第1話 ゲイバーママ、推し騎士の妻になる
「ちょっと、アンタ達ぃ!その選択肢は地雷よぉ!」
世界的感染症の流行で、店を自粛して半年。ゲイバー『アマテラス』のアサコママこと本名ケンジ――永遠の二十歳を名乗るアラフィフは、乙女ゲーム実況をしていた。
『また筋肉選んでる』
『ママ、顔で選んだでしょ?』
『リュークルートきたあああ』
『初見さん、恋蜜は心をえぐるから覚悟してね』
『推しが決まった時点で誰かが泣くゲーム』
『それでも全員幸せにしたくて周回しちゃうんだよなぁ』
画面のコメント欄が勢いよく流れていく。
「顔も筋肉も大事なの!あと声ね!」
画面の向こうで金髪の騎士が剣を振る。
乙女ゲーム『人の恋は蜜の味』。通称【恋蜜】。
アサコの最推し攻略対象は、騎士ルートのリューク・アサハルトだった。
無骨で不器用。でも誠実。そして、顔がいい。
「見なさいこの肩幅。そして、服を着ていても分かる大胸筋!」
『ちょっ、ママ、欲望が漏れてる』
『でもわかる』
『リューク推しはガチ勢』
コメント欄が流れる。
最初は、店の常連しか見ていなかった配信だったけど、“ゲイバーママの乙女ゲーム実況”という珍しさがウケたのか、気づけば登録者数は五千人を超えていた。
「はいはい、次の選択肢ねぇ!」
アサコは缶チューハイを片手に画面を見る。
【リュークに手作り弁当を渡す】
「渡すに決まってるでしょ!」
『ママからのお弁当』
『その選択肢、あとで泣くやつ』
『このルートは胃が痛い……』
『何周しても全員救えないんだよ、このゲーム……』
「アンタ達、恋愛は胃袋からよ!」
笑いながら選択肢を押した、その時だった。
スマホが震える。
店の常連客からの着信。
機材をミュートにする。
「はいはーい、アサコちゃんでぇす。」
「……アサコママ、今一人か?」
妙に暗い声だった。
「何?なんかあった?」
「いや……お前、その……。」
歯切れの悪さが嫌な間を生む。
「お前んとこの店の子と、お前のパートナーとホテルに入っていく姿見た奴がいて……。」
空気が止まる。
「……は?」
「……かなり前かららしい。」
耳鳴りがした。
その「店の子」は、地方から出てきたばかりだった。
自分の性に悩み、親とも上手くいかず、泣きながら店に来た子だった。
……我が子みたいに可愛がっていた。
パートナーとは、十年以上一緒にいた。長期出張だと言っていたのも、全部嘘だったの?
「……おい、アサコママ?」
声が遠い。
コメント欄だけが流れていく。
『ママ?どうした?』
『配信止まってる?』
『でも、リュークは動いてる』
アサコは笑った。
「あはっ」
喉が震える。
「……そっかぁ」
そのまま、配信を切る。
とてもじゃないけど、雑談配信なんてする気力がなかった。
久しぶりに浴びるように飲んだ。焼酎、日本酒、ウィスキー。途中から味なんてわからなかった。
「なんでよぉ……。」
同性の結婚制度が認められてないからって、十年が軽かったわけじゃない。辛いものは辛いし、誰を恨めば気持ちが晴れるのか、分からない。
大事に思っていた二人からの裏切りに、床に転がったまま笑うしかない。
「アタシ、結構ちゃんとしてたじゃない……」
家賃払って。店守って。アンタ達のことも守っていたつもりだったのに……。
視界の端に、リスナーから貰った缶バッジが見えた。金髪の騎士が、真っ直ぐこちらを見ている。
リューク・アサハルト。
「……アンタだけは、裏切らないでよぉ……」
立ち上がろうとして、
足がもつれた。
鈍い音。
視界が傾く。
そのまま、世界が暗転した。
◇
「――ジェーン!」
知らない声で、目が覚めた。
「…………は?」
天井が高い。ふかふかのベッド。
ここは、ホテル?
いや違う、家具が妙にアンティーク調だ。
「何ここ……」
体を起こした瞬間、違和感に気づいた。体が軽い?肩が痛くない?お腹が……出てない。
「えっ?」
震える手で、自分の胸を触る。
「胸がある。」
そう、パットではない胸の感触。
「えっ!?ある!?」
慌てて鏡を見るとそこに映っていたのは、黒髪の美女だった。
肌が綺麗。もちろん、顎に髭の剃り残しがない。輪郭は弛みがなく、シュッとしている。
若い、女優並みに美しい、しかもスタイルがいい。思い描いていた理想の自分の姿……。
「やったわーーーーッ!!」
思わずガッツポーズした瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ジェーン!」
中世ヨーロッパみたいな格好の男女が飛び込んでくる。
「えっ、コスプレ?」
「神よ……目を覚ましてくれた……!」
女性が泣き崩れ、男性は深刻な顔で口を開く。
「ジェーン……本当に覚えていないのか?」
「え?」
「自分が何をしたのか……」
(自棄酒した記憶があるけど、ジェーンじゃない。)
その後、二人から説明を受けた。
この体の持ち主の名前はジェーン。名門騎士一族本家の一人娘。そして、既婚者との禁断の恋の末、禁忌魔法に手を出したらしい。それが魂を入れ替えるという魔法だった。
「昼ドラじゃないのよ!!」
思わず叫ぶ。
「しかも人妻!?」
色々と情報量が多くて、頭が追いつかない。
すると、再び扉が開いた。
「ジェーン。」
耳触りの良い低い声に反射的に振り返った。
天然の金髪。鍛え抜かれた体に足の長さが目立つ長身。タレ目がちだけど鋭い目。軍服越しでもわかる分厚い胸板。
その姿を見た瞬間、思考は止まった。
「…………」
男がこちらへ歩いてくる。
その顔を見て、震えた。
知っている。ステイホームになって何度も見た。毎晩画面越しに愛でていた乙女ゲーム『人の恋は蜜の味……【恋蜜】』の最推し攻略対象。
リューク・アサハルト。本物だった。
「無理。好き。」
「……は?」
いきなりの胸筋タッチにリュークが固まる。
(その顔もまた可愛いわ。)
その時、ジェーンの両親が泣きながら土下座した。
「すまない婿殿!!」
「娘は混乱しているのです!!」
「ちょ……土下座する相手、違わない?!」
あとがき
毎週金曜日20時更新予定です。一話3000字程度で、読みやすい長さを目指しています。
本日は新作お披露目として、以下のスケジュールで公開いたします。
第一話 17:00公開(公開済み)
第二話 20:00公開
『ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~』 22:00公開
第三話 23:00公開
……を予定しておりますので、よろしかったら続きをお楽しみください。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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