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夜の湖 ―― ヘクト⑭

 バカンス気分もどことやら。

 早々にプールから引き上げた私は、ホテルのバーで夕陽を眺めながら一杯あおる。


 いや、別に酔わないけども。


「なんだろうな……この噛み合わなさは……」


 カクテルのグラスを揺らしながら独り言ちる。


 街中ではメイド姿を見掛け、ここでは水着姿。

 どう考えても、女の子になっているのだ。完全に。

 はじめに、一緒に行こうと言ったのは……女友達的なノリだったのかな。


「聞けば、良いのよね」

「聞きにくい事でしたら代わりに聞いて差し上げましょうか?」

「え!?」


 不意に声を掛けて来たのは女王の護衛、ヨツバさん。


「冗談です。余計なお世話ですよね」


 微笑みながら訂正するヨツバさん。

 全く気配を感じなかった。


「今日はありがとうございます。

 イヨちゃんも、ゆっくり羽を伸ばせたと思います」


 私、何もしてないけど。


「それを言いに?」

「オオトリイ」

「え?」

「ミモザにあるクローズポータルです。

 この先、必要になるから知っていて欲しいと、イヨちゃんが」

「え?」


 どう言う事?


「くれぐれも他言は無用です」


 そう、笑顔で言う。

 私に混乱だけを与えヨツバは静かに去って行った。


 結局、バーも一杯飲んだだけで引き上げ、用意された一室、水上コテージへ。

 バルコニーに面した湖にそのまま飛び込むことが出来る、カップルで来たら盛り上がること間違い無しな部屋。

 その部屋で沈む夕陽を眺め、一度ログアウトした。


 ◆




 セラミック刀を下から掬い上げる。

 それは、身を捻りながら躱すハルトの左手首を捉え左手を体から分離させた。

 宙を舞う左手。

 視界の中、ハルトの口元に笑みが浮かぶ。


 手に爆弾を仕込まれたか?

 しかし、この距離で爆発すれば二人まとめて吹き飛ばされる。

 いや、後ろに退避。


 咄嗟にそう考え、重心を背後に傾けた所を槍の石突で素早く足を払われる。


 笑みがフェイクだったか……。


 受け身を捨て、反撃を試みるが苦し紛れに振るった刀は予想されていたのだろう。

 剣先は空を切り、体は背中から地に叩きつけられた。

 そして、喉元に槍の穂先が当てられた感触。


 ……負けた。


 それを自覚し、私の視界は色を取り戻す。

 あとは、死んでこの体が霧散するのを待つだけだ。


 ……しかし、槍を当てたままハルトは動かない。


「……殺さないの?」


 記念すべき初勝利の余韻に浸って居るのか?


「殺したら……来る理由が……無くなるんだよ」


 無表情のままそんな事を言う。


「仕返しに行くけど?」


 勝ち逃げしようなんてそんな甘い考えは許さない。

 光学迷彩で身を隠しても、見つけ出せるのだから。


「……そんな理由でさ、会いに来てほしくないわけよ」

「何言ってんの?」


 槍を首に当てながら言う台詞では無いし、そもそも、お前は今までずっと私を殺すために来てたよな?


「俺さ、その……自分で取り返しのつかない過ちを犯したことを自覚している。

 そう……それは多分許されないことも。

 でも、それを敢えて無視してこうして会いに来ているのだよ」


 突然語りだすヘクトに私は何も言わずに、寝転んで槍を押し当てられたまま。

 言うほど大した事して無いけどな。私の中では。

 スカートと下着の恨みは忘れないけども。


「で、殺し、殺され、こうやって殺しのバトンを渡し合っていく。

 その関係は、悪くはないのだけれど、同時に、それで良いのかと言う葛藤がある。

 元は俺から始まった事。

 であるなら、俺が借りを返された時点で終わりにすべきだろ?

 つまりは、次だ。

 でもさ、そうしたら、本当にお前、終わりにするだろ?」


 そこでヘクトは言葉を止める。


 暫くの沈黙が続く。


「つまり、どうしろと?」


 私の問いに、ハルトは私の目を逸らさずに見つめる。


「……次は……次に来る時は、恋人として殺しに来て下さい」

「はい」


 間髪おかずに答えた私の言葉に、一瞬ぽかんと言う顔をした後、笑顔になるハルト。

 私も、笑おう、そう思った瞬間槍が首に突き刺された。


 結局、殺すのかよ!

 自分の体が仕込んだ爆弾で霧散する中、心の底からそう叫んでいた。




 ◆


 良くわからないのは昔からか。


 シャワーを浴びて、ログインして、星空を見上げながらそんな過去を思い出す。


 なんか、考えたら負けな気がしてきた。


 取り敢えずは、どこへ向かっているのか、それだけをはっきりさせよかうな。

 でも、はっきりさせた所で止まる様な奴じゃ無いんだよね。


 炭酸水を口にしながら、そんな事を考える。


 心地よい夜風が髪を揺らす。


 暫くそうやってバルコニーに置かれた椅子に座って、星空とそれを正対称に映し出す湖を眺めていた。


 二メートルほど離れた隣のコテージ。

 そこにも中から誰かが出てきた気配がして、視線をそちらに。


 ……ハルシュと目が合った。


 よりにもよって隣りに居たの!?


「こんばんわ」


 動揺を隠しながら挨拶。


「こ、こんばんわ」


 この想定外の出会いは向こうも同じだったのか若干声が上ずっているような気がする。


 そして……沈黙。


「あの」

「さーせん」


 ……いきなり謝ってきた。

 何で?

 座ったまま彼女を見上げる。

 少し、不貞腐れたような、そんな顔。


「何が?」

「獲物を奪った事。怒ってるだろ?」

「……ちょっと。でも、助かった」


 感謝もしている。


 いや、そんな事どうでも良いのだ。

 それよりも、聞きたいことが有るんだよ。


「……それより、その水着……」

「可愛い?」


 いや……可愛いかどうかと言われれば可愛いと思うよ。

 見た目だけは。

 でも、そこ重要?

 敢えて私に聞きたいこと?

 そんなに食い気味に。


 ダメだ。コイツ、完全に女の子へ向かって居る。


「可愛い」


 そっけなく答える。

 少し嬉しそうに、はにかむ様に笑う。


 目眩がした。


 彼女から目をそらし、再び湖へ視線を向ける。


 ……バカンスだものね。

 泳げば、少しは気分も晴れるかもしれない。


 私は立ち上がり、ラッシュパーカーを脱ぐ。

 ぷるんぷるん。


「え!? その体」


 彼女が驚きと共に絶句するが、それを無視して私は湖に飛び込んだ。


 少し冷たい水の感触と、浮力が全身を包む。

 そのまま、仰向けで星空を眺める。

 ゆっくりと足を動かしながら。


「ちょ、何してんの」


 空を飛びながらハルシュが追いかけてきた。


「泳いでるの」

「いや、危ないよ。て言うかその体……」


 ハルシュの視線が明らかに私の胸に行っている。

 どうだ。凄いだろ。

 ぷるんぷるん。


 私、脱がなきゃ凄いんです。


 でも、サービスはここまで。


 姿勢を変え、クロールで泳ぐ。

 気持ちいい。


 そうやってしばらく無心で泳ぐ私の横を何かがすり抜けた気がした。

 違和感を感じ水面から顔だけ出して立ち泳ぎに。


 結構、遠くまで来たな。

 岸のコテージを見てそう思う。


 そんな私の周りを魚がぴょんぴょんと水面から飛び跳ねている。

 トビウオ?

 それも、大量の。

 更にそんな水面に浮いているものが……!


 咄嗟に私は自分の胸に手を当てる。


 ……無い!!


 さっきまでぷるんぷるんしていたパットが!

 それどころか、ビキニすら着けてない!!


 あそこ、五メートルほど向こうに漂っている布……私のブラか!?


 取りに行こうにも魚がぴょんぴょんしていて邪魔をする。


「どうした!?」


 異変に気付いたハルシュが向こうから寄って来る。


「来るな!!」


 来ちゃ駄目!

 今、おっぱい丸出し!

 片手で胸を隠しながら叫ぶ。


 一旦接近を止め、そこで銃を取り出すハルシュ。

 その銃が、私の周りを飛ぶ魚を次々と撃ち落としていく。


 どうしよう。この隙に水着を取りに行くべきか?


 しかし、まだハルシュはブラ(あれ)に気付いていない筈。


 躊躇する私の体を急激な水流の変化が襲う。

 後への曳き波。体が押し寄せられる。

 直後、頭上から大量の水が押し寄せる。

 そのまま水圧で水中に押し込まれ前後不覚になる私。

 完全にパニック。

 両手で必至に水を掻いて、辛うじて水面から頭を出す。

 直後、私の股の下、腿と腿の間を巨大な何かが通り抜ける。

 ぬめりとした嫌な触感。


「……助けて」


 こちらに心配そうな顔を向ける、空中のハルシュへ、泣き出しそうな情けない声で助けを求める。

 直ぐにこちらへ寄って来る彼女。

 慌てて片手で胸を隠す。


「大丈夫!?」

「こっち見んな!」

「ハァ?」


 自分でも理不尽だと思うが恥ずかしいものは仕方ない。


「取り敢えず、向こう向いて! おんぶ!」


 素直に従うハルシュの首に手を回し背中に必死にしがみつく。


 そのまま、水から引き上げられ何とか危機を脱した。

 いや、全然脱して無い。

 おっぱい丸出しだ。

 てか、背中に押し付けてる状態だ……。


「あれ? お前……さっきの胸は?」

「うっさい! 黙れ」


 泣きたい。

 何でそんなとこだけ鋭いんだ!


「……ここの魚が水着の紐を切るから入ったら危ないって」

「……遅い」


 その情報、最早手遅れ。


「やられた?」

「……うん」

「ちょっと、上着脱いでも良いかな?」

「バカァ!!」


 どうしてこの状況でそう言う発想になるんだ!

 ラッシュパーカー越しでも十分恥ずかしいんだよ!


 何なの?

 そのピンポイントに最低な敵は!?


「お出ましだ」


 頭が真っ白な私にハルシュが静かに言う。

 真下、湖の中に黒い大きな影。

 全長は五メートル程。

 さっきの、私の股の間をすり抜けたのはこれか?

 私達の前の水面が大きく盛り上がる。


 そして、そこから丸太の様な巨体が飛び出し水上を跳ねる。


 ……鰻? 巨大な鰻の様な化け物。


 それは空中で鞭の様に体をしならせ、水からその尾を抜いた勢いのまま一回転。

 私達に叩きつける様にその尾を振り下ろして来る。


 避けるハルシュに振り落とされない様に必死にしがみつく。


 水面に落下し、盛大に水飛沫を上げながら巨体が再び水上へ潜って行く。


「魔法は?」

「使えない。メイスと剣だけ。と言うか、今の状況だと満足に戦えない……です」


 おっぱい丸出しだもの。


「むしろそれが見たいのだけれど」

「死ねぇ……」


 変態!

 恥ずかしくて泣きそう。


「仕方無い」


 そう言いながら、少し水面から距離を取るハルシュ。

 そして、仮想ウインドウを開き操作する。

 私と彼の間を隔てて居たラッシュパーカーが消えて彼の手元に。


「変態!」

「違う! これ着ろ!」


 ……。


 パーカーを私に差し出すハルシュ。


「何でそんなに可愛い水着着てるのよ!」

「それ、今言うか!?」


 もう、感情の置き所が無いのよ!

 パーカーを受け取り仮想ウインドウでそれを装備。


 ひとまず、おっぱいは隠れた!


「……ありがと」

「戦える?」

「多分」

「じゃ女の敵を倒しに行こう」

「……うん」


 嬉しいような、悲しいような、なんか複雑。

 だが、戦いに集中しよう。

 珍しく、共同戦線だ。


「作戦は?」

「私が囮に成る」

「ん?」

「飛び上がった所を叩いて」


 そう言って私は彼の首から手を離し再び水の中へ。

 剣を手に。


 水の抵抗は大体わかった。

 鰻の早さも。


 冷静になれば捕らえられない敵では無い。


 再び水から頭を出し、水の中を注視する。


 足が、水流の乱れを感じ取る。

 色の消えた視界の中、僅かに黒い影が動くのを捉える。

 私の真下、再び股の間をすり抜けたようとしたそれに、静かに、素早く剣を突き立てる。

 深く。

 暴れる巨体。

 私は両手で剣の柄を握りしめ、水中に引き込もうとするその巨体に食らいつく。

 この手を離したら、尻尾の餌食になるだろう。

 水の中、暴れる巨体。

 右へ、左へと体が流される。

 それでも、私は剣を離さない。


 そして、軽い衝撃と共に体が軽くなる。

 水から解放された。


 鰻が空に飛び上がったのだ。


「グングニル」


 私達の下からハルシュの声。

 直後、突き上げる様な衝撃。

 その勢いに合わせ、剣を引き抜きながら宙に跳ね上げられる勢いのまま鰻から離れる。


換装コンバージョン


 武器をメイスに。


 全身を使い右手の金属塊で鰻を打ち据える。


 骨を砕く確かな手ごたえ。


「ランダム・シュート・フルバースト」


 ハルシュの銃が光を放つ。その光は全て鰻を食べへと吸い込まれて行く。


 落下する私の体。

 水面に叩きつけられる直前にハルシュに抱きとめられる。


 ……そのままお姫様抱っこにされた私の頭上で巨体が粒子になり消えて行く。


「無茶するお姫様だ」

「お姫様では無いし、無茶でも無いでしょ」

「さて、人魚姫は再び水に戻られますか?」

「コテージにお願いします。あーあ、水着……」


 可愛かったのに。

 そして、パットも……。

 私のぷるんぷるん……儚い夢だった……。


「まあ、偽物で見栄張っても仕方無いさ」


 何でそんなに上から目線?


「うっさい」


 惨めだからそんな慰めは要らない。


「で、あれ何なの?」


 何でそんな事聞くのよ。


「知らない。何のこと?」


 悔しいから絶対に教えない。


「てか、お前……男じゃ無いの?」

「じゃ無いの」


 あれ?

 言ってなかったっけ。


「何で? どうやって?」

「秘密」

「幾らで売る?」

「売らない。商売人じゃ無いから」

「……今度、じっくり聞き出してやる。

 はい、到着」


 あっという間に私のコテージの前。

 お姫様抱っこから解放され、バルコニーに降り立つ。


「ありがと。これ、後で返す」


 ホテルの売店で違う水着を買おう。


「ん、ああ……あ!」


 ん?


 突然、ハルシュが目を見開く。


 その視線の先は私の腰の辺りで。


 ん?


 そっと腰に手を当てる。


 有るはずの、水着の紐が無い。


 水着の!

 紐が、無い!


「!」


 咄嗟にパーカーの裾を引き下げながらしゃがみ込む。


「おやすみ」


 早口にそう言い残すハルシュの顔を見返すだけの気力は私に残っていなかった。


 ◆


 と言うか、離脱なりで逃げれば良かったんだと気付いたのはログアウトして、布団の上でのたうち回っている時。


 一体いつから裸だったんだろう……。


 何なの? このゲーム。

 ちょっと、やり過ぎじゃ無い? 変な方向に。


 まあ、所詮アバターと言ってしまえばそれまでだし。

 何度か見られてる、そう言ってしまえばそれまでだし。

 一頻りのたうち回ってたら、冷静になってちょっと恥ずかしさは引いた。


 その後、こっそりラッシュパーカーだけのハルシュのコテージのバルコニーに掛けて、私はリゾート島から水月に逃げ帰った。


 アンヌには、あのパットは無くした時のダメージが大きいと素直な感想を伝えておいた。


 ……とんだバカンスになった……。

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