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美神

 レイハさんは部屋の入り口で様子を見守っていた。どうやら、政府に報告する義務があるらしい。


 儀式は長くかかった。しかし、三時間後、魔王は突然、意思を取り戻し、立ち上がってアンクを投げ捨てた。

「いあ!しょぶ・にぐらと・なふる・ふたぐん…」

 魔王は呪文を唱え始めた。

「にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな! いあいあ・にゃるらとほてぷ!」

 魔王の頭が、突然、首から切れて落ちた。その瞬間、強烈で不気味な感覚が俺の身体を走った。校長やファー、マホ、チャーマー達は気絶した。そして、切り口の首から、黒いドロドロとした液体が、流れ落ち始めた。粘性のある黒い液体はどんどん出てきて、部屋の床を埋め尽くした。

「は、は、は、は、は、は、は、は…。」

 魔王の高笑いが、切れ落ちた頭から聞こえてきた。黒い液体はまるで海のように床を覆い、倒れた人たちの上も這い上がり、倒れた人たちを吸収、同化し始めた。ハウゼンさんはラミアを背中に負ぶって逃げ出した。しかし、一分後、黒い液に飲まれていった。レイハさんは逃げ出した。俺は、急いでファーを揺り起こした。

「起きて!起きて!ファー。」

 俺は、ファーの身体に覆いかぶさるような姿勢になった。俺の身体の上に黒い液体が這い上がってきて、同化を始めている。

「…キム…。」

「逃げろ!逃げろ!ファー…。君だけでも逃げるんだ…。」

 俺の意識もそこまでだった。


ー----------------------------


 私、ファー。キムに起こされて目が覚めた時、部屋中黒い液体でいっぱいだった。私は起き上がると、周囲を見渡した。魔王の身体は立ったまま、そこから黒い液体が流れだしている。その時、私はチャーマースクールの校長に言われたことを思い出した。

「チャーマーがリングオブテラを使うと、”美神”を召喚できると言われているわ。」

「美神?」

「そう。邪神すらその美しさで虜にすると言われている存在よ。」

 この黒い液体はおそらく邪神の一種。この邪神からみんなを救うには”美神”を召喚するしかない。そう考えた私は、魔王の指からリングオブテラを外し、自分の指にはめた。リングオブテラよ。どうか、私の願いをかなえたまえ。美神を召喚し給え。私は両手を前で組んで祈った。

「あなたは誰?」

 頭の中に声が響いた。

「私は、ファー。魔法使いです。」

 私は頭の中に響いた声に答えた。

「私は愛と美の女神。あなたの願いは何?」

 再び声が響いた。

「今、邪神がこの世界を覆いつくそうとしています。この邪神を退治してほしいのです。」

「退治することは出来ないわ。でも、意識と活動を封じてしまうことはできます。」

「それでいいです。よろしくお願いします。」

「でも、あなた、これが叶えられた後、死ぬことになるわ。それでいいの?」

「はい。構いません。」

「では、あなたの身体に乗り移ります。」

「はい。」

 すると、私の身体が光り輝いた。輝きが終わると私は、白いビキニの上に特殊なシースルーの白く長いケープを纏い、豊満な胸、引き締まった腰、長い美脚、透き通るような白い肌、整いすぎた顔立ち、ブロンドの髪に、青い瞳、夢色の唇の、絶世の美女に変わっていた。

「まず、何をすればいいのですか?」

「まずは、邪神の意思の核が何処かにあるはず。それを見つけて、魅了するのよ。」

「どうすれば見つけられます?」

「目を閉じて、ゆっくり、感覚を研ぎ澄まして、探るのよ。」

 私は言われた通り、目を閉じた。そして、探った。上の方、ダンジョンを出て上の方に、何か、邪悪な気配が感じられる。

「わかりました。そこへ歩いて行けばいいのですね。」

「いいえ、あなたは今、飛べます。」

「え!?」

 私は念じた。すると、私の身体は宙に浮いた。私は空中に浮くと、急いでダンジョンから出ようとした。出口に向かう途中、冒険者たちが黒い液体に向かって、火炎呪文や凍結呪文を放っているけど、無駄だった。みんな、黒い液体に飲まれていった。

 私はダンジョンを出た。外もどんどん、黒い液体に覆われ始めており、町まで到達しかけていた。ダンジョンの真上には黒い液体で出来た巨大な怪物が立っていた。それは、足が三本あり、かぎ爪がある腕が一対あり、顔のあるべきところには一本の赤く長い触手が伸びている、不気味なものだった。邪悪な気配は、その不気味な怪物から感じた。私はその怪物の前に飛んで行った。

「お前は誰だ?」

 低く不気味な声が響いた。

「私は愛と美の女神。」

 私の声は私の頭に響く声と重なった。

「ふ、笑わせる。今から世界は混沌に帰するのだ。お前は黙ってみていろ。」

「そうはいかないわ。」

「邪魔をするというなら、同化してやる。俺の一部になると良い!」

 怪物は触手を私に向けて振り下ろしてきた。私はそれを避けると、普通なら顔のある部分に近づいた。怪物の右手が近づいてきた。私はそれを避け、さらに怪物に近づいた。次は左手が近づいてきた。私は誤って捕まってしまった。黒い液体が迫ってきた。しかし、黒い液体に包まれても、同化されなかった。

「何故だ!何故、同化できん!?」

 私は怪物の手の中から逃げ出した。そして、怪物の前に飛んでゆくと、怪物にウィンクしてみた。しかし、怪物は無反応だった。相変わらず、増殖、吸収、同化を繰り返している。

「邪神を魅了するって、どうすればいいのですか?」

 私は心の声に尋ねた。

「技があるわ。”レインボー・チャーミング・ノヴァ”と囁いてみて。そして、あなたの姿を見るよう誘ってみなさい。」

 私は、”レインボー・チャーミング・ノヴァ”と囁いた。すると、私の身体が虹色に輝いた。そして、ハート形のフィールドが私を中心に世界全体を包み込むかのように広がった。

「さあ、私を見なさい。」

「誰が見るか。お前なんか。……何だ、この気持ちは…。見たい。見たくて堪らない。俺は混沌の神…。この世を混沌に帰するものだ。こんな感情を持つはずがない。しかし、見たい。堪らなく見たい。お前はどんな姿をしているんだ。見たい…。この感情は一体…。」

「それは恋。あなたは私に会って恋をしてしまったの。さあ、目を開きなさい。私を見るのです。」

 私は、声が言うとおりに囁いた。

「そんな馬鹿な。しかし、しかし狂おしい。一体何なんだ、この感情は。見たい…、堪らなく見たい…。」

「簡単なことよ。私を見ればいいの。それだけ。恥ずかしがることないわ。さあ、私を見て。お、ね、が、い…。」

 怪物は頭のある部分に付いた触手の根元から一メートルほどがパックリと縦に割れて、中から巨大な目が現れた。そして、虹色に光る私を見た。私は、両手を頭の後ろで組み飛び切り刺激的なウィンクを怪物に投げた。すると怪物はその大きな目の周囲から虹色の模様が身体全体に向かって動き出し、胴体を通り越して足に至り、足と通り越して黒い液体の海の端まで、動いていった。そして、黒い液体の海の上に、幾つもの目が開き、私を見た。私は、色っぽくウィンクした。

「はぁ、あぁぁぁぁ。」

 怪物は溜息とも、喘ぎ声ともとれる声を出した。

「相手がこの状態で、投げキッスをすれば、浄化ができるわ。」

 心の声は言った。

「浄化って?」

「取り込まれた人たちを元に戻せるわ。」

「わかりました!」

 私は、怪物に向かってキッスを投げた。すると、身体の一部が光り輝き、人が何人か現れ、ゆっくりと地上に降りてきた。私は地上に広がる黒い液体の海に向かって何回かキッスを投げた。その度に何人かの人たちが黒い海から現れていった。私は、ダンジョンの中まで行き、各階でキッスを投げた。八階では、キムやアル、校長やチャーマースクールの人々も助かった。良かった…。私は涙が出てきた。魔王の身体から出ていた黒い液体の流出は止まっていた。

「これで終わり?」

「いいえ。これだと女神がいなくなって暫くすると、魅惑が解けてしまうわ。だから、最後にもう一仕事。」

「ふーん。」

「”ミラクル・ラブリー・グラヴィティ―”と言う技があって、これを使うと永遠に邪神の心を封じることができるわ。」

「わかりました。それをやりましょう。」

「じゃあ、まず、邪神本体の所に行って。」

 私はダンジョンを出た。怪物の目は私を追っている。私は怪物の目の前に飛んでいった。

「ミラクル・ラブリー・グラヴィティ―と、囁いて。」

 私は、”ミラクル・ラブリー・グラヴィティ―”と囁いた。すると、私を中心にハート形のフィールドが広がった。途端に、怪物の心にある感情が沸き起こった。

「欲しい…。欲しい!お前が欲しいぃぃぃぃぃぃ」

「ど、う、ぞ…。」

 私は怪物に微笑んで思いっきり可愛く囁いた。怪物は黒い触手となってものすごい勢いで私に近づいた。しかし、私の近くまで来ると不思議なことに怪物の精神が圧縮され怪物の心の時間はどんどん遅くなり、私に触れる手前で、怪物の動きは完全に止まってしまった。次々と怪物の触手が勢いよく私に近づくが、やはり私に触れる手前で止まってしまう。やがて、すべての黒い液体は私を取り囲むように固まり、私の周りにはハート型の黒い液体で出来た殻ができた。

「邪神はどうなったんですか?」

「あなたの強烈な魅力でものすごく小さく圧縮されて心の時間も止まって、永遠にあなたの夢を見ています。」

「そう…。」

「もう、肉体はここから出られません。あなたは精神体になることはできますが、それは地上とお別れすることを意味しています。」

「わかりました。」

 私は私の肉体と別れを告げ、精神体となってダンジョンに向かった。ダンジョン六階にカールはいた。

「カール、一緒に冒険できなくなって、ごめん…。」

「ファー…。」

「さよなら…。」


 そして、ダンジョン八階にキムはいた。

「キム、好きでした。これからも、ずっと、ずっと、愛してます。」

 私は告白した。

「ファー…。」

 キムは呟いた。

「さよなら。」

 私はキムに別れを告げた。

「ファー!!!」

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