ようこそ特務機関へ!―― ノゾミ②
「ヘクトはカストルって行ったことある?」
「カストル? 双子座の港町? 確か三番目の」
「そう」
「あるよ」
取り敢えずノゾミの誘いに乗って特務機関に入る事にした。
そして、店を出るとノゾミはそう尋ねて来た。
「それじゃ、これ、上げる」
「え? 何これ?」
彼女が取り出したのは、スキルのチケット?
「時空間魔法。最近売り出されたの。一回行った街に行く事が出来て便利」
「良いの?」
「組織のメンバーには配布したから」
成る程。
「じゃ、遠慮無く」
私はノゾミからチケットを受け取り、早速使う。
このまま逃げるとか、考えて無いのだろうか?
信用されてる?
いや、逃さない自信があるのかな。
ま、いいや。
メニューを開いてスキルをセットする。
使える魔法の「転移」の説明を見ると、今まで行った街の名前が並ぶ。
「ハマル、アルデバラン、カストル、カンケル、レグルス。
港町ばっかりね」
「そう。移動出来るのは今の所十二星座の港町だけ。この後増えて行くって話だけどね」
「そうなんだ」
移動でいちいちお金と時間を使わずに済むのか。
「と言うわけで、カストルに行くよ」
「了解」
「転移、カストル」
私を置いてノゾミが先に消える。
それに倣い私も。
「転移、カストル」
一瞬で視界が切り替わる。
そして、ノゾミが私を見て一瞬安堵の表情を浮かべる。
やっぱ、心配だったのか。
「凄い」
感想と共に口角を上げ、ノゾミを安心させる。
「さ、こっちよ」
それに作り笑いを返しながら彼女は歩き出した。
◆
彼女は、一度街からフィールドに出る。
そして、十分ほど街道を歩き別の街へ。
その間に各地のオススメの店などを聞く。
ポルックス。
さっきのカストルと同じ様な街へ。
「ここには王宮があるの」
「ふーん」
そんな街を地図も見ずに次々に進んで行く。
右に曲がり、左に曲がり……。
「まずは、ここで」
そう言って彼女は冒険者ギルドへと入っていく。
「契約をお願い」
ノゾミはギルドの受付嬢にそうリクエストする。
両目の色が違う。
緑と赤。
何て言うんだっけ? あれ。
「はい。では、別室で」
私達は、その受付嬢にギルドの奥へと案内される。
小さな会議室のような部屋。
そこにノゾミと向かい合う。
テーブルの上にノゾミが一枚の書類を置く。
『特務機関 エクリプス 入隊契約書』
と書かれ、その下に幾つかの条件が書かれている。
それを、一つづつノゾミが読み上げる。
要約すると、金とスキルと仕事を与えるから頑張れ、とこうである。
そして、教えられた通り、違反や脱退の場合は命を持って償う、とこうである。
「て、言ってもLPが一つ無くなるだけだから」
「わかった」
「それで良ければ、ここに名前を書いて。もちろんプレイヤーネームの方」
渡されたペンで紙に『ヘクト』と書く。
「次にコレを親指に当てて」
そう言って彼女は飾りの付いた小さなナイフを渡しに差し出す。
「親指?」
「血判ってやつ」
「血?」
私はナイフを受け取りながら、疑問に思う。
このゲーム、血、出ないじゃん。
取り敢えず、言われた通りにナイフの刃を親指に当て、軽く引く。
「え?」
指の先に赤い液体ぷくっと膨らんでいる。
「ここに押して」
すかさずノゾミが契約書の名前の横を指差す。
言われたとおりにそこに親指を押し付ける。
……どうなってんの? これ。
「良し! コレで完了。
ようこそ! 特務機関エクリプスへ!」
戸惑う私にノゾミが右手を差し出す。
一応、それを握り返すが……何か変わったのだろうか。
「後でここ、確認して。入墨みたいなのが入ってるはずだから」
そう言って彼女は私の胸の中心、心臓の当たりを指差した。
◆
ギルドを後にし、やや表通りから外れた所にある喫茶店に入って行く。
『喫茶 水月』と言う看板、そして、ドアに『準備中』と札が掛かっていた。
カランコロンとドアベルが鳴る。
ノゾミに続いて店の中へ。
さして広く無い店内。
カウンターと幾つかのテーブル。
当然、客の姿は無い。
でも、カウンターの中に一人。
黒髪のツインテールを巻き髪にした、黒いフリフリの衣装を着た女の子。お人形さんみたい。睫毛、超長い。でも、無表情。
あ、あれか。
メイドさんが接客するお店。
ノゾミの趣味?
「一人?」
ノゾミがカウンターの女の子にそう尋ねる。
彼女は返事の代わりに店の奥を指差す。
表情一つ変えず。
接客にしては愛想が無い。
彼女が指差す先にはソファが一脚置かれており、この上に人が一人寝転んでいた。
だらしなく、肘掛けに足を乗せて。
ご丁寧にアイマスクをしたパーマ頭の多分、男。
それを見たノゾミが溜息を一つ。
そして、見なかった事にしたのだろう。
「座って待ってて」
そう私に言い残し、奥へ消えて行った。
取り敢えず、テーブル席に腰を下ろす。
……水すら出ないのか? この店は。
準備中だからか?
取り敢えず、店内を観察しながら待つ。
一応、喫茶店らしい内装はしているけれどテーブルやカウンターの上にそれらしい備品が無かったりするのはどうしてだろう。
「お待たせ。
あ、お茶も出してない。
いや、お客さんじゃないからいいのか」
「いいよ。さっき飲んだから」
「そう。
カウンターの中にあるから、今度から好きに飲んでいいから」
と言う事は。
「ここって」
「私達のアジト。特務機関エクリプスの本部。
二階が男連中の部屋。
三階が女子の部屋。
地下にちょっとした訓練室があるわ」
「喫茶店なのに?」
「昔の探偵みたいでしょ?」
「ふーん。住んでるの?」
「住んでるって言っても、ログアウトするだけの部屋だし、荷物置き場みたいなものね」
「なるほど」
「因みにメンバー以外はこの店に入れません」
と言う事は。
カウンターのメイドさんに顔を向ける。
「彼女はミカ。強力な魔法使いよ」
「ヨロシク」
小さな声で挨拶して僅かに顎を引くミカ。
「ヘクト。よろしく」
次いで、ノゾミの肩越しにアイマスクの男を見る。
「あれはクレイグ。ま、見た通りやる気の無い男。腕はそれなりなんだけどね」
「ふーん」
「もう一人いるんだけど今は外出中。
さて、取り敢えずお金を渡しておくわ」
彼女が仮想ウインドウを操作し、受け渡しの確認を求めるインフォがなる。
イエスを選択し、百万を得る。
「で、攻略情報か。何か知りたい事は?」
「強くなりたい」
「スキルの組み合わせとか、貴女が知らないであろう事を教える。それでいいかしら?」
「うん。後、手っ取り早くレベルを上げる方法なんかも」
「じゃ、見せながらの方が早いかな。
今日、この後の予定は?」
「一回落ちて二時から狩りでもするつもりだったけど」
「オーケー。じゃ、私も一緒に行こう」
「そうね」
「ログアウトするなら、三階の一番手前の部屋を使って」
「え?」
「貴女の部屋だから。
隣がミカ、その横が私の部屋」
「え、でも」
「忘れたの? 貴女はもうここのメンバーなのよ」
そう言う彼女の笑顔に一抹の不安を覚える。
◆
二時間休憩して再びログイン。
私にあてがわれた小さな部屋。
一応ベッドとテーブルは置いてあるけど、それしか無い殺風景な部屋。
隣はミカの部屋らしい。
取り敢えず下へ下りる。
相変わらず、クレイグが横になって居る。
何でこっちで寝てるんだろう。
気にせずカウンターの中へ。
コーヒーを、と思ったのだけれど置かれたサイホンの使い方がわからない。
うーん、外で買ってこようかな。
「お待たせ」
思案して居るうちにノゾミが下りて来てしまった。
「これ、使い方わかる?」
フラスコを持ち上げて尋ねる。
「簡単よ」
そう言ってノゾミがカウンターの中へ入って来る。
狭いカウンターの中はそれだけでもういっぱいいっぱいだ。
ノゾミは慣れた手つきて棚を開け、コーヒーの豆を取り出しガラスの容器の中へ詰める。
そして、フラスコに水を入れ、アルコールランプに火をつける。
「これで、後は待つだけ」
「へー」
「座って待ってて」
言われた通りカウンターへ。
やがてコーヒーの香りが店内に漂い始める。
「お待たせ」
ノゾミの淹れたコーヒーはとても美味しかった。