第11話 歌が繋いだ前世
数日後、王宮の一室。
アタシは、エリカ王妃、そしてトモエ・スタール男爵夫人と夫のブラッド・スタール男爵と共に、捕らえられた男の取り調べ記録に目を通していた。
「……この男、前世であなた達と同じ会社に勤めていたそうよ」
エリカ王妃が静かに調書を差し出す。
トモエの顔から、すっと血の気が引いた。
「……名前は?」
「分からないわ。本人は最後まで名乗らなかった。でも、話した内容は記録に残っている」
エリカ王妃は、淡々と続けた。
「トモエが過労で亡くなったあと、ブラッドも事故で亡くなったそうね」
トモエの肩が小さく震える。
「残された『恋蜜』開発チーム。その穴を埋めるため、続編のディレクターを任されたのが彼だったそうよ」
ブラッドが静かに口を開いた。
「……続編を、彼が」
「ええ」
エリカ王妃は頷く。
「シナリオライターとディレクターを失った現場で、彼は一人ですべてを背負わされた」
部屋に重い沈黙が落ちる。
「続編は大失敗だったらしいわ。その責任も、彼一人に押し付けられ、会社を追われたと話している」
トモエは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……そんなことになっていたなんて」
「そして会社への恨みと、『恋蜜』への憎しみを抱えたまま、この世界へ転移した」
エリカ王妃は別の調書へ視線を落とす。
「持っていたノートパソコンのバッテリーが切れるまで、彼は『データの書き換え』──魂の入れ替えを商売にしていたそうよ」
「商売……?」
アタシは思わず聞き返す。
「契約した相手は二人。一人は、先の戦争を引き起こした人物」
そして、エリカ王妃は静かに最後の一文を読んだ。
「もう一人は、本物のジェーン・トライヴァル」
トモエが、ゆっくり顔を上げる。
「……つまり、ジェーンの魂の入れ替えも、彼がコードを書き換えたから起きた」
アタシは、静かに息を吐いた。
(ヴェルナーからジェーンへ魂が入れ替わった衝撃で、前世を思い出したってことね)
トモエは自分の両手を見つめ、小さく呟く。
「結局……私達は、この世界を振り回しているだけなのかもしれない」
「トモエ……」
ブラッドが、名前を呼ぶ。
「私が過労で死んだから」
「ブラッドが事故で死んだから」
「彼は、一人で全部を背負わされて壊れてしまった」
震える声が、静かな部屋に響く。
「……誰も悪くないのに、誰も幸せになれなかった」
エリカ王妃は、静かに首を振った。
「いいえ」
力強い声だった。
「あなた達は、彼とは違う」
トモエが顔を上げる。
「あなた達は、この世界を壊そうとしたんじゃない。この世界で起こるバッドエンドを、一緒に変えようとしてくれた」
ネイビーブルーの瞳が真っ直ぐ二人を見つめる。
「今、この世界に平和があるのは、あなた達が協力してくれたからよ」
少し間を置いて、エリカ王妃は静かに続けた。
「でも彼は違った。この世界へ復讐するために戦争を起こし、金のために人の魂を書き換えた」
トモエは唇を結ぶ。
怒りだけではない。
悔しさとも、後悔とも違う感情が、その瞳に宿っていた。
「彼の処遇については改めて話し合いましょう。今日はもう休んで」
トモエは小さく頷いた。
「ねえ、王妃陛下……エリカ」
「何かしら?」
「彼に……面会させてください」
エリカ王妃が目を見開く。
「同じ会社にいた者として、聞きたいことがあるんです」
その声は静かだった。
責めるためではない。
真実を知るための声だった。
「……分かったわ。検討してみる。今日は二人とも帰って休んで」
二人は深く一礼し、部屋を後にした。
扉が閉まると、エリカ王妃はゆっくりとアタシへ視線を向けた。
「ジェーン」
「はい」
「もう気付いていると思うけれど……私達も転生者なの」
そんな気はしていた。
禁忌魔法の被害者でしかないアタシに対して、あまりにも理解があり、協力的すぎたから。
「この最悪な乙女ゲームの世界で、攻略対象だった子供達を救うために奮闘したのが、二十年前の私達よ」
(……だから、攻略対象達の運命がゲームと違っていたのね)
そこからエリカ王妃は、二十年前の出来事を静かに語ってくれた。
攻略対象だった子供達のこと、救えなかった命、そして、救えた未来――。
(魔法もチートもない世界で、前世の知識だけで世界を変えたなんて。エリカ王妃が国母なのは設定だけじゃないわ)
「ジェーン……ありがとうね」
「え?」
「転生した後って、前世の記憶が薄れていくのよ。私がこうやってギリギリ前世のことを保てているのは、トモエやブラッドが忘れないように根気よく伝え続けてくれたから。それでも、思い出せないことは、たくさんあるの……」
エリカ王妃は、家族の肖像画に触れる。
「あなたの歌を聞いた時にね、久しぶりに前世の両親の顔が思い出せたの。歌ってすごいわね」
(だからアタシは、この世界で歌を広めるために呼ばれたのかもしれない)
歌って、ただ楽しいだけのものじゃない。
忘れかけた思い出を呼び起こして、大切だった人を、もう一度心の中へ連れて帰ってくれる。
(……だからか)
アタシは、ようやく腑に落ちた。
前世でゲイバー『アマテラス』を続けていた理由も。
お客さんは酒を飲みに来ていたんじゃない。
あの日の恋人を思い出すため。
亡くなった家族を忘れないため。
若かった頃の自分を取り戻すため。
みんな、思い出を歌いに来ていたんだ。
「エリカ王妃」
「何かしら?」
「アタシ、この世界中に歌を広める」
エリカ王妃は驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。
「歌で、お金も稼ぐ。みんなも笑顔にする。でも、それだけじゃない」
「悲しい思い出も、楽しかった思い出も、大切な人との記憶も。全部ひっくるめて、『歌って良かった』って思える世界にしたい」
エリカ王妃は、静かに頷いた。
「あなたらしい夢ね」
「夢じゃないわ」
アタシは笑う。
「これは、アマテラスフォレスト店の経営理念なんだから!」
前世で守り続けた場所。
今度は、この世界でもう一度。
傷ついた人が笑って帰れる場所を。
そして……、忘れたくない誰かを思い出せる歌を。
アタシは、この世界に残していこうと心に決めた。




