第13話 予定外の孵化(エラー)と、新たな火種。
エアロバイクを漕いで2週間。ウエスト3センチ減!
これでちょっとは好きなもの食べてもいい、よね?
「……やはり、マシマシ系を『完成』させるには、生卵が必要だ」
有給休暇を延長した翌朝、俺は拠点の崖下にあるダンジョン入り口を見下ろしながら、そう確信していた。
大角牛の濃厚な脂、オークの肉厚なブタ。それらを一つにまとめ上げ、後半の重たさを円やかな旨味へと昇華させる「黄金の潤滑剤」。それが卵だ。
「主、また潜るのですか? あそこは昨日、主が暴れたせいで魔物たちが震え上がって、もはや生態系が変わり始めていますが……」
「ガウル、これは必要な間引きだ。拠点の安全確保と、俺の朝食のアップグレード。一石二鳥だろう」
俺はガウルを連れ、慣れた手つきでダンジョンの深層へと足を踏み入れた。
今日のターゲットは、地底の熱源付近に生息する【地這龍】。トカゲの王とも呼ばれる爬虫類だが、その卵は「岩のように硬い殻の中に、バターのように濃厚な黄身が詰まっている」と言われる極上の品だ。
「……いた。邪魔だ、そこをどけ」
卵を守ろうと立ち塞がる巨大な地這龍を、俺は魔法で構築した不可視の圧力で文字通り「横にどけた」。殺生は最小限にする。あくまで目的は間引きと収穫だ。
龍の巣の奥。熱を帯びた砂の中に、岩に擬態した無骨な卵が数個転がっていた。
俺はその中から、一際大きく、なぜか微かに「熱」を帯びている一つを慎重に回収した。
「……よし。帰るぞ、ガウル。これで明日の朝は『すき焼き風・マシマシ』だ」
拠点に戻り、俺は早速キッチンの魔導コンロを点火した。
地這龍の卵の殻は硬い。適度に加熱し、内部の圧力を高めてから割るのが、この世界の調理の定石だ。
「さて、まずは殻の強度を……」
俺が卵に指先から魔力を流し、内部の状態をスキャンしようとした、その時だった。
パキッ。
静かなキッチンに、不吉な、あるいは福音のような音が響いた。
卵が、俺の魔力を吸い込むように激しく明滅し、内側から凄まじい熱量を放ち始めたのだ。
「……ぬ? 加熱設定を間違えたか?」
「主! これ、龍の卵じゃありません! 中からとんでもない神聖な気配が……っ!」
ガウルが毛を逆立てて後ずさる中、卵の殻が粉々に砕け散った。
中から現れたのは、黄金の産毛に包まれた、手のひらサイズの小さな一羽の雛だった。
雛は、燃えるような赤い瞳で俺をじっと見つめると、
「――ピィッ!」
と高く澄んだ声で鳴き、俺の指先にトテトテと寄ってきて、甘えるように頭を擦り付けた。
「…………ガウル。これ、中身が入ってたぞ」
「主、そういう次元じゃありません! その姿、絶えることのない命の炎……伝説の【不死鳥】です! 数千年に一度、龍の巣に紛れて孵ると言われる神獣ですよ!」
フェニックス。
伝説によれば、その涙は万病を癒やし、その羽は天界をも焼き尽くす。
だが、今の俺の目には、指を甘噛みしてくる「予定外の孵化」にしか見えなかった。
「……食えないのか?」
「絶対にダメです!!」
俺は溜息をつき、指にまとわりつく雛を抱き上げた。
最初に見た俺を親だと思い込んでいる。この執着心、仕様変更は不可能そうだ。
「……仕方ない。食材にはできんが、拠点の火の番くらいにはなるだろう。お前、名前は『ピヨ』だ」
「ピヨッ!」
伝説の神獣は、おじさんから与えられた余りにも安直な名前に満足げに鳴くと、そのまま俺の肩に飛び乗り、定位置を確保した。
「ガウル、予定変更だ。卵が一人歩きしてしまったからな。……明日は北の山脈へ、もっと『まともな卵』を狩りに行くぞ。ピヨ、お前は偵察と種火担当だ」
こうして、有給休暇中のエンジニアの肩には、伝説の火の鳥が鎮座することになった。
女神に続き、天界の住人がまた一人、おじさんのニンニク臭い拠点に深く関わろうとしていた。
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