すれ違いすれ違う ―― プルム⑤
ヤバイ。
……嬉しい。
駄目。
戦いに集中しなきゃ。
でも、一度切れてしまって、そして、他の感情が支配する頭はもう私をモノクロの世界に導かない。
多分、顔は情けないほどにニヤついている筈だ。
それでも何とか相手を見て、間合いを計り、剣を振るう。
槍の間合い。
剣の間合い。
今まで何度の繰り返した戦い。
迫る穂先を捌き、一歩詰め寄る。
剣を突き出し、それを下に避けさせる。
流れるように次の剣へ繋げる。
槍の腹で止められる。
読まれている。
その、相手の反応一つ一つが懐かしい。
そして、やっぱり勝ちたいと、そう思う。
再び世界から色が消える。
槍の動きを見て、アイツの考えを読む。
まずは、その武器を無力化させ、そして間合いを剣の間合いに。
伸ばされた穂先。
それを、思い切って手で掴む。
掌に穂先が食い込む。しかし、刃は私の手を浅く切っただけ。
力任せに引き寄せるながら、そのまま、前に。そして、剣を。
刹那、違和感。
「クライオボルケーノ」
そんな言葉と共に感じるのは……冷気!?
マズイ。
この体は、熱に弱い。
咄嗟に剣を逆手に持ち直し、自分の左の脇の下に差し込み、一気に引く。
一瞬で凍結を始めた私の腕を、そこで切り落とす。
槍に絡め取られた私の腕が真っ白に凍結しそのまま武器となり私に襲い来る。
それは、私を弾き飛ばし、そして、私の左腕と相手の右腕が星の光を微かに反射させる粒子となり空に消えていく。
その予想外の一撃に気を取られた一瞬、脇腹に相手の膝が食い込む。
ただ、その攻撃は、大したダメージになってない。
蹴り飛ばされる、その勢いのまま、身体を捻り、獲物と右腕を無くした相手に剣を振るう。
「アポート」
その一撃は、槍に防がれる。
空手だった左手に、一本の槍。
一体どこから?
力任せに弾き返され、そのまま私の身体は地に転がる。
さらに追いすがる相手が私の右腕を踏みつける。
「ソルフレア」
強烈な光と熱が生まれる。
その踏まれた右腕を起点として。
結果、私の右腕は消し炭と化し、両腕を失った私は完全に無力化させられた。
自爆する為の爆弾なんて持ってないもの。
「負け……か」
何なの?
このデタラメな攻撃の連続は。
ずるくない?
いや、ずるいとか、卑怯とかそう言う言葉は無意味だ。特に、コイツには。
「そうだな」
私の呟きに同意を返した相手は、残った左手を私の首の後ろに差し込み上半身を起こしてくれる。
「殺さないの?」
相手に問い掛ける。
「この世界には、この世界のルールがある」
私の背後に回りながら、相手がそう答える。
「変わったね」
「……そうか?」
そりゃ、五年も経ったのだから。
変わってないのは私くらいか。
「立てる?」
背後に回り込んだ相手が、私のお腹に手を回しながら耳元で小さく言った。
それに、頷きを返して、相手に引き上げられるままに体重を預け、立ち上がる。
「このまま連行する! 手出し無用!」
後ろで大きな声を上げる。
いつの間にやら私が殺した連中が戻って来ていた。
そんな敵意の篭った視線を私に向ける人混みの中に、一つだけ回りと違う視線を投げかけてくる女の子を見つける。
そう言えば、あの子はさっきまで私の後ろに居るやつと一緒だったか。
……どういう関係だろう。
そんな疑問を抱く私の身体はギュッと強く引き寄せられる。
そして、身体が宙に浮く……。
え。
あっという間に地面が遠ざかる。
そんな私達を見上げる顔もすぐに小さくなる。
「女の子になっただけじゃなく、空まで飛べるんだ」
「ちょっとした人気者だ」
嬉しそうな、相手の声。
「何処に連れてくの?」
「NPCに差し出す。そのまま断首だろうけど」
「そっか」
PKは重罪だったっけ。
今日も何人殺しただろうか。
という事は……。
「LPは?」
「ラス1だよ」
せっかく、また会えたのにな……。
「……これで終わり」
呆気ない終わり。
「ハマルで待ってるよ。戻って来い」
気落ちする私に予想していなかった言葉。
「は?」
「そうすりゃ、形の上では丸く収まる。スキルは後で買えるからLPは使わない方が良いぞ」
そりゃそうかも知れないけど。
「ふーん」
少し考える。
人気者らしいこの人と、それを見つめていた彼女。
私の知らない五年間を経た彼がここに居る。
そう。
この日は、あの時の続きでは無い……。
「でも、そんな思い入れも無いよ」
このゲームは、あのゲームの続きでは無い。
そして、その事に、その感情に、ちょっと整理が付けられていない。
「俺が戻って来て欲しいからじゃ駄目かな?」
「え?」
そんな私の感情を更に掻き乱す彼の言葉。
思わず振り返り、彼を見る。
咄嗟に顔を動かされ死角に回られその表情を確認できない。
ただ、その言い方に不意に荒野の教会で緊張に顔をこわばらせた彼を思い出した。
「ハ……ハハハハ……」
急に笑いが込み上げてくる。
そして。
「今更何言ってるんだか」
そう。
今更……なのだ。
「笑う様になったんだな」
「愛想笑いでも、物事が円滑に運ぶって事を学ぶ位には。
大人になった」
週四日、日の半分は愛想笑いを浮かべて過ごしている。
最も、生命が生まれる職場という場所柄、溢れる幸せに釣られ、自然に笑うことも増えたが。
「そうか……」
それは、私の過ごした、彼の知らない時間。
暫くの、沈黙。
「ねえ」
一つ、確認しておきたい。
「その体、気になってるんだけどさ、私?」
返事がない。
「どうなの?」
「……さあね」
誤魔化した。
否定ではなく。
てことは……肯定なのだ。
「胸のサイズ、おかしく無い?」
余りにも、余りにもである。
「アバターが盛り過ぎなんだよ」
「な、何だと!?」
お前までそんな事言うのか!?
あれか?
巨乳に非ずんば人に非ず。
いつの間にかそんな世の中になってたのか?
涙で前が見えない。
「早漏!」
精一杯の反撃。
「おま…………すっかり荒んだな……」
いやいやいや。
お前がそれを言うか?
「誰の所為?」
「え、俺?」
どう考えてもお前の所為だろうが!?
「何で?」
何でって……。
「遊ばれて……捨てられて……」
「何でだよ。連絡切ったのそっちだろ?」
「嘘だ」
だったらどうしてあの時、返事をしなかったんだ。
あの、終わることの無い様な長い沈黙の時間。
「もう会うつもりも無かった癖に」
「どうしてそう言う結論になった?」
え。
「何なら……」
何?
思わず振り返る。
目が合う。
……そして、この言い合いの無意味さを互いに理解する。
「……終わった事か」
「……そうだね」
過ぎた時は戻らない。
ただ。
そう。
もう一度だけでも、あの頃の……。
「ねえ」
「ん?」
「そっち、向かせて」
「ああ」
彼が左手一本で器用に私を半回転させ、仰向けに。
星空が見える。
そして、女の子の顔。
こうやって間近で見ると……やっぱり違和感ある。
私は目を閉じ、わずかに顎を上げる。
◆
その後、私は街で処刑された。
彼は私の首が落とされる最期の時まで横に立ち、手を繋いで居てくれた。