エピローグ 君を
「……はあああああああああああ……っ」
学園の門の真ん前。
エドガーは馬車を降り、胸に手を当てて気合のこもった深呼吸を何度も繰り返した。
もう何度も見過ぎた行為に、ロミオは背後で全く感情のこもらない目で溜息を吐く。
「殿下。早くバーバラ嬢をエスコートしてください。降りられないですよ、彼女」
「で、でもな! ここで僕が失敗したら! バーバラの名誉に傷がつくだろ! そんなことになって、もし! バーバラに『エドガー様……こんなにエスコートが下手くそだったんですね……。幻滅ですわ』なーんて言われた日には! 僕は! 死ぬよ!」
「今まで妄想で何度も死んでいましたよね」
「現実に死ぬんだよ!」
「大丈夫です。殿下は殺しても死にませんよ。バーバラ嬢に冷たくされない限りは」
「だから! それが! 致命傷なんだってば!」
もう既にバーバラには全て聞こえている。
ロミオはそんなツッコミをしたかったが、真剣真面目本気で恐れるエドガーを目の当たりにし、辛うじて口を噤んだ。――馬車の中からバーバラが、楽しそうに口元に手を当てて全てを見ているし聞いているのだが、エドガーには些末のことの様だ。
「殿下。昨日や今朝の迎えの様なことにならなければ大丈夫ですから」
「でも! みんな! 見てる!」
「殿下。語彙力が低下していますよ。元からですけど」
「はああああああああ……。バーバラをエスコート。バーバラをエスコート。どうすれば一番バーバラが可愛らしく、美しく、綺麗に輝きを放つ角度を見せられるだろうか。やはり僕がこの角度から手を差し出すべきか?」
この殿下、アホだ。
ロミオは大いにツッコミたかったが、やはり真剣真面目本気で考え込むエドガーを目の当たりにし、辛うじて口を噤んだ。当然、バーバラは全てを見聞きしている。もはや威厳も体裁もへったくれもない。
昨日、エドガーがバーバラと思いを通わせた後。その後からエドガーは酷くなった。
まず、正気に戻って落ち着いて、エドガーが改めてバーバラに手を握られていることに気付いた直後。
恥も外聞もなく気絶した。
バーバラの手、小さくてかわいい。
これが、エドガーの辞世の句である。
バーバラは少し驚いていたが、それだけ思われていることを知って満たされた様に微笑んでいた。何となくSの気配がある。ロミオは確信した。
そして次に、今朝。――昨夜は家族にエンドレスでバーバラと両想いになったことを語り、エンドレスで家族が涙を流しながら喜びの舞を踊っていたことは、ロミオは見なかったことにしたので、次の珍事は今朝だ。
今朝はエドガーが初めてバーバラに笑顔で挨拶をした。
それを見たバーバラの両親と弟が感涙に噎び泣いていたのだが、問題はその後だ。
『エドガー様、おはようございます』
バーバラがはにかんで挨拶をした途端。
『バーバラが、……尊い……っ!』
己の胸を文字通り鷲掴みにし、膝を折ってエドガーは無事に死んだ。
バーバラは照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑ってエドガーの死を見守っていた。彼女の両親はエドガーのこれまでの態度との落差に驚いていた様だったが、すぐに順応した。ロミオから見れば、もうこの二人の家族は強いの一言である。
馬車に乗ってからは、果たして何回死を迎えたのか。
ロミオは知らないが、知らない方が良いこともある。
だから、聞かなかった。
そして、今である。
門でエドガーが奇妙な動きをしながら叫びまくっているので、注目の的である。衆人環視の中で、よくぞここまで己をかなぐり捨てられる。ロミオは感心した。
「殿下。そろそろ本当にバーバラ嬢をエスコートしてください。愛想を尽かされますよ」
「はああああっ⁉ それはいかん! さあ、バーバラ!」
「はい、エドガー様」
にこにこにこにこ。
実に、実に楽しそうにバーバラは一部始終を見守っていた。その良い笑顔のまま、バーバラは馬車の出入り口からひょっこり顔を出す。
その顔の出し方が小鳥の様で、エドガーは「可愛すぎだろ僕の婚約者」とまた顔を押さえて悶え始めたが、根性で踏みとどまった。現実的に足に力を入れて踏みとどまった。
こほん、と咳払いをし、エドガーは顔がにやけるのを必死に抑えるため。
物凄いしかめっ面で手を差し出した。
「どうぞ、お手を」
周囲があまりの恐さに凍えるほどのものであった。
しかし、バーバラは楽しそうに微笑み。
「はい、エドガー様」
そっとエドガーの手に己の手を乗せた。
その瞬間、エドガーは一瞬で天国に昇った。
その一秒後に根性で現実に戻ってきた。
――はあああああああああ! バーバラの手、すべすべで柔らかい!
変態だと思いながらも、バーバラの可愛らしい手の感触にエドガーはぎゅうっと顔に力を入れる。――あまりに力を入れすぎて梅干し状態になり、またも周囲を震え上がらせたが、彼が知ることはなかった。
「足元に、その、気を付けて」
「はい、エドガー様」
ゆっくりと降り立ち、バーバラがふわりとエドガーに笑いかける。
きらっきらの後光が差した彼女の笑みに、エドガーはそろそろ本格的に天に飛んでいきそうだ。
彼女の笑顔が可愛すぎて眩しい。眩しすぎる。
そんなエドガーの心の声は、既に表に出ていた。当然、すぐ隣にいたバーバラにも丸聞こえである。
「エドガー様」
「な、何だ⁉」
「わたくしも、エドガー様の百面相が可愛らしくて眩しいですわ」
「――っ!」
どっきん! と、エドガーの心臓がかつてないほどに跳ね上がる。
バーバラに、可愛いと言われた。もう死んでも良い。そう本気で思う。
「死んだら一緒に歩けませんから。死なないでくださいませね?」
「は、はい!」
心を読んだ様なタイミングでバーバラに釘を刺され、エドガーは強く誓う。バーバラより先には死なないと。
それに。
――昔願っていた光景が、ここに在る。
バーバラと笑って歩くこと。同じ速度で歩いていくこと。
彼女と一緒に、未来へと歩みを進めていくこと。
それが叶って、エドガーは泣きたくなるほど幸せだ。
「バーバラ」
「はい」
「君を愛することが出来て、幸せだよ」
「――、はい。エドガー様」
わたくしもです。
その答えと共に、バーバラが満開の笑みを咲かせる。
あまりの眩しさにエドガーの目は潰れてしまったが。
エドガーの弾ける様な幸せな笑顔に、バーバラも目が潰れそうになっていたことは、誰も知らない。
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