ちちゃう!)
ジェーンは慌てて上を見上げた。
その行動は観客には感極まってジェーンが涙したようにしか見えなかった。
額から垂れた汗は目尻に伝わり、ジェーンの美しい顔が濡れていく。
その姿に観客ももらい泣きしていた。
トライヴァル伯爵夫妻は、貴賓席でその姿をただ見ていた。
「……アンリ。」
「ええ。」
二人とも同じことを考えていた。
本当の娘は、禁忌魔法を使ったことだけでなく、ここまで深く愛する者から大事な人を奪った現実を突きつけられた。
そして、今の娘は受け入れているように振る舞ってはいたが、彼女の歌声が心を語っている。
別れを受け入れられない歌。
失った愛を求める歌。
忘れられない人を想う歌。
そんな歌ばかり歌っている。
「……まだ忘れられないのね。」
アンリはそっと目元を押さえた。
そして、五曲目――。
この曲を作る頃には、レオたんが「歌って聞かせてもらった方が衝撃が少ない。」と言うのでアカペラで聞かせた。
『理屈ではなく、本能のままに生きたい衝動』を歌うと、レオたんは落ち込んでいた。
「王立学園卒業した後、色んな事が……本当に色んな事があったんだな……。」
アタシは、情熱的に指揮棒を振るレオたんに合わせて、愛にも常識にも縛られず、本能のままに生きたいという渇望を鮮烈に踊りながら歌う。
曲が終わった。
先程まで涙を流していた観客達が、今度は熱狂していた。
「ジェーン様は前を向いたんだ!」
「運命なんかに縛られないってことだろ!」
「愛のために戦った女性なんだ!」
その言葉に周囲が頷く。
しかし、真実は誰も知らない。
ジェーン本人は、アイドルに自分を重ね酔い、ただ歌って踊っていただけ。
(うーん、やっぱりアイドルは最高ね。)
そして、本日、最後の曲になった。
六曲目――。
アカペラでこの曲を歌った時、レオたんがハグをした。
「そうだ!ジェーン、君には新しい恋が待っている!」
「よく分からないけど、ありがとう。」
数え切れない出会いがあっても心を揺さぶる人はまだ現れない。いつか世界を変えるほどの恋を信じながら、運命の恋の予感を歌う。
「ジェーン様は新しい恋へ進もうとしている」
「ようやく前を向けたんだ」
「きっと、あの人を忘れさせてくれる相手なんだろう。」
「幸せになってほしいな……。」
貴賓席では母親のアンリが泣いていた。
「良かった……。」
父親も頷く。
「私達も、あの子を思い出にする時期かもしれないな。」
リュークは義両親を見て、少しほっとしていた。あの事件から、ようやく二人が前を向けた気がした。急に、舞台で歌っていたジェーンが自分の妻である事実を思い出す。
(新しい恋……。)
胸が跳ねる。
(もしかして……いや、違う。俺は、あの男の代わりにここにいるだけだ。)
本来なら、彼女は別の男の隣で、その男の帰りを待ち、その男のために生きていたのかもしれない。
それなのに、今、その隣にいるのは自分だった。
(本物ジェーンも自分も最低だな……。)
政略結婚を受け入れた自分が、まだ別の男を想っていてほしくないと願っている。
そんな資格などないのに……。
あとがき
著作権フリーの世界で好き勝手に歌った結果、なぜか失恋から再生までの壮大な恋愛プロットが完成していました。
なお、本人は生バンドをバックにアイドル気分で歌っていただけです。
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