エピローグ ~食堂の朝、新聞の記事~
辺境の小さな町――。
木造の食堂に、朝の光が差し込んでいた。
「今日も客は来ないねぇ」
カウンターの奥で、妻がのんびりと呟く。
「田舎町だから、のんびりしたもんさ」
答えたのは、ヴェルナーだった。
いや――今は、その体に宿る魂は、もう別人だった。
彼は、届いたばかりの王都新聞を広げていた。
『歌姫ジェーン、王国騎士団長リュークと結婚披露宴開催! 夫に向けたラブソング、会場は感涙の渦に』
その見出しとともに、花嫁が花婿に口づけるシーンの挿絵が載っていた。それを見て、ヴェルナーは静かに微笑んだ。
「……よかった」
小さく呟いた声に、妻が首を傾げる。
「なにが?」
「ああ……昔の知り合いの吉報があったから」
言葉を濁しながら、ヴェルナーは新聞を畳んだ。
「その人とは、仲良かったの?」
「彼女も、私も、同じ立場で似た者同士だったから……気になっていたんだ」
「あの生気のない仏頂面が、もう一人いたの?」
妻が、くすりと笑いながら茶々を入れる。
「もうそれも過去の話だけどね」
ヴェルナーは、窓の外に目を向けた。
政略や義務のために生きるしかないと思っていた二人が、許されない恋の末に禁忌魔法へ手を出した話――。
それは、義務に生きてきたジェーンの話でもあり、同時に、かつての自分自身の物語でもあった。
(リュークも、運命の人と出会えたのかな)
カウンターの向こうで微笑む妻を見つめながら、ヴェルナーは、そっと目を細めた。
義務でも、政略でもない。
自分の意思で選んだ、今の暮らしに不満はない。
まともに言葉を交わすこともなかった、かつての許嫁へ――はなむけの言葉を贈った。
「末永く、幸せに」
ヴェルナーは、窓辺に置いた新聞を、もう一度そっと撫でる。
その紙面の片隅に、小さな記事が載っていた。
『先の立てこもり事件の被告、獄中にて被害者に対して、「彼女は運命の女性ではなかった」と発言』
たった数行の目立たない小さな記事だった。
カランカラン。
店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
ヴェルナーは新聞を畳んで脇に置くと、立ち上がった。
どこにでもある日常の景色の中に、彼もまた溶けていった。
~END~
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
『人の恋は蜜の味 after~ゲイバーママは推し騎士に愛されたい~』、これにて完結です。
この作品は、私がこれまで『人の恋は蜜の味(恋蜜)』で唯一、一切描いてこなかった攻略対象――リューク・アサハルトを主役にしたスピンオフでした。
そんなところから始まったお話でしたが、気がつけば、ゲームプレイヤーだったアサコという強烈なキャラクターとともに、歌や音楽、戦争の傷、転生者たちの因縁、そして「自分の人生を自分で選ぶ」というところまで描く物語になりました。
そして、この物語の背景には『人の恋は蜜の味』の世界そのものがあります。
もし「恋蜜って、そもそもどんな世界なの?」と思われた方は、ぜひ前日譚――
『ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~』
も読んでいただけると嬉しいです。
こちらは、『人の恋は蜜の味(恋蜜)』本編より前の時代を描いた物語で、攻略対象たちの親世代から、少しずつバッドエンドという未来を変えていくお話です。
前日譚で起きた「改変」によって、この『恋蜜』本編という物語がどのような未来を迎えるのか。
その先については、今のところ未定です。
皆さまの反応を見ながら、「この改変された恋蜜の物語も読みたい!」という声が多ければ、いずれ書いてみたいと思っています。
まずは、ここまでアサコと一緒に『恋蜜』の世界を楽しんでくださった皆さまに、心から感謝を。
ありがとうございました!
またどこかで、恋蜜の世界でお会いしましょう。




